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2020年3月22日 (日)

奈良の東部のゴルフ場にて

屋外の広々したところではコロナもないだろうと思います。3月19日。

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2020年3月 6日 (金)

追悼 奥田勝紀さん

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若草山焼き

(入江泰吉写真コンクール入選。奥田勝紀さんの作品です、奈良市民だより2019年1月号の表紙を飾りました)

奥田勝紀(まさのり)さんは幼稚園、小学校から高校まで奈良女子大学附属の同級生です。高校3 年生の時AFSでアメリカのニューヨーク州に1年間留学されました。その後も、慶応大学卒業後、アメリカ、パキスタン、グアムなど22年間の海外生活も含めて銀行マンとして国際的に活躍されました。
リタイア後この10年ほど、ふるさと奈良を愛し、各地を写真に撮り、わかりやすい英語で奈良や日本のことをgoogle+やインスタグラムで精力的に発信されていました。この3月3日お病気で急逝されました。奥田勝紀さんのご冥福を祈ります。

昨年10月の鹿鳴人のつぶやきから→http://narabito.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-1dc559.html

奥田勝紀君を偲びて

ダウンロード - e5a5a5e794b0e5909be38292e581b2e381b3e381a6.docx

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以下、「はじまりは正倉院展あるくん奈良スタンプラリー」事務局からの紹介です。

昨年の「はじまりは正倉院展あるくん奈良スタンプラリー」ガイドマップを和英併記にするにあたって、万葉集の説明や正倉院、ラリーの仕組みなどを、外国人にも判りやすい英文に訳するため、大変お世話になった奥田勝紀氏が、3月3日に亡くなられました。

 

編集作業中の昨年10月初旬にも「入院するかも」とは仰有っていましたが、まさかこのようなことになるとは思いも寄りませんでした。

 

マップへの「協力者」としての記載も固辞されていましたが、奈良の魅力を外国人にも伝えたいということで、様々な美しい写真を、英文解説をつけてインスタグラムに投稿されていました。

感謝の思いとともに、そのサイトをご紹介させていただき、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 https://www.instagram.com/mark_okuda/

 

2020年2月29日 (土)

ならまちバル 夕方の部。

東向き商店街事務所前の特設インフォメーション前のお二人にご挨拶して5時過ぎ、合流場所となった、9番、Yamato Craft Beer Tableへ。

久しぶりに神戸のYさん、郡山、奈良の面々と夕方の部、出発。

小西通りの22炭火焼き肉の霜月へ。いせやビル2階以前鳥貴族があったところです。

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つぎは、三条通40番、しかまるへ。いずれもバル初登場のお店です。結構奥が深い。

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つぎは、夢CUBEの51番、瑞穂へ。満員御礼でご挨拶だけしてつぎへ。

最近、県庁0Bのかたがオープンされたという56番、酒と肴のなかむらへ。鹿児島名物トロトロとんこつとハイボール。

最後は、オーケスト広場前、もちいどの財団ビル2階、52番、チャイニーズレストラン晃輝(こうき)へ。

油淋鶏とドラゴンハイボールを。

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ここでは2組の知り合いグループに出会い、さらにバルの実行委員長のUさんがやってきました。ひさしぶりの株式会社まちづくり奈良の同窓会となりました。大仏鉄道の話になると、ドラマのように、話題のSさんが登場。いろいろな話題で盛り上がりました。バルは店との出会い、まちとの出会い、人との出会いを実感したことでした。

夕方の部5軒を食べ飲み歩きの終了。東向き特設インフォメーションでこの日も活躍の皆さんにお礼を言って、解散しました。時はすでに9時過ぎになっていました。

お店の方、スタッフの皆様お疲れ様でした。ならまちバルのホームページです→https://www.naracity-bar.info/

 

 

 

 

あるくんならまちバル 点描 昼の部

いろいろな中止騒動の中、ならまちバルはふつうに開催されました。
午後2時。予定の近畿デザイン協会の面々5名が、神戸や堺や奈良から来られました。以前から親しくさせていただいている皆さんです。まずは元林院町の45のrokkan roomへ。築140年以上前というもと料亭へ。もと防空壕という地下室へうまくは入れました。そこで早速作戦会議。自家製ケーキとコーヒー。いろいろな意見の中、この時間ひらいているところを探しました。
歩いてきたまちの鍋屋町へ行くことになりました。途中、東向き北町の67番の本家菊屋でお菓子の詰め合わせを全員がゲット。そして、鍋屋町の4番、仕出し家、久家へ。ヤマトポークのサクサクカツ丼と生ビール。わたしはご飯半分にしてもらっても、結構なボリュームでした。5番のワインの王子様はまだ開店前であきらめました。

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つぎは、奈良デザイン協会会長のNさんのプランがあるそうでしたので、てくてく腹ごなしをかねて、再び南へ。近鉄奈良駅、東向き、もちいどの、しもみかど、脇戸、西新屋、芝突抜町、公納堂町へ。途中いろいろな知り合いにであいました。
ここで筆作りの体験を予定されていて、初めて挑戦しました。筆作りを田中さんにお聞きしながら、体験は最後の行程の軸付けです。

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小刀でゴリゴリ、軸受けのところを削り、接着剤で筆先をつけて、のり付けをして、絞って形を整え無事完成しました。30分くらいだったでしょうか。

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無事完成しました。(2000円)体験は面白いものでした。

奈良筆 田中さんのHPです→http://www.narafude.jp/

ならまちでデザイン協会のご一行は65奈良ホテルへ。
そろそろ5時、ならまちで皆さんにお別れして、わたしはやはり神戸からのYさんや大和郡山、奈良の古くからの友人と近鉄奈良駅で合流へ。昼の部終了。バルチケット3枚。消化。

 

 

 

 

2020年2月21日 (金)

ミチクサ先生

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夏目漱石のことをミチクサ先生といっているように思うのですが、日経新聞の朝刊で連載されています。作者の伊集院静さんが先日病に倒れたというニュースがありましたが、このほど休載とのことで残念です。早い回復を祈念します。

以前にも正岡子規を「ノボさん」として描いた小説もたいへん興味深く読みました。

正岡子規が明治28年、病から回復して再び東京へ行く途中、奈良に来た場面です。いまの天平倶楽部、対山楼に逗留して有名な「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」の俳句を作った場面です。

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2020年2月 4日 (火)

三輪山会館での能「翁」

2月3日の節分の日、三輪山本の山本太治社長様のお招きで、大神神社の三輪山会館・能楽堂での奉祝能を鑑賞してきました。

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演目は「翁」

能にして能にあらず。祝言性に満ちた儀式的な演目。天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈り世を寿ぐ。」

というものです。

しかもシテの翁は観世流のお家元、観世 清和さまとは、たいへんなものです。

大神神社がこのほど造られた三輪山会館の能楽堂、350人収容で満席でした。

開演前の様子です。貴重な体験でした。

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(追記)奈良まほろばソムリエの会の専務理事、鉄田憲男さんが報道席から写真も撮られ、くわしくブログにアップされています→https://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/8e786d6c914e61132010a17209f08d3c

2020年1月28日 (火)

追悼 奈良大学 市川良哉先生

奈良大学は昨年秋創立50周年を迎えられました。お招きいただいて記念式典に参列しました。理事長であり長年教授を務められた市川良哉先生はお元気にスピーチを述べられていました。それが残念なことにこの1月急逝されました。85才とのこと、そんな歳に見えないほどお元気でした。

かつて上野誠先生のお招きで市川先生とご一緒に通信学部の皆さんの前で座談会に出たことがあり、わたしはあまりうまく話せなかったのですが、市川先生は朗々とお話になっていました。

また昨年末12月まで奈良ロータリークラブでご一緒でした。11月にはわたしの歌集「大和まほろば」に対して「繊細な詩情を詠い上げられたことに心滲みる思いです」と有り難いお言葉をご丁寧にお送り下さいました。

心よりご冥福をお祈りします。

26日、奈良大学の上野誠先生が奈良新聞に追悼の文を寄稿されていますので紹介させていただきます。

クリックすると拡大します。

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2020年1月27日 (月)

鉄田さんのブログ「どっぷり!奈良漬」に

26日、鉄田さんのブログ「どっぷり!奈良漬」にくわしく歌集「大和まほろば」のことを紹介いただいています。

https://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/c6373baf6d5ad28eabca8029875be149

鉄田さん、あらためて御礼申し上げます。

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2020年1月25日 (土)

大神神社公式参拝へ

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拝殿。

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大神神社へ、奈良ロータリークラブの皆さんとお参りに行きました。公式参拝ということで拝殿での神事に参列し、鈴を受けました。また年男ということで玉串奉奠もさせていただきました。

その後、新しく竣工された駅のそばの三輪山会館で直会をしていただきました。

そして三輪山会館1階の能楽堂を見学しました。近いうちに、能のご招待を受けていますので鑑賞を楽しみにしています。

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2020年1月24日 (金)

鉄田憲男さんのコラム「明風清音」(2020.1.23)で紹介されました

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奈良新聞2020年1月23日付鉄田憲男さんのコラム「明風清音」です。(クリックすると拡大します)

鉄田さんご紹介ありがとうございます。

南都銀行の鉄田憲男さんと知り合ったのはもう十何年ほど前になるのでしょうか。
たしかインターネットでお互いブログを始めた頃に知り合いました。13年前もちいどの夢CUBEができた頃もブログに取り上げていただきました。

鉄田さんのブログ→「どっぷり!奈良漬け」https://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n

そして一方、奈良まほろばソムリエの検定の最初の年に二人とも2級を受けて合格しました。

そして、翌年の2回目の検定は誰もが初めての1級の検定。予想もつかない難しい問題が出てふたりともわずかに届かず不合格。わたしは1点足りなくて不合格でした。
その後、鉄田さんは順調に翌年1級、そしてソムリエ級と合格されました。
しばらく休んでいた私も遅れて第5回には1級、第6回にはソムリエ級に合格できました。

その後なんども要所要所でブログに紹介していただいていますが、今度はなんと!鉄田さんが連載されている奈良新聞の名物コラム「明風清音」で私の初めての歌集「大和まほろば」を紹介していただきました。

ありがとうございます。

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明風清音(2020.1.23)鉃田憲男
歌集『大和まほろば』


昨年10月、株式会社まつもり社長で奈良まほろばソムリエの会理事の松森重博氏は、歌集『大和まほろば』を刊行された(京阪奈情報教育出版刊)。

同書は本紙書評欄(昨年12月8日付)でも「短歌から鮮明な風景浮かぶ」と題して取り上げられた。


私はお正月休みにじっくり再読し、しみじみと味わった。

率直で平明な歌には、氏のお人柄がそのまま現れている。なかでも特に心に残った歌を5つのジャンルに分けて紹介する。


1.ふるさと奈良を詠んだ歌


大の字に雪残りたる高円(たかまど)の山おだやかに奈良の年明け

東京の用をすませて静かなる奈良へと潜るタイムトンネル

滅び行く名画のごとく言う奈良を滅ぼすなかれ永遠(とわ)の都ぞ


奈良に住んだ志賀直哉は、一九三八年(昭和13年)随筆「奈良」で「今の奈良は昔の都の一部分に過ぎないが、名画の残欠が美しいように美しい」と讃えた。松森氏はそれを踏まえて「奈良を滅ぼすなかれ」と歌う。


毎日のブログ綴りて八年余り奈良は行事と魅力にあふる(「鹿鳴人のつぶやき」)

奈良の地に生まれ育ちて住み継ぐは恵まれしこととつくづく思う

秋晴れに金の鴟尾(しび)光り興福寺中金堂は天平のごとし


2.ご家族のことを詠んだ歌


妻作る健康ジュースのミキサーの音は元気に今朝も響きぬ

帰り来しコンサルタントのわが息子数字示して効率語る

両の手に孫の手つなぎ恵比須社へ行けば金太郎飴に喜ぶ

留守番のふたりの孫とトランプをしおれば我が遊ばれ負くる


3.恩師・故小谷稔氏を詠んだ歌


 小谷稔氏は奈良女子大附属高校での国語の恩師。師が選者を務める新聞の歌壇に松森氏が投稿したことから旧交が復活した。


わが奈良の「もてなし」謳う黄の幟(のぼり)しみじみ見つと旧師のメール


旧交復活の契機となった歌。小谷氏から、松森氏が作った標語「しみじみと感じる奈良のおもてなし」が載った幟を見たというメールが届いたことを詠む。


父逝きしあとの自分史綴れとの旧師のすすめにわれペンを執る

我が歌を評し下さる小谷先生「他人の歌読め」「字は丁寧に」

定年後は自由な「後期青年期」歌に放てと師は宣(のた)まえり

歌づくり遅く始めしわれのことを小谷先生君は若手と言いてくれにき


4.今の心境を詠んだ歌


病める友亡き友あれど還暦後すこやかに同窓会に集いたる幸

自営業のわれもスケジュール少し緩めゆったりと時を過ごさんと思う

二十五メートルかくも長きか還暦を過ぎて夢中に背泳ぎをする

カシミアの父の残ししコート着ればグレーの似合う齢となれり


5.未来への希望を託した歌


新しき白き手帳を手にとりて何をすべきか何に挑むか

「今どきの若者は」などというセリフ返上したい未来は彼ら

麦熟(う)るる傍らの田に水張られ新緑の季節力みなぎる

起業せんと熱弁振るう若き人かくもありたし再び我も

若き友は商店街をツバメ飛ぶ歌を作りて明るく歌う(氷置晋さん)

鳥のごと羽ばたきたいねもう齢と言わずに君も我もまだまだ(佐保川桜祭り)

誕生日祝いのメールを励みとし日々を新たに元気に過さん


松森さん、これからもお元気で歌を詠み続けてください。

(てつだ・のりお=奈良まほろばソムリエの会専務理事)

 

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