フォト
無料ブログはココログ

2017年3月25日 (土)

蟹満寺へ

Cimg80591 Cimg80602

京都・南山城古寺探訪ということで、蟹満寺は以前からうわさを聞いていましたが、行く機会がありませんでした。
しばらく金堂を新築されていましたが、5年前に完成したということです。
本堂中央に祭祀されている国宝釈迦如来像は、白鳳時代の名作で金銅座像です。丈六(8尺8寸、2m40)の仏像です。

Cimg80612 Img884



また今昔物語に創建にまつわる蟹満寺縁起が記されているとのことで、本堂内にも絵が飾られています。

木津川市の観光のHPです→http://0774.or.jp/temple/kanimanji.html

 

2017年3月22日 (水)

5月27日「継体天皇の足跡をたどる」バスツァーのご案内

奈良まほろばソムリエの会による、バスツァー「継体天皇の足跡をたどる」が5月27日(土)に行われます。
Img879

5月27日(土)近鉄奈良駅8時30分発、JR奈良駅8時40分発、昼食つき8000円(会員は7000円)。太田茶臼山古墳、今城古代歴史館と今城塚古墳、樟葉宮跡、筒城宮跡を見学します。講師は郷土史家・奈良まほろばソムリエの会顧問の木村三彦氏です。帰りは17時ころ予定です。40名先着順受付中。
申し込みはメールで、kozaburo@cg8.so-net.ne.jpまで。
1、氏名、2携帯番号、3、乗車場所、4会員or非会員。
継体天皇→wikipedia

2017年1月 4日 (水)

京都・伏見稲荷へ

2017年お正月3が日はとても良い天気でした。3日は高校ラグビーへ行くかそれとも初詣か、結局、高校ラグビーはネット中継で見ながら、JR奈良線の快速は3が日稲荷駅にも臨時停車するということで、伏見稲荷にお参りに行きました。11時過ぎ、稲荷駅を降りる所からたいへんな人出でした。

Cimg71901 Cimg71941

本殿前もたいへん混んでいましたので、千本鳥居の方へいくことにしました。

Cimg71991 Cimg72021

日本人が大変な数でしたが、外国の方も多く見受けられました。3年連続、外国人の観光が全国1位という幟もありました。

Cimg72031 Cimg72061

Simg755

大正の広重、吉田初三郎、鳥瞰図、1925年(大正14年)伏見稲荷全境内名所絵図より(一部)

ところで気になった正月のスポーツの結果です。
この日の高校ラグビー、奈良県代表、御所実業みごとベスト4へ進出。
箱根駅伝は1位青山学院大学、2位東洋大学 、みごと早稲田大学は3位となりました。

2016年9月23日 (金)

「湖北観音の里」巡拝ツァーへ  NPO法人奈良まほろばソムリエの会

奈良から滋賀県は比較的近いのですが、琵琶湖の北である湖北は、長浜市の中心市街地以外はなかなか行く機会がありませんでした。
このほど、NPO法人 奈良まほろばソムリエの会の主催で「湖北観音の里」巡拝ツァーの 日帰りのバス旅行があり参加してきました。参加者はちょうどバス1台40人くらいでたいへん好評でした。
最初にバスの道中では、この企画から案内まで担当の名ガイドの雑賀耕三郎さん、専務理事の鉄田憲男さんからくわしい説明がありました。
また、石田一雄さんのクイズで、滋賀県は人口10万人当たり日本で一番お寺が多い県であることを知りました。ちなみに少ないのは沖縄とのことでした。
そして大安寺にお勤めで最近得度された長岡光彦さんより、仏教の伝来からお経についてお話があり、観音経は法華経の第二十五番のお経であることなどくわしい説明がありました。
北陸自動車道の木之本インターチェンジを降りたところで現地のガイドのおふたりがバスに乗られ、現地ではおふたりからくわしい説明を聞くことができました。
最初に、石道寺に行きました。十一面観音像を拝観しました。
P10405262 P10405311  
Img537
 
そしてウッディパル余呉で、みんなでおいしい近江米のお弁当の昼食をいただきました。
途中、余呉湖をバスの車中から見ることができました。冬はワカサギ釣りでも有名です。湖のほとりの柳は大陸の影響の名残か中国の柳とのことで太くてがっしりしていました。
P10405471
つぎに向源寺(渡岸寺 観音堂)にいきました。こちらの十一面観音様の頭の真後ろには、ふつうなかなか見ることができないもうひとりの仏さまの顔(暴悪大笑面というそうです)をみることができました。
P10405521 P10405532
P10405541 Img534_2
この日、大活躍の雑賀耕三郎さん。そして道中の野神さん。
P10405512  14358879_1164965150249540_870309412

雑賀さんからいただきましたので、記念のスナップ。
そして西野薬師堂(充満寺)です。 
P10405621 P10405601

赤後寺(しゃくごじ) 日吉神社の一角にあり神社と一体とのことでした。
P10405632 P10405651
Dsc_08302 Img535
この日訪れたお寺は、それぞれの村の数十軒の皆さんでお守りされているということでした。
また戦国時代などいくさから仏さまを守るため地中に埋めたり水の中に沈めたりして守られたということでした。
そして事前に連絡しておいて拝観できたようです。
村の人でお守りされるというのはなかなかたいへんなことだと思います。
またこの日、地元ボランティア・ガイドのおふたりにはわかりやすく丁寧な説明をいただきました。ありがとうございました。そしてこの日降水確率90%ということでしたが、運よく一度も傘をささないで参拝することができました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
道中、鉄田さん、雑賀さんから近江の参考として以下の本の紹介がありました。

司馬遼太郎『街道を行く』→http://publications.asahi.com/kaidou/

 
白州正子『かくれ里』→http://www.biwako-visitors.jp/shirasu/
 
井上靖『星と祭』→参考HP
http://suido-ishizue.jp/nihon/kohoku/00.html

 

 

2016年9月17日 (土)

長野市へ善光寺へ 3

長野市をひさしぶりに訪ねました。

P10404261

駅前からバスに乗って、まず善光寺へ。(バス150円)

P10404201 P10404182

Img514
仲見世通りから、以前も訪ねた、パテイオ大門へ。コーヒーを飲んだりお店を拝見したりしました。

HP→http://www.patio-daimon.com/

P10404222 P10404251

そしてダイエーのあとのビルである、もんぜんぷら座へ。こちらも以前に見学しました。

Img518

そして長野駅までのメインストリートを見学しました。代わったお店やビルもあるのかもしれませんが、チェーン店は少なく、落ち着いた伝統的なお店がしっかり商売されているように思いました。
善光寺という立派なお寺があり、その門前町であり、県庁所在地です。東大寺・興福寺・春日大社などの門前町であり、県庁所在地という点で奈良市と合い通じるところがあるように思いました。
この日、別所温泉、上田市、長野市と歩き回って、万歩計は2万歩を越しました。(おしまい)

別所温泉、上田城など真田丸ゆかりの地へ 2

いまNHK大河ドラマ「真田丸」で、上田市あたりはたいへんな盛り上がりです。宿泊も、上田市から電車に40分ほど乗ったところにある別所温泉にとりました。18時までに着くと旅館まで共同運行されているバスの送迎サービスつきでした。別所温泉は、「信濃の鎌倉」といわれるそうで、古いお寺などもたくさんありました。夜は旅館の温泉と近くの「大師の湯」にも入りました。また朝からお寺などを散歩して、共同温泉の「真田幸村の隠し湯」という温泉「石湯」にも入りました。

Dsc_08111 Dsc_08121 

お寺も早くから開いていて、ご朱印をもらうことができました。

Img516Img517

真田丸のラッピング電車に乗って別所温泉から上田市へ。そして上田駅前から歩いて上田城あとへ。

Img_3208 Img519

信州上田真田丸のNHKの大河ドラマ館へ(入場料600円、数少ない撮影OKのところにて)。真田神社へ。

P10403813 P10404111

上田城あとより新幹線方向の町の風景です。大型店も見えます。

P10403841 P10403863

P10404162

そして新幹線で長野市へ。乗車は10分あまり。在来線では40分ほどかかるということでした。

 

2016年9月16日 (金)

長野県佐久市岩村田本町商店街へ 1

テレビで拝見したりして評判の、がんばっておられる長野県佐久市岩村田本町商店街を奈良市の商店街の皆さんと共に訪ねました。
以前イオンが出店した頃、佐久市へは新幹線で東京経由で訪ねました。
今回は奈良から、京都そして金沢へ特急サンダーバードに乗り、そして金沢からは、北陸新幹線を乗り継いで長野から佐久へいう新しいルートで行きました。北陸新幹線の見学もかねてということです。

P10402991

帰ってからしらべると、時間が一番早いのは東京経由で新幹線を乗り継ぐルート。(しかし一番高い)
金沢経由も名古屋経由も時間はほぼ同じ。
北陸新幹線が出来たことによって、時間と距離が変わったように感じました。(関西と金沢を新幹線で早くつないでもらいたいものです)

佐久市にある中仙道の22番目の宿場町である岩村田という江戸時代からの宿場町です。新幹線の佐久平駅から20分ほど歩いて町並みを見学しながら岩村田本町商店街に着きました。

P10403051
この日、理事長さんは経済産業省へ出張の由、代わって、中村副理事長さんと、寺子屋塾塾長でもある細川理事さんのおふたりに1時間半近く熱弁をうかがいました。

いまや商店街だけでなく、佐久のまちづくりという観点でおこなっているということでした。そして商店街の実践や空き店舗を活用した商店街でつくられたいろいろなユニークな施設など商店街をご案内いただきました。

P10403372 P10403391

P10403091 P10403102

P10403151 P10403231

P10403463 P10403251

P10403521 P10403562

またいろいろな商店街の実践の中、新しいお店もできたりしているということでした。

P10403201 P10403661

岩村田商店街のHPです。→http://www.iwamurada.com/

たいへん参考になりました。今後ますますのご発展を期待したいと思います。

2016年7月22日 (金)

戒長寺と戒場神社へ  1

奈良検定の「まほろばソムリエ」のテキストで気にかかっていた戒長寺には名前と知識だけで行ったことがありませんので、ふとナビをたよりに出かけました。
名阪国道の針インターから宇陀へ行く途中を室生寺方向に走って、向渕(スズラン群落で有名な所)あたりから細い山道をかなり走ってようやくたどりつきました。


有名な十二支を陽刻した釣鐘です。

Cimg54262 Cimg54251

本堂、本尊は薬師如来とのことですが拝観できませんでした。

Cimg54191 Cimg54181
説明は画像をクリックすると拡大します。そして有名なお葉つきイチョウ。

Cimg54351 Cimg54221

すぐそばには戒場神社がありやはり巨木がありました。

Cimg54292 Cimg54282

お寺も神社もお留守のようでご朱印はもらうことができませんでした。
歩いて登ってきたら高いところでたいへんなことでしょう。
宇陀市によるhpです→HP

2016年7月18日 (月)

富士山麓、静岡市、久能山東照宮へ

先日、友人たちと富士山麓、静岡市、久能山東照宮などを訪ねました。

早朝の富士山遠望です。

Cimg53141_2

夜の静岡市の繁華街を散策そして朝の静岡のまち。

Cimg53231 Cimg53191

車で日本平へ登り。ロープウエイーで谷を越えて、久能山東照宮へ。下からなら1159段の階段ということですが、ロープウエイで楽に参拝できました。

Cimg53651 Cimg53561

Cimg53691 Cimg53721

Cimg53781 Cimg53803

徳川家康の墓所。駿府で亡くなったあと、久能山に埋葬されたということです。久能山東照宮が建てられ、その後に日光東照宮ができたということでした。

Cimg53832 Cimg53841

そして涼しい博物館を拝観。江戸時代の時計、メガネ、歴代のよろいや刀。家康の鎧兜などが多数展示されていました。家康は155センチだった由。

Img423 Img424

Cimg53943

久能山は久能寺や久能山城であったという歴史があり、家康の逝去で墓所にされ久能山東照宮になったということです。

くわしい久能山東照宮のHPです。→http://www.toshogu.or.jp/

2016年5月23日 (月)

天理軽便鉄道展と木戸池堤へ

安堵町の町制30周年を記念して、5月30日まで天理軽便鉄道展(けいべんてつどう)がひらかれているということで見てきました。
安堵町歴史民俗博物館は、もと奈良県再設置運動で活躍した今村勤三の生家です。
Cimg45773_2   Cimg45751 
Cimg45802 Cimg45732 
 
法隆寺駅から安堵を通り平端へ、そして二階堂、前栽を通り天理駅までレール幅76センチくらいの小さな鉄道です。平端から天理までは現在の近鉄天理線で残っていますが、法隆寺駅から平端駅は戦争中に線路の供出で廃線になったということです。かつての資料や沿線の今の様子や再現された模型などが展示されていました。
かつて私は奈良まほろばソムリエの試験で、天理軽便鉄道の堤がのこる池はどこか?4つのうちの一つを選べという問題に出会いました。
消去法で「木戸池」を選んだのですが、偶然うまく正解になりました。とても印象深い地名です。
ということで、西へ歩いて10分ほどの木戸池を訪ねました。どこにも表示はありませんでしたが、地図ではたしかに木戸池であり、かつて天理軽便鉄道が走っていた堤と橋の跡がありました。
JR大和路線が近くに走っています。
せっかくの残された遺産ですから、説明の表示が欲しいところです。もと奈良市の経済部長であった旧知の西本町長さんよろしくお願いします。
Cimg45603  Cimg45623  
 
奈良まほろばソムリエの会の西川誠さんが、「なら再発見」でくわしく書かれていますので引用させていただきます。
天理軽便鉄道 ――楽しい線路跡めぐり
 安堵町の木戸池には池を2つに割る道路があり、途中にレンガ組みの開口部が見える。JR関西線の車窓から、富雄川のすぐ東南にあるこの池を見ることもできる。
 ここには、かつて「天理軽便(けいべん)鉄道」が通っていた。新法隆寺(斑鳩町)と天理(天理市)駅間の約9キロを結んだ鉄道だ。
     * * *
  天理軽便鉄道は大正4年に開業したが、同9年に天理―平端間を大阪電気軌道(現近鉄天理線)に譲渡。
 残る新法隆寺―平端間は昭和3年にSLから、車輪の付いたボンネットバスのレールカーに代わり、運行を続けていた。
 しかし戦局の激しくなった昭和20年に運行を停止。その後、レールは撤去され、再興をめざしたが27年に廃止された。
     * * *
 今もJR法隆寺駅南口を出て東方向に行くと、側溝にレンガを積んだ橋台跡が残り、住宅街を抜けると広い畦道(あぜみち)に線路跡が見える。 
木戸池の中央を渡る線路跡は、富雄川を越えたところに残っている。
 現在のJR関西線と過去の線路跡を重ねて見ることができる場所で、カメラを手にした鉄道ファンの姿をよく見かける。
 数年前までは富雄川両岸にもレンガ組みの橋脚が残っていたが、残念ながら護岸工事でなくなってしまった。
 「子供の頃に乗った」と話す地元のお年寄りもいる。「池のまん中を走る時は、ワクワクしたなぁ。平端駅に着いたら電車を回れ右さしよんねん。それが面白うて、ずっと見ていたわ」。当時の思い出を話してくれた。
天理軽便鉄道の線路跡が残る木戸池=安堵町
 単線のため終点駅でターンテーブルに乗せて、180度車両を回していたという。
     * * * 
 近くには、安堵町歴史民俗資料館がある。この資料館は、かつての県再設置運動の中心人物、今村勤三の生家を改築した建物だ。
 明治4年に設置された県はその後、「堺県」を経て大阪府に併合された。このため大和が要求する道路の新設・改修や産業振興などが、なおざりにされる傾向が強かったとされる。これに対し、今村勤三らが動き、同20年に県が再設置された。
 資料館の一画には、軽便鉄道に関する展示物がある。セピア色の写真には駅に立つ乗客や車両の姿がみられ、往時をしのばせる。当時の路線図が大型パネルになっているので、現在の地図と比べたり、道をたどるのも楽しい。
 ガラスケースには、SLの車両とレールカーの復元模型も展示されている。ケースに顔を近づけて見とれていると、いつの間にか少年時代の自分に戻っていた。
 毎年2月11日には模型を実際に走らせる「鉄道模型運転会」も行われている。来年はぜひ参加しよう。


『天理軽便鉄道』について読者から、「天理軽便鉄道が大阪電気軌道に買収されたのは大正10年で、当時、平端駅はなかった」との指摘がありました。調べてみると、平端駅が設置されたのは大正11年4月でした。ご指摘ありがとうございました。       * * *  (奈良まほろばソムリエ友の会 西川誠)
 
 

より以前の記事一覧

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30