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2017年10月15日 (日)

東京・有楽町の天忠組シンポジウムへ

10月13日に東京・有楽町駅前のよみうりホール(1000人収容)でおこなわれた、天忠組のシンポジウムに行くことが出来ました。開場前後に、今回の映像を撮影された保山耕一さん、清水真貴さんチーム、そしてドローン撮影を担当された京阪奈情報教育出版社長の住田幸一さんにもお会いできました。そして企画・監修・基調講演などをされた岡本彰夫もと春日大社権宮司さんにもご挨拶できました。西本安堵町長にもご挨拶できました。フェースブックで知り合った東京のIさんにも初めてお会いできました。奈良まほろばソムリエの会、専務理事の鉄田さんにも。
そして夕方6時から8時半まで、2時間半、休みなしで行われたシンポジウムは素晴らしかったの一語です。保山さんはじめ多くの皆様、お疲れさまでした。ぞして、奈良でもぜひ何らかの形で、保山さんの映像など再演していただくことを強く希望します。
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撮影チームのおふたり、暗くてうまく撮れませんでしたが、お疲れさまでした。終演後、多くの方が保山さんのところに駆け寄っておられました。
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フェースブックでいただいた映像作家の保山耕一さんのコメントです。
「奥大和に咲いた維新の桜、志に散った天忠組」
御好評を頂き、無事に終了致しました。
冷たい雨の中を御来場いただきました皆様に心よりお礼を申し上げます。
昨年の「桜とともに生きる」同様に、映像制作だけにとどまらず、全体の企画構成まで担当させて頂きました。
中でも、オープニングを飾った和太鼓、書、朗読のコラボレーションにはシンポジウムのテーマを託して構成演出致しました。本番に至るまでに幾つものハードルを越えなければなりませんでしたが、結果として皆さんのご協力のおかげで、素晴らしい表現の場になったと僭越ながら自負しております。和太鼓、書、朗読、それぞれが響きあって、あの瞬間でしか生み出せない、唯一無二の煌めきを観客の皆様にお伝え出来たと確信しております。
...
間違いなくあの瞬間に天忠組の志士達が客席に現れたと感じました。
私はあの瞬間を決して忘れません。
あの瞬間を700名以上の皆様と共有できたことを決して忘れません。
ありがとうございました。
最後に心を尽くして監修頂いた岡本先生と阪本先生、草村館長に心よりお礼申し上げます。
追伸
昨日は一枚の写真すら撮る余裕がありませんでした。
私やスタッフ、会場などシンポジウムの写真をタグ付けやコメントで共有させて頂きたく、よろしくお願いします。」
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制作の映像作家の保山耕一さんと清水真貴さん。(伊奈仁さん撮影)
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書道パフォーマンスの桃蹊 柳井尚美さん。
フェースブックからこの日ご挨拶できた東京在住の伊奈仁さんのレポートと写真拝借。

「昨日13日(金)夜に東京・有楽町で開催された天忠組シンポジウムin東京『 奥大和に咲いた維新の桜 ~志に散った天忠組~ 』に参加してきました。

今回参加させて頂いての私の感想。
このようなフォーラムは過去いくつも参加させて頂きましたが、 関東の地でこのような内容の濃い、尚且つエンタテインメントとしても優れた奈良のイベントに参加出来てとっても 幸せ でした。
...

私の拙い筆力ではその凄さを表現できないのがとっても歯痒いですが、是非いろいろな場所でも開催して頂き、広く知ってもらいたいと思ったフォーラムでした。

私自身としては、もう少ししっかりと天忠組と奥大和を勉強してから、必ず現地 奈良・奥大和を訪ねたいと思います。」

伊奈仁さまありがとうございます。

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そしてフェースブックで岡本権宮司が紹介されています、たかはし章子さんの素晴らしいレポートを以下引用させていただきます。
(以下引用。たかはし章子さまありがとうございます。)
 
昨夜は有楽町のよみうりホールで行われた《天忠組フォーラム》に参加してきた。
《忠》
人はただの肉体ではない。
魂の存在感として、「志」こそが芯であるとそれを再確認した時間を頂戴したように思う。
和太鼓と書のパフォーマンスで始まったオープニングは耳と目と全身での響がもたらす効果かその場所にグッと深く沈み込むような集中力を私にもたらした。
描かれた書は、
手漉の和紙三重で作ったという紙に書かれた。
その紙の持つ清潔な重みを存在感として空間へ放ち墨色を際立てていた。
《忠》という一文字に天忠組の全てを盛り込んだという書家の心意気と
天忠組の意思の力強さと 志の高さはを会場にもたらしたように見えた。
薄墨で流された線は雲の流れ、、、忠の部首「心」に踊るような躍動感がみなぎり若さと血気の激しさを感じ「中」の部首の中心に走る芯の真っ直ぐさとに、まず心動かされた。
彼ら組員の志のつよさと芯のつよさが そこに見えた。
その場で掲げられた書は、一点で、その空間全てを支え
今日のテーマを目で見せてくれた。
《利他・責任・再生・・・》
岡本彰夫先生の基調講演は時間的には 10分ほどであったにも関わらず 的確な誘導で私たち聴衆に、天忠組の精神支柱と今日のテーマを、「利他、責任、再生」という三語に集約し私たちにブレ無く的を当てて 示してくださり素晴らしかった。
その後の1時間余りの映像ドキュメンタリーはいのちを込めたこれもまた素晴らしい映像だった。
登場する方がたの熱い思い、関連の土地の映像
奥大和の山また山の その村々の映像、、、
ただその場所を見ているだけでなみだが頬を伝う。
私は知らなかった。
この天忠組の志士たちが、19歳から20歳そこそこの若者たちが多かったということ。
そんなに若かったのかと、、、。
映し出される映像の顔は みな 幼い面ざしで胸が痛んだ。
玉置神社の映像と、
天誅組終焉の地という石碑の映像にも
思わず涙が溢れた。
ここは私が行ったことのある場所だったからだろうか。
玉置神社はこの7月末に、そして、去年の10月末に丹生川上神社中社へ向かっている時、たまたま東吉野村を走っていて、突然 天誅組終焉の地の石碑の前に出て、思わず車を降り手を合わせて来た場所だった。
そこが映しだされたた時そこの空気感が一気にわたしに流れてきた。
映像では、こころざしの高さは空の如く、澄んだ心は清水の如く その生き方は桜の如し・・と語られた。
そう語られる志士の一人一人に当てられるスポットライトと、そのドラマ・・・
岡本彰夫先生が映像内で話された吉村寅太郎の壮絶な最期の物語は悲しい。
最後の力を振り絞り岩の上に登り胡座した彼は切腹の為に 刀に手をかけようとした。
敵方は 誤解し慌てて一斉に発砲した。寅太郎は、最後の希である切腹が叶わずに「残念無念・・・」と果てたという。
また、天誅組河内勢を忘れてはならないとのお話などもありましたがいかにせん、こちらの知識があまりに浅薄にて
受け取れずに来たことは残念。
また、映像の中で今回登場する方がたはお話しつつ、我が事のように なみだを流されていた。
「世を良くしようと理想に燃え、逆賊とされた彼らもの最後のを思えば、どんなに残念だったかと、なみだがでます。
天忠組を思えば思うほど涙がでます」と、、
「最後の食事を紋付袴で饗したという先祖の話を聞いた時、ああ、ウチの先祖も偉いことをしたと誇りに思いました」、、、なみだを流されている。
それを聞いて わたしの目も濡れる。
150年まえに新しい世の中を作ると理想に燃えた若者たちの生き様は後世の私たちに 「志」によって強く働きかけ 迫ってきた。
これは、まだ、彼らが生きていることだと気づく。
そのことに 気づいた途端、強く白檀が香った。
大好きな香り。
岡本彰夫先生のおっしゃった「再生」とはこの私たち後世人の心に彼らの「志」を映すことなのだろうと思った。
一心公平無私、、、彼らの旗印だったという。
私たちに、自分は今、その言葉に恥じない生き方だろうかと問いかける。
この時間、彼らがわたしに迫ったことは 大きい。
志、、もう一度、志をみつめよと迫る。
このフォーラムは今回で5年目だという。
天誅(忠)組という言葉を初めて聞いたのは3年前。
奈良に興味を持っていて何度か訪れていることを知っていた奈良ご出身のお友達から天誅組フォーラムがあるけれど?とお電話をいただきオススメいただいた。
その時まで、私は天誅(忠)組を全く知らなかった。
聞いたことも無く無知識だった。
奈良に集った理想に燃えた若者たちが
決死隊を結成し維新の魁になったのだと
簡単に天誅組のことを教えていただいたけれど
その時は 行かなかった。
そのお友達は翌年(昨年)も誘ってくださったけれど
予定があって行かれなかったから やっとの3年目だった。
やっと行かれたし、行って良かったと思った。
《辞世》
天忠組には、伴林光平という浄土真宗の僧侶であり幕末の大歌人・国学者がいたということだった。
書記方として、江戸期の当時としては異例の高齢、51歳での参加だったという。
もし、天忠組に入っていなかったら、彼は日本を代表する歌人となっていたはずだと、岡本先生はおっしゃった。
そのためか
ファーラムの最後の趣向はパネラーが こころに残る辞世を紹介する形ですすんだ。
歌というのは、深くこころに刻まれる。
雲を踏み嵐を攀(よ)じて御熊野の果て無し山の 果ても見しかな
この時も やっぱり 背後に 大好きな白檀が香った。
二度、こうやって 白檀の高貴な匂いが香ったから彼らも共にいるのだろう、
魂となって、この場に共にいるのだとわかった。
岡本先生が最後のにこうお話されたのが印象的だった。
思い出すことが、何よりの供養です。
弔うとは、とぶらう
訪れるということでもあります。
ぜひ、彼らの足跡を辿って奥大和の土地土地をめぐり天忠組を思い出し、彼らに思いを馳せて貰いたいと。
思い出すことが供養であり再生。
そして、こころざしを思ういい時間でした。
ありがとうございました。

2016年12月31日 (土)

来年もよろしくお願いします。

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大晦日になりました。
皆様にはどんな年だったでしょうか。
今年の一文字は「金」と伝えられていましたが、新聞のオピニオンに「暴」だったのではないかという知り合いの投稿も載っていました。
さて、来年はどんな年になるでしょうか。
積極的に来年はどんな年にするべきでしょうか。 

来年も奈良のまちかどから、よしなしごとを書きつないでいきたいと思います。よろしくお願いします。
そして皆様には良い年をお迎えください。

写真は、奈良のお酒「梅の宿」と桶谷ホールディングス販売、美吉野酒造の大晦日搾りの奈良の日本酒です。

2016年8月18日 (木)

加茂プラネタリウム館へ

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奈良市内から車で15分くらいの木津川市加茂町はすぐ郊外です。浄瑠璃寺に行く途中すこし入ったところに、加茂プラネタリウム館があることを友人のOさんから聞きました。暑い日に涼しいところで、1時間その日の夜の星座を解説付きで見ることが出来ました。最初に天空に3000個の星が瞬くと、古代の人たちはこのような星空の下、過ごしたという説明です。ベガやコト座、天の川などが紹介されました・・・・。

加茂プラネタリウム館のHPです。→

一度に80人入れるそうです。


夏の星座

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2016年3月21日 (月)

長岡文雄先生のこと

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長岡文雄先生には奈良女子大学文学部附属小学校で4年生から6年生まで担任をしていただき、たいへんお世話になりました。
1960年12月には、NHK教育テレビの全国放送、「教師の時間」で、東南アジアのゴム栽培について、30分間の当時とてもめずらしいテレビ番組で授業をされて、わたしどものクラスが出演しました。かなり痛んだビデオながら今も残っています。

長岡先生は30数年の現場教師を経て、そのあと兵庫教育大学や仏教大学で後輩の先生を教えられました。日本の社会科教育にたいへんな足跡を残され、今も研究テーマになっているということです。


そして昨年来、東北大学大学院のUさんが修士論文に、長岡先生の教育をテーマにとりくまれ、仙台から奈良へ何度も来られ、このほど分厚い修士論文が完成しました。

私も昨年、長岡先生の生徒として2度に亘って、Uさんの長時間インタビューを受けました。

その労作がこのほど送られてきました。
私は教育の詳しいことはわかりませんし、当方らかつての生徒とのインタビューはそのまま修士論文にのっているわけではありませんがとてもうれしいことです。

Uさんはその研究の成果をいかして、この春からご出身の静岡県の中学校の社会科の先生として赴任されるということです。

Uさんの前途を大いに期待したいと思います。

※余談ながら、当方の店やギャラリーの看板の字や包装紙の字は、文鳳会同人の書道家でもあった長岡先生に書いてもらいました。(長岡二朗氏撮影)

先生は春日大社や生駒聖天さんでも書を遺しておられます。

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2016年1月24日 (日)

若草山焼き2016

天気予報による心配された雪は降りませんでしたが、夕方すこし小雨が降りました。
予定通り夕方6時15分から花火が次々打ち上げられました。

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新聞によると花火は約600発ほど打ち上げられたとのことです。

Mさんが素晴らしい動画をフェースブックに紹介されています。

https://www.facebook.com/tetsuya.moriguchi.5/videos/950719284997765/

 

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肝心の山焼きは残念ながら小雨が降ったので余り焼けず、およそ2割くらいしか焼けなかったとのことです。2月に焼き直しをするとのことです。



2016年1月 2日 (土)

春日大社 式年ご造替の年です

ことし11月には、春日大社ご本殿のご造替がおこなわれます。
昨年夏には、御蓋山の本宮神社に特別参拝できました。

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昨年秋のお砂運び奉納に参列することができました。

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そして年の瀬の12月には春日若宮おん祭の大宿所祭に参列することができました。

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春日大社の公式hpです→http://www.kasugataisha.or.jp/

2015年12月31日 (木)

笑う門には福来たる

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2015年、平成27年も大晦日を迎えました。本年も「鹿鳴人のつぶやき」ご愛読ありがとうございました。
2016年、平成28年もよろしくお願いします。


そしてことしも「かぎろひの大和路」のかぎろひさんから「笑う門には福来たる」というお酒をいただきました。
ありがとうございます。

皆様良い年をお迎えください。

2015年(平成27年)大晦日            鹿鳴人

2015年12月17日 (木)

17日おん祭お渡り行列 点描

17日昼過ぎ、お渡り行列を仕事の合間に撮りました。

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子供大名行列。皆さんよく練習されて所作がきれいでした。

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2015年12月16日 (水)

大宿所祭の写真 かぎろひさんから

当初雨を心配された大宿所祭ですが、無事予定通りおこなわれました。かぎろひさんから、早速写真をたくさんお送りいただきましたので、アップさせていただきます。
かぎろひさん、ありがとうございます。
かぎろひさんもブログで紹介されています→大宿所祭

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 ~もう一歩の奈良を知りたい人とともに~

 かぎろひの大和路・かぎろひ歴史探訪ウォーク

 かぎろひ 豊永かずみ

 http://www4.kcn.ne.jp/~kagiroi/

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最初に出発地のJR奈良駅前広場での恒例の全体の記念撮影です。航空自衛隊幹部候補生学校の皆さんや奈良県立大学の皆さん、奈良市内の商店街の皆さん、ほか春日大社さんやいろいろの方のご協力や参加をいただいています。

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外国の観光の方や、商店街エイトの皆さんや歌手の方とご一緒に。

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三条通を一路、東へ。

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もちいどのセンター街の大宿所にて御湯立ての儀。ことしは雨の心配がありましたので大きなテントがたてられました。

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玉串奉奠のあと、最後ご挨拶させていただきました。

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たくさんの方にお世話になりました。ありがとうございました。










2015年11月24日 (火)

「北山の辺の道」ワニのいた道を訪ねて

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クリックすると拡大します。

11月21日、奈良まほろばソムリエのガイドと歩く北山の辺の道に参加してきました。

「記紀に関連記事の最も多い古代の和邇一族。その奥津城とされる東大寺山古墳群を中心に巡ります。また櫟井氏、柿本氏、大宅氏といった和邇系支族の居住地に、寺院跡などその営みを訪ねます」ということで、ほとんどはじめていくところです。ワニといっても動物のワニではありません。

またこの秋はじめてのウォークでしたが、精進良かったのかとても良い天気となりました。天理駅の北隣のJR櫟本駅には、はじめて下車しました。9時半の集合前には少し早いので楢神社辺りの上ツ道を散歩しました。右下は楢神社です。

 

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ところでこの日は全体で70名くらいのご参加、わたしの班は同級生のまほろばソムリエの稲田英二さんをガイドに同級生17名もの参加です。

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まほろばソムリエ、ガイドグループで活躍の稲田英二さん(Y君撮影)による和邇一族の説明です。

最初に、左下、墓山古墳、「5世紀末~6世紀築造と考えられる東大寺山古墳西端に位置する74mの前方後円墳」です。古墳の上に墓石がたくさん並んでいます。
右下は柿本人麻呂を顕彰する江戸時代に建てられた「歌塚」。

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左下、和邇下神社も古墳の上に建てられています。本殿は重要文化財とのことです。

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それからしばらく歩いて、東大寺山古墳を遠望し、つぎに、赤土山古墳へ行きました。
「西を向く110mの前方後円墳。1990年にかけての調査で地震による地すべりで変形していたことが判明した。後円部に造り出しを持ち多くの家型埴輪や円形埴輪が整然と並んで検出された。4世紀~5世紀初めの築造と推定される」

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赤土山古墳の後円部から天理の町そして奈良盆地、二
上山,葛城山,金剛山を遠望する同級生の皆さん。(かつての「若者たち」のような写真です。Y君撮影)

また南にはよく車で通る名阪国道が走っています。

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あたりは柿の木などに秋の風情を感じます。
そして広々した白川池へ、魚つりをされたり近くの運動公園では少年野球の試合などされていました。 そしてここで昼食タイムに。
 

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さて、お弁当を食べ終えて和邇小倉谷古墳群へ。

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ここで記念撮影。Y君撮影。

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それからラグビーの練習試合などされているグランドのそばを通り、こんどの奈良マラソンのコースをしばらく歩いて、最後に石段を登って弘仁寺へいきました。http://www.kouninji.org/
境内は紅葉がすすんでいます。本堂へは10人くらいずつ分かれて順番に参拝。暗い本堂の中で、秘仏の本尊、虚空蔵尊を奉拝することができましたが、やや暗くてお顔はあまりよくは拝顔できませんでした。

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そして黄金塚古墳(黄金塚陸墓参考地)へ。奈良市窪の庄町。「一辺25mの方墳だが領域は東西120m南北70mに及ぶ。榛原石(溶結凝灰岩)を組み上げた横穴式石室(16m)を持つ。7世紀後半までの築造が確実視されている。」言われている舎人皇子の墓というのはやや時代が異なるということでした。

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しばらく歩くと視界が開けて遠くの正面に若草山が見えます。

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これまたよく通る、下山交差点近くのベンショ塚古墳。こんなところにも古墳があるとは地元の人もあまり知られていないのではということでした。
「周濠をもつ70mの前方後円墳。築造は5世紀と思われる。」
現在頂上部には稲荷神社がお祀りされていました。

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そして無事3時過ぎ,JR帯解駅に到着。この日の万歩計は、およそ23000歩に達していました。その後、JR奈良駅近くでしっかり反省会をして無事この日の予定は終了しました。この日の行程図です。クリックすると拡大します。
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春は雨が多くてたいへんでしたが、この日は天気もとても良くて気持ちの良いウォークとなりました。ソムリエガイドグループの皆さんたいへんお世話になりました。参加の皆さんお疲れさまでした。(おしまい)

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