燈明寺あと
現在は、神社だけが残っています。
燈明寺の建物は、はるか神奈川県横浜市の三渓園に移築されて現存しているという話です。http://www.sankeien.or.jp/guide/
京都府相楽郡加茂町は、いまは木津町などと合併して京都府木津川市にあります。京都府といっても奈良市から数キロいくと木津川市ですから、南山城地域は、ほとんど奈良市のような感覚です。心理的にも距離的にも、奈良県南部よりもっと身近です。
加茂町は里山があり、田園が広がり、のどかな良い町です。
機会があって、友人たちの誘いで、海住山寺(かいじゅうせんじ)を訪ねました。秋の夕刻の小雨の中、車は狭い道をぐんぐん登ってお寺に着きました。山の中腹の境内は広くて、国宝の五重塔がありました。そして本堂を参拝しました。この狭い道の上によく造られたものです。昔は牛、その後は耕運機などをつかって資材は運び上げられたということでした。お寺のhpがありました。
以下の日程で五重塔の内陣などを公開される特別展がひらかれるそうです。紅葉の良い季節になるのでしょう。
日程:2009年10月30日(金)-2009年11月8日(日)
■時間:午前9時-午後4時30分
長崎市から佐世保市は高速道路で1時間20分ほどかかったでしょうか、佐世保市の四ケ町商店街を訪問しました。まだあまり開店していない10時前、商店街事務所ビル4階で、佐世保市役所の方から佐世保市の概況を30分ほどうかがったあと、佐世保四ケ町商店街、竹本理事長さんの熱意あふれるお話をうかがい、さらに佐世保キラキラフェスタなどのいろいろなイベント、そのテレビ放映されたニュースのビデオなどを拝見、あっという間に、12時30分になっていました。
商店街ビルも4階建てのりっぱな建物で、2階ではFM放送が実況放送されていました。昼食はご紹介の佐世保ハンバーガーのお店に行き、16人入ると満員でしたが、本場のおいしい佐世保ハンバーガー(ベーコンエッグ500円)をいただくことができました。
お昼過ぎの商店街は幅11メートルと広いのですが、人通りがいわれたようにたいへんなにぎわいで感心しました。つづきの三ケ町商店街とあわせると直線で約1キロということでした。商店街の中心あたりにレンガ敷きの大きな広場がありましたが、よくイベントで活用されているとのこと、とてもよい広場でした。
近くには、戦争の頃の防空壕を利用した、トンネル横丁という商店街もありました。
2日間朝早くから夜遅くまで、みっちりと長崎市、佐世保市でお話をうかがったり、見学したり、たいへん参考になりました。また楽しく過ごすことができました。お世話になりました皆様にお礼申し上げます。
させぼ四ケ町商店街のHPです。http://www.yonkacho.com/index.html
佐世保の2つの商店街紹介の、がんばる商店街のHPです。
長崎市のまちなかに宿泊、2日目は早く起きて6時過ぎから、山の上にあるという坂本龍馬の像へ行きました。当初、路面電車にのって歩いてと思っていましたが、路面電車もまだ動いていない時間でしたので、友人とタクシーに乗って出かけました。思った以上の山道でした。乗ったのはラッキータクシー
というタクシーで、その60才代の運転手さんは乗っているあいだ、くわしく、長崎のガイドをしてくれました。また、こちらの質問にも的確に答えてくれましたし、わからないことはまだそこまで勉強していないと言われました。 タクシー会社では熱心に講習があったり、その運転手さんも長崎検定の3級、2級をとっているということでした。タクシーの運転手さんも、観光などのガイド役であり、そのガイドがその町のファンを増やすものだとあらためて思いました。
奈良検定もせっかくはじめられたのですから、たんに検定試験をむつかしくするだけでなく、勉強する本人も楽しく、町のガイド役として生かせるようにする仕組みをもっと考える必要があると思いました。
ところで、頂上付近は坂本龍馬像が10年ほど前に建てられ、いま「幕末のさるく」コースも特別に行なわれていました。来年のNHK大河ドラマは、坂本龍馬であり、主演が長崎出身の福山雅治さんということで、もうすでに多くの若い女性ファンが長崎にやってきているということでした。
長崎市は昨年秋に続いての訪問。今回は、奈良市中心市街地活性化のための視察で、各商店街の役員の方らと16名でいってきました。
長崎市では、2006年さるく博がおこなわれ、その後もさらにコースを増やして、長崎市を訪れる人に、コース地図などを提供したり、ガイドの提供(ガイドは有料)などされたりしています。
そうしたいきさつを、市役所の担当の方から聞きました。その後、2つのチームに分かれて、ガイドの方の案内で、なつかしの中通商店街コースという、ややレトロな良さを生かした商店街や眼鏡橋などのまちかどのポイントを2時間にわたって歩きました。長崎では歩くことを「さるく」というのがまずおもしろいと思います。また、お店では試食をいただいたり、ご主人から説明も受けました。
ガイドの方は60才後半。大きな声でよく勉強されていて、説明もよくわかりました。
1日ガイドへの参加は1000円でるそうですが、ほとんど、交通費程度とのこと。家にいるより、外に出ている方が良いということでした。たくさんのコースは市民プロデューサーのかたの意見も加えてつくられているそうです。また、そのコースごとのガイドの講習や資格試験もあるそうです。
あちこちのまちかどの看板は、昔の写真がのっていたり、日本語、英語、中国語、韓国語で工夫して表示されていました。
長崎さるくのhpです。http://www.saruku.info/
東京出張で、はじめてお台場に宿泊しました。翌日は全国の同業の人たちと貸切大型バスで都内見学にいきました。まず自由が丘へ。ひさしぶりの自由が丘ですが、たずねたのは「スィーツ・フォレスト」です。自由が丘は洋菓子のお店などが集積しているところでも有名です。http://www.sweets-forest.com/index2.php
そして六本木のミッドタウンへ。私自身は3度目でしたが、ひとり1500円払ってのガイドによる1時間の見学は、建物のことがよくわかりました。それにしても大きくて高い建物です。敷地の40%が公園ということで、広々としていました。http://www.tokyo-midtown.com/jp/index.html
最後は、テレビでよく聞く、赤坂サカス。ひさしぶりの赤坂でした。http://sacas.net/
東京は、たしかに巨大な観光地でもあります。
奈良市は、奈良県の北の端にあります。奈良市の中心市街地からも数キロ行けば、京都府木津川市です。平成の大合併で、木津町、加茂町、山城町という3つの町が合併しました。奈良市の商圏であり、通勤通学の人も多く、とても密接な関係であり位置にあります。
ところが、府県が異なりますので、すぐそばの事ながら情報はなかなか入りにくいといえます。この情報の谷間は自分で積極的に埋めないと仕方ないものでしょうか。
以前奈良市は、平成大合併で、月ヶ瀬村やつげ村と合併しましたが、経済的な環境などを考えれば、府県を越えても木津川市などとの合併の方が適切ではなかったのかという意見もあります。現に県を越えての合併ということであれば、岐阜県あたりでは長野県の村と合併しています。
それはともかくも、木津川市の市役所が新しく出来上がったということを見聞きしましたので、ひさしぶりに出かけてきました。一部7階建ての国道163号線沿いの旧の場所に建て替えられていました。JR木津駅前あたりは再開発地域ですが、まだまだ更地状態のところがたくさんありました。
賢島からバスで移動して、同業の皆さん20数名で(協同組合趣味の百撰会。本部東京浅草)、伊勢神宮(皇大神宮・内宮)へいきました。この日は日差しももう真夏の勢いでとても暑い日でした。特別参拝ですから、全員ネクタイ背広着用のスタイルです。
神職の方に全員が導かれて御正宮(ごしょうぐう)の中まで進んでの特別参拝でした。何か神々しいものを感じる経験となりました。何度か参拝している人もわたしもはじめての特別参拝でした。
つづいて荒祭宮(あらまつりのみや)にも参拝。その後、お神楽奉納に正座ですわって参列しました。ここは冷気が漂いとても奥ゆかしい神楽殿でした。巫女さん4人のお神楽につづいて、相当昔の武士なのでしょうか、男性のお神楽をはじめて拝見しました。
平成25年には61回目の遷宮ということで、ちょうど宇治橋が造りかえられていました。
特別参拝を無事済ませ、おかげ横丁ちかくの明治の建物、伊勢女衆の味「すし久」へ昼食にいきましたら、前日から報道されていた全国知事会議のみなさんのお食事場所でもあり、ちょうど中から荒井奈良県知事も出てこられました。全く偶然の出会いでした。荒井知事いわく「奈良にもおかげ横丁のようなものができたら良いね。」といわれ立話ながら言葉を交わすことができました。
昼食後、おかげ横丁を散策、その中のひとつ、おかげ座(300円)にはいって、江戸時代のおかげまいりの様子を映像やよくできた再現の人形たちや光景などで拝見しました。そして風通しの良い昔のりっぱな木造の赤福本家で、赤福3個と冷たいお茶のセットを皆でいただきました。
先日、用事で兵庫県明石市へいってきました。3月に開通した阪神電車へのりいれの、近鉄奈良駅発三宮行き快速電車に乗りました。いろいろな人から、その便利さを聞いていましたが、はじめて乗ることができました。
大阪難波までは以前と同じですが、桜川、大阪ドーム前、九条、西九条と地下で新しくつながりました。桜川、大阪ドーム前、などのホームはとても新しくまばゆく見えました。http://www.hanshin.co.jp/nambasen/
10両編成の電車は尼崎でうしろ4両の切り離し作業で数分間停まったあと、甲子園球場前へ。奈良から1時間くらいで直接甲子園にいくことができます。あとは、武庫川、西宮、などをへて三宮へ到着。阪神電車は地下駅で、そこからは時間もたっぷりあったので、その同じホームで山陽電車の姫路行きに乗り換えて、明石へ。待ち時間はわずか2分でした。これもはじめて乗る路線でした。須磨や舞子などJRと平行して走り明石に到着。2時間近くの小旅行でした。ずっと座ることもできて、快適でした。時間的には、三宮でJR新快速に乗り換える方が早かったようですが・・・。
明石では朝開店早々の魚の棚商店街をひさしぶりに見学、魚やたこをめずらしく見ました。あとで地元の方に聞くと、魚屋さんや豆腐屋さんなどが減り、たまごやさん(明石焼き)などが増えたということでした。http://www.uonotana.or.jp/
ちょうどtetsudaさんがブログ「日々ほぼ好日」で阪神なんば線を取り上げてくれていますので紹介します。
五箇山インターチェンジからバスは、日本の道路の最高の高さの地点や、太平洋と日本海の分水嶺、54のトンネルのうちずいぶんたくさんのトンネルを通り、スキーで有名な高原などを通って、1時間あまりで、郡上八幡の町に着きました。昼ごはんを食べて、古くからの町並みを散策しました。郡上八幡の踊りや町並みが有名で以前から一度行きたかった町です。まちかどには溝にきれいな川からの水が流れていました。また、なかなかレトロな古くからのお店がたくさんがんばっておられました。7月から連日どこかの町で郡上祭りが踊られ、8月のお盆のころには町をあげて夜を徹して踊られるようです。
その後バスに乗って休憩2回、名神高速道、京奈和有料道を経由して、郡上八幡から3時間半、思った以上に夕方早く奈良に帰りつきました。(東海北陸自動車道の旅、おしまい)
翌日、合掌造りの村は、白川村が有名ですが、相倉合掌造り集落という現在も住んでおられる村を訪問することができました。合掌造りの民宿も8軒あるようでした。埼玉県の修学旅行の中学生も来ていました。
静かな相倉合掌造り集落のhpです。http://www.g-ainokura.com/
そのあとバスに乗って、重要文化財の合掌造りの建物の中に入って説明をしてもらえる(有料300円)村上家にいきました。囲炉裏囲んで、お話や民謡を聞くことが出来ました。2階3階には古い民具などがたくさん展示してありましたが、1階の囲炉裏の煙が上がってきて、モノは黒光りし、すこし煙たい感じもしました。家のすぐ近くでの畑仕事の歴史が長く続いたが、道路が良くなり、都会にもつとめに出るようになりはじめたのが昭和59年ということでした。われわれも今回、北陸道と東海が高速道路でつながったから割合容易にくることができたのですが、道路の良い面とともに、良くない面もあるような気もしなくはありません。下の写真は村上家の合掌造りです。
地元自治会の恒例の親睦旅行で出かけてきました。ちょうど、梅雨入り宣言が出され、天気予報も雨と曇りのマークで、2日間、雨であろうとはじめからあきらめて出かけたのですが、雨が降っていたときには、バスや船の中でしたので、幸い持参した折り畳み傘がいらないという幸運に恵まれました。2日目などは、晴れてしまうという幸運さです。
朝8時奈良を出発、昼には、北陸自動車道の武生で昼食、さらにかつての砺波市、今は南砺(なんと)市に到着しました。欄間など、木彫りの彫刻で有名です。また、瑞泉寺という立派なお寺がありました。(数年前の2月に訪れたときは雪が境内に積もっていました)
谷中の商店街からお寺のある町を歩いてJR日暮里の駅に行く途中、お墓がたくさんある谷中霊園にさしかかりました。
上野寛永寺の名前が見え、徳川慶喜の大きなお墓がありました。
渋沢栄一翁や高橋お伝、鳩山一郎、俳優長谷川一夫などたくさんの著名人のお墓がありました。桜のころはとてもきれいそうです。(敬称略)
ほどなく日暮里の駅へ。駅近くにこんな大きな霊園。日暮里の駅に降りたのははじめてのことです。東京にはいろいろなところがあるものだ、と思いました。
大学時代の友人と東京で同窓会。いっしょに以前から紹介をうけていた東京の谷中(やなか)の商店街にいってきました。JR日暮里の駅でおりてしばらくいくとありました。11時開店と表示されている店が多く朝10時過ぎでしたので、少し早かったようです。生活感あふれるお店が多いように見受けました。
「夕焼けだんだん」と名づけられた、階段からの風景です。夕方ちょうど夕焼けが見えるのでしょう。友人S氏が撮ってくれました。
すこしなつかしい光景が広がる商店街でした。谷中ぎんざのhpです。http://www.yanakaginza.com/home.html
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27日郡山へ行きました。お城の石垣のあたりの、しだれ桜が満開でした。ほかの桜も咲き始めていました。
一番線路に近いお城とか。
いろいろな楽しいイベントが4月10日までくりひろげられるようです。くわしくはhpでどうぞ。
13日夜、東京発のブルートレインの最終便ということでテレビに取り上げられ、多くのファンが見送る姿が報じられていました。若いときの思い出を載せて、「私の青春であった」という人もいましたし、「昭和が遠くなった」という人もいました。それぞれに感慨ふかい言葉だと思います。
(写真は日経新聞から転載させていただきました。多くの鉄道ファンに見送られ東京駅を出発する「富士・はやぶさ」=13日)
わたしも夜行列車の経験は少ないのですが、いろいろの思い出を思い起こすことです。
ずいぶん以前になりますが、奈良からも、東京へ「大和」という夜行列車が走っていました。毎晩、21時過ぎ奈良を発ち、関西本線をはしり、名古屋、静岡と東海道本線を走り、東京へ朝6時過ぎ到着しました。寝台車両もついていたようですが、若いわたしなど普通の座席でした。小学校の頃から父や叔父の出張のための座席券をもらうため代わりに待合室で待ったことも思い出します。
大学生のころは、東京でお金をほぼ使い果たし、いざ帰省というころは、東京から夜行鈍行の大阪行きに乗り、京都で乗り換え、朝奈良に帰ってくるということもありました。(大垣とまりでずいぶん続いたようですが、これもとっくに終了)
いちどは夏、東京から長野を経由、大町下車で北アルプスの山小屋で1泊してアルプスの針の木岳に登りました。そして北陸本線に乗り金沢までたどりつき駅頭で眠り、翌日金沢の町を観光して奈良に帰ると残金がわずかということもありました。
また父の仕事代わりに朝京都駅から特急「白鳥」に乗り日本海沿いをひたすら走り深夜青森に到着、真夜中の青函連絡船に乗り、朝の函館発の北海道の列車で24時間後ようやく目的地に到着ということもありました。
少しさかのぼりますが中学3年生の春、友人と13泊14日の北九州までの自転車旅行の帰り、夜行列車で帰ったこと。高校2年のとき、友人と長いキャンプ旅行の末、鹿児島から満員の夜行列車で帰ったこと。松江から東京の勤務先へブルートレインの夜行列車で帰ったこと、など思い出します。総じて夜行列車はなぜかなつかしさ、せつなさを感じさせるものだったように思います。
3月になりました。きょうから東大寺二月堂の修二会ではおたいまつがはじまり、内陣でもいろいろなおまいりの行がおこなわれます。春近しです。
ところでこのところ、「近鉄電車と阪神電車が、大阪で地下で結ばれる。直通電車が走る。」という内容のポスターをよく眼にするようになりました。
大阪難波から3月20日につながるということです。奈良から神戸に行くのが便利になるのか、あるいは神戸から奈良に来るのが便利になるのか、どちらも利用されることを期待したいと思います。
奈良から大阪ドームや甲子園球場へのりかえなしという点は魅力です。阪神なんば線というようですが、紹介のhpがありました。http://rail.hanshin.co.jp/start/index.html
今年初めての出張は、早起きをして東京へ。一眠りして起きたらちょうど富士川から望む富士山が見えましたので1枚。今年の先行きをあらわすかのように、頂上に雲がかかっているのがすこし残念です。
1日いろいろと仕事をこなして、夕方友人と神田明神さまへ。煌々とした明かりの中の神田明神さまには、新年の輝きがありました。http://www.kandamyoujin.or.jp/
所用があって、勤労感謝の日、良い天気のもと、奈良から大阪へ車で出かけました。朝の行きは第2阪奈で、すいすいと大阪へ。(第2阪奈は、ETCが使えず不便ですが、現在工事中で2009年5月にはETCが使えるとの表示が出ていました)。
帰りまだ昼の1時過ぎなので久しぶりに大阪から下の道を利用、さらに阪奈道路をドライブして・・・と思って走り出したところ、奈良国際ゴルフCCあたりから800メートルくらい渋滞、新しい第2阪奈と今までの阪奈道路の合流するあたりが混んでいるようです。さらに奈良公園まで渋滞が続いている様子でした。(地元ゆえあやめ池からならやま大通りへ渋滞回避しましたが・・・)
3連休の真ん中の日で、ちょうど紅葉の見ごろということでしょうか?この東行きの渋滞は午後の3時ころでもおこっているのですから、たいへんです。先日の交通社会実験は、2日目はあいにくの天気で、おまけに1台の電気バスは故障をおこしていたと、あとで聞きました。社会実験の結果はまだ報告されていませんが、春秋の行楽シーズンの慢性的な渋滞は困ったものです。これでは、なら1300年祭どうなることやら、案じられます。
できてもうかなりの年月がたつという、長崎ハウステンボスをはじめて訪ねました。入国口から船に乗って「ホテル・ヨーロッパ」へ。たしか、ホテルのオープン前、伊丹十三監督の映画「マル暴の女」の撮影をされたホテルであるとか。夜は8時45分から、花火が打ち上げられました。
翌日はハウステンボス内を歩き回りました。高い塔からは300度くらい景色を広々と眺めることが出来ました。地面に花で描かれたゴッホの「ひまわり」の絵も見えました。
ポーセリン・ミュージアムを見学しました。ポーセリンとは磁器ということでしょうか。かつて長崎から海を渡った色鍋島などの磁器の大きな花瓶から置物、いろいろな装飾品が並べられてありました。ドイツのベルリンの宮殿に実在する、磁器の部屋を再現された部屋は、まるでベルリンに行ったかのようなすばらしい磁器を飾り立てた部屋でした。(ミュージアム内は写真撮影可というのも良いと思いました)
いろんな国の料理のレストランもありました。が、ちょうど夏が終わり、秋の催しの間の端境期であり、平日ゆえ、人も少なくすこししんみりする雰囲気でした。滞在型ですごす施設かなと思いましたが、実際あまり長く過ごす体力、持久力、楽しむ力、時間的余裕は、なかなか持ち合わせることができませんでした。リピーターの数はどうなのでしょうか。
おそい昼食後、飛行機の時刻の関係でハウステンボスからは高速船で長崎空港に向かいました。ことしは、国内のあちこちを訪問する年になりました。
長崎さるく博覧会という、博覧会があったということを聞いたことがあります。「さるく」とは何だろうと思っているうちに閉幕、そのときには行くことができませんでした。
今回、長崎へ行く機会があり、「さるく」とはまちをぶらぶら歩くことの長崎弁、と知りました。長崎市は、高校の修学旅行、友人の結婚式以来、実に30数年ぶりの訪問でした。会議の前、中華街から市電に乗りました。どこまで乗っても100円という格安でわかりやすく、ゆったりと、しかし案外速く市内を走り回っています。
「さるく」の無料の案内図などまちかどでもらい、うろうろと「さるく」しました。商店街も、アーケードのない商店街は懐かしい雰囲気のお店がたくさんあり、石畳を敷いてあり、やがてかつて訪ねた記憶のある眼鏡橋にたどりつきました。以前、水害があり補修された様子です。そして、アーケードのある商店街は人通りも多く、活気あふれる商店街でした。「県庁舎移転反対」とかの表示もあり、県庁の移転が問題になっていることを知りました。
長崎さるくのhpです。http://www.saruku.info/
会議のあと、皆でまちをさるくして、地元の方の心づくしの設営で、丸山町の史跡料亭「花月」で食事を楽しみました。坂本龍馬の「刀のはしら傷」のある床柱があり、800坪というすばらしいお庭を望む広い和室でした。以前見た、吉永小百合さんの映画「長崎ぶらぶら節」の舞台の360年余りの歴史をもつ史跡料亭でした。
8月も初めのことになりますが、世界的な医学者、
野口英雄の生家をおとずれました。訪問したのは2度目なのですが、立派な記念館があり、生家も萱葺きで保存され(一時期はトタン屋根になっていたようです)、さらに上には萱葺きを保護するための屋根がつくられていました。
こどものころ、左手をやけどして、「てんぼう」とあだ名され、のちにアフリカで黄熱病の研究などをした、会津の偉人です。小学校のころ、伝記を読んだことを思い起こしました。
遠くには会津磐梯山が見えました。
野口英雄の生家のそばには、ちょうど鉄仙花の花が咲いていました。
8月1日から3日まで
福島県郡山市のうねめまつりへ、奈良市からの親善使節団12名のうちのひとりとしてご指名いただきましたので出かけてきました。
奈良市からは、朝8時前に乗り京都まで近鉄、新幹線ののぞみにのって東京へ。さらに乗り換え、東北新幹線で1時間半ほど乗り、午後1時30分には郡山市に着きました。
奈良市と福島県郡山市は、「うねめ伝説」をご縁に昭和46年(1971年)以来の姉妹都市です。郡山市からは中秋の名月の奈良のうねめまつりに使節団が来られ、こちらも夏の郡山市のうねめまつりに参加し、親善をふかめています。
到着後、郡山市役所訪問のあと、車によるパレード、郊外の采女神社での神式と仏式による30分にわたるおまいりに参列しました。また采女伝説の語り部の方のおはなしをうかがいました。さらに池で、亀の背中に願い事を書き、池に放つと中秋の満月の奈良の猿沢池に届くというお話でしたので早速願い事を書いて放ちました。とても大きな亀でした(新聞は福島民報8月3日より)
翌日は郡山市の風力発電33機の並ぶ高原や、猪苗代湖、明治の開拓時代の施設などを見学することもできました。そのあと、いよいよ夕方7時から駅前の大通りを、うねめ踊り流しというお祭りにそろいの浴衣すがたで参加、1時間余りちょうちん片手に踊りの列の中で歩きました。
ことしは32チーム3500人の参加という大規模なおまつりでした。片側2車線の道路の両側をいっぱいつかって周回し、参加者は相互に対抗車線の「連」の様子もみることもできるすばらしいものです。そしてルートは駅前大通と交差する国道4号線もつかって、大きな「T」の字のかたちを3500人のお祭りの参加者が踊って歩くというものでした。
その規模と雰囲気は、まさに「動」の郡山市のうねめまつりです。hpがありました。
神戸市で会合がありました。奈良から神戸市へは、近鉄・JR環状線・JR快速でおよそ90分。(来年春には近鉄と阪神が相互乗り入れになり、さらに便利になるとか)神戸の町を訪れるのは久しぶりのことです。夕食は開店100年を越すお店で、おいしい中華料理を食べることが出来ました。
翌日は、ハ-バーランドを散策、うまい具合に臨時便の340人のりの神戸港周遊の観光船に乗ることが出来ました。奈良のような海のない県にいると海はうれしいものです、海から見る風景はまた格別のものです。三菱重工、川崎重工の造船所は建造中や修理中の船が見えました。遠方には神戸空港がみえ、ポートアイランドも久しぶりに見るとずいぶん変わっていました。ニトリがあり、新しく3つの大学が建てられたというアナウンスでした。45分間のクルージングで、ひとり1000円はたいへんお値打ちでした。
北野坂の風見鶏の館も久しぶりに訪ねましたが、阪神大震災ではたいへんな被害があったとのこと。(阪神大震災から13年の年月がたっています)
昼食後、新神戸駅から三宮まで地下鉄にのりましたが、三宮でのJRなどとの接続はすこし距離があり東京から来た知人は迷ったそうです。それから三宮あたりの商店街などを見学、さらに思いついて以前から行きたかった「新開地」の商店街を訪ねてぶらりしました。町の活性化にNPO法人などが活躍されている様子でした。
28日夕方、大宮通の高架橋と関西線が、かねて予告のように関西線は高架へ、道路は地面にという移行工事が準備されていました。道路は案の定すごい混みようでした。
なにしろ一晩で道路の高架橋の頂上部分をはずして道路は地面を、十文字にクロスしたJR鉄道は高架を走らせ、かつ新しい高架のJR奈良駅に電車を停車したり出発させたりさせるのですから、素人から見ると、いくら1000人を投入する工事とはいえ、うまくいくのだろうかと思います。おりからすこし小雨も降り出しました。うまくいくことを願うばかりです。
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先日、貸し切りバスで、奈良から20人で富士五湖へ1泊2日の旅行に出かけてきました。奈良の天理から名阪国道で、亀山へ。そこから東名阪高速道路ー四日市、四日市からは湾岸高速道路です。話によく聞く道路ですが、はじめてのりました。桑名の長島温泉や中京工業地帯(社会で習った表現ですが、今でも使っているのかどうか不明です)、トヨタ自動車の積み出しの様子などが良く見えました。3つの橋を利用して海沿いを走るようです。知らぬうちに東名高速道路にはいり、昼には浜松へ。天気はあいにく曇り空、富士川辺りのインターチェンジを降りて、富士山の西を走ったころ、はじめて雲間から待望の富士山の全体が10分間ほどでしょうか、見ることができました。
河口湖畔のホテルからは、晴れていれば眼の間に富士山を眺めることができるとのことでしたが、翌朝には雨が降りしきり、結局眺めることはできませんでした。雨でもさしつかえない、美術館などをめぐり、帰路へ。いろいろな新しいパーキングエリア、オアシスなどに立ち寄り、あちこちに、断片的につくられている第2東名の姿を見ながら、夕方無事奈良に帰ることができました。
高速道路の充実で、ずいぶん遠くまで行くことができるものだと感じました。この夏には東海と北陸の高速道路がつながったり、いろいろと新しい高速道路ができるそうです。
それにひきかえ、奈良県は道路行政が遅れていて、とくに高速道路が少ないといわれています。
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近頃、地震や通り魔や楽しくないニュースが多いことです。友人からの宇宙の画像が送られてきました。私にはまるで宇宙という海で泳いでいるように見えます。
「知り合いからすがすがしい写真の情報をいただきました。
気分転換にどうぞ。
http://www.texasjim.com/NASApix/NASA%20pix.htm
日本人宇宙飛行士の土井さんが乗ったエンデヴァー号です。
最後の画像はハリ ケーン・ディーンの目の画像らしいそうです。」
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出張で新幹線名古屋駅でのこと、最近使い慣れた新幹線のEXカードで在来線乗り換えは、東海地区用のカードとして、関東のPASUMOは使えるかどうかわからなかったので、通常の出口に回って出場しました。(あとでしらべるとやはりPASUMOは使えないということでした)
広い雑踏の中、ようやく普通の自動切符売り場をみつけ在来線の切符を購入再び入場。乗り換え時間があったので、なんとか次の電車に乗ることができました。
あとでしらべると、東海地方はTOICAというカードがある、が関西のICOKA(行こうか、というネーミングらしい)やSUICA(関東地方のカード)なら使えるとのこと。
関西地方ではふだん私鉄地下鉄あと払いのカード、PITAPAを使うことでふだんは別に問題はありません。(関西のJRも事前に同じカードで前払いしておくと使える)
さて、名古屋地区での便利さのため、もう1枚、JR系のカードを持つべきかどうか、すべてをカードでするわけではないのだからいらないのかな?としばらく思案です。
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機会があって、シャープの歴史技術ホール天理を見学することができました。ふだん名阪国道を走ると小さく見える、シャープ天理工場は訪問すると思った以上に広いものでした。
創業者早川徳次氏が東京で創業し、シャープペンシルなどを考案され、関東大震災で大阪に移られたようです。
戦前の懐かしいラジオ、レコードプレーヤーなども面白く、戦後のテレビ、電子卓上計算機も懐かしいものでした。
現在の液晶画面やテレビ、携帯、パソコンなど、すばらしい技術革新です。液晶画面の一貫生産の亀山工場はまだ公開されていないそうですが、3分間のビデオで拝見しました。なかなかすごいものでした。
以下は歴史技術ホールのhpです。奈良市内からわずかなところにこんな場所があることに感心しました。http://www.sharp.co.jp/corporate/showroom/tenri/index.html
が、三重県亀山工場、大阪府堺工場と他の県に新しい工場が建設され、奈良から遠ざかっていくことには若干複雑な気分を禁じえないものでした。かつての奈良県の行政はどうだったのでしょうか?
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最高気温も20度近くまであがり、のどかな春うららです。
氷室神社の枝垂れ桜も見ごろと新聞で報じられています。
たしかに出勤途中に、咲き始めた桜を見かけたり、三条通の猿沢池の近くでも咲き始めました。
奈良では、テレビ「鹿男あをによし」は終わりましたが、行楽の人が増えています。ここしばらく桜を楽しむことができそうです。
出張で、東京に出かけました。東京駅の八重洲口の柱に何ヶ所か、早や正倉院展のPRをされていました。
正倉院展期間中、東京から奈良まで新幹線の往復と正倉院展の入場チケットがついて22000円と格安のチケットがJR東海から発売されていることを知りました。
ただし日帰りチケットということです。
所用で仙台を訪ねました。奈良市は、電車で京都へ35分くらいなので、たいていは京都経由の新幹線利用の出張が多いのですが、仙台へはやはり飛行機を利用するのが便利です(1ヶ月以上前に購入したので往復25500円と新幹線で東京京都往復より安い)。
奈良から大阪空港はリムジンバスで60分(1440円)。渋滞を見込んですこしはやいバスに乗って、空港内でうろうろと見学するのも面白いものです。国際線がなくなって空いていた空港ビルも全日空関係が使っていて、ゆったりしていました。
飛行機は快適に60分で仙台へ到着。仙台空港から仙台駅までは、最近出来た鉄道で20分あまり(630円)。やはり鉄道は所用時間が安定しています。
荷物をあずけて、市内のアーケードのある商店街などを散策しました。仙台の商店街のアーケードは、道幅が広く、アーケードも背が高くりっぱです。一番町あたりは、有名な七夕まつりも行なわれるとのこと、町なかでは、無料のタウン冊子がいろいろ手に入りました。中心街の地図も便利です。
町なかを回遊するバスも走っていました。友人は1日券(1000円)を買ってうろうろしたそうです。
仙台の町は、杜の都といわれるだけあって、ケヤキ並木や銀杏並木など町なかにも、緑があふれている感じです。また東北の玄関102万都市だけに、いろいろな大きな支店がありました。伊達100万石の歴史も感じられました。もっとうろうろしたかったのですが、所用のためわずか2時間の散策でした。それでもすこし仙台を感じることが出来ました。
奈良検定の試験日程が来年1月13日と発表されました。くわしくは奈良商工会議所のHPに載っています。http://www.nara-cci.or.jp/narakentei/index.html
昨年読んだ奈良検定公式テキスト、そして、ことしは10月に毎日新聞社から問題集が発行されるとのことです。
本屋で、高校の歴史の教科書の出版会社でなじみふかい、山川出版社から、「奈良県の歴史散歩」奈良北部、奈良南部の2冊の本を見つけました。(それぞれ本体1200円)奈良県高等学校教科等研究会歴史部会編。
奈良検定受検や実際に奈良県を散策するためにも、図や写真なども入っていてくわしく、なかなかわかりやすいように思います。
奈良もちいどのセンター街の中の有志で、むかしから、大峰山上参りをかかさず毎年されています。以前は2日がかりでいっておられましたが、最近は早朝出発ー夕方帰着の日帰りでいっておられます。
前から、お誘いいただいていたのですがいつも予定が重なり、行くことが出来ないでいたのですが、ことしは幸い参加することになりました。
朝6時集合もちいどの弁財天社参拝ーマイクロバスで吉野郡天川村洞川到着、龍泉寺参拝(護摩祈祷)-バスで10時30分登山口(女人結界地点)ー登山、山上ケ岳頂上、大峰山寺参拝(護摩祈祷)-16時30分下山、バスで帰路ー19時弁財天社参拝、解散。
という行程です。
登り3時間あまり、下り2時間余り、休憩しながらもかなりきついコースです。幸い天候にも恵まれ、無事いってきました。
またブログで報告したいと思います。
台風4号が大雨をもたらし、台風一過と思ったら、16日午前10時13分、新潟・長野方面で大きな地震が起こったとテレビなどは伝えています。先週長野市や小布施町を訪ねたばかりです。被害にあわれた方面のかたにはお見舞い申し上げます。
検索すると、「晴れ時々地震」という地震のポータルサイトが見つかりました。
谷間に広く作られたテーマパークの伊那谷道中をたずねました。平日のせいか、入場の人は少なかったのですが、小川にはめだかが泳いでいたり、むかし活躍した馬や、シルク館、陶芸館などいろいろな見所があり、しばしなつかしい時代にタイムスリップしました。
またカイコが、まゆを紡いでいるところも見ることができました。カイコが思っていたより大きくて、実物を見ることが大切だなと思ったことでした。
以下が伊那谷道中のhpです。
20数年前に、奈良市橋本町に高札場を復元するために、妻籠の高札場を見学にいったことがありますが、久しぶりに訪れることが出来ました。
妻籠は町並みを復元するために早くから取り組んで来られたそうです。宿場町にあった、本陣、家、馬小屋の復元など。
そこで商売もされ、住んでおられるというのも良いと思いました。
「売らない・貸さない・壊さない」という3原則をつくり、ここで生活しながら、江戸時代の町並みという貴重な財産を後世に伝えているのです。ということです。
妻籠のhpです。http://www.tumago.jp/
先日
バス旅行で、馬篭宿に立ち寄りました。中山道の宿場町で、島崎藤村の記念館などがありました。
かなりの急勾配で、江戸時代多くのひとが歩いたということですが、たいへんであっただろうと思います。
島崎藤村記念館の紹介のhpです。http://gaku2003.hp.infoseek.co.jp/CHIHEI/BUNGAKUKAN/TOUSON.htmlttp://gaku2003.hp.infoseek.co.jp/CHIHEI/BUNGAKUKAN/TOUSON.html
先日名古屋駅前にできたミッドランド・ビルを訪ねる機会がありました。以前、毎日新聞ビルや豊田通商のビルなどがあったところを、とりこわし47階建ての名古屋で一番高いビルになりました。
シースルーのエレベータはとても早くて、あっという間に42階のレストラン街へ。向かいにはJR名古屋駅前のマリオットホテルなど2つの高いビル、そしてもうひとつ最近出来た高いビルも見えます。
以前は駅前は、夜はあまり何もなくて、栄の方の繁華街にでかけなくてはなりませんでしたが、これらのビルが出来て、名古屋駅前は一変しました。
東京駅、名古屋駅、京都駅などをみていると、巨大なビルによって、駅周辺がたいへんな盛り場に変化することを感じます。
名古屋ミッドランド・スクェアのHPです。
奈良からお茶畑や森や田んぼをドライブして1時間、
日本六古窯のひとつ「しがらき焼」の、滋賀県の信楽にでかけました。町村合併でいまは、甲賀市信楽町となっています。信楽観光協会のhpです。http://www.e-shigaraki.org/
広大な山に、ミホミュージアムがあり、開館10周年を迎えていました。新緑と、燃えるような赤いツツジがとても眼に鮮やかに飛び込んできました。うぐいすの声も聞こえます。
「八十八夜」は、夏も近づくと歌われる、お茶の摘まれるころです。5月2日がその八十八夜でした。東大寺では、聖武天皇の亡くなられた日ということで、聖武祭がひらかれたとのこと。
奈良は、東部山間部など、大和茶の産地です。いろいろ検索していたら、奈良特産品振興協会のhpに出会いました。かなり大きなhpで、奈良の特産品などを紹介されています。
大和茶もその特産品のひとつです。http://www.nara-tokusan.com/index.html
ひさしぶりに和歌山へいってきました。行きは高速道路を利用、名阪自動車道から阪和道に乗って2時間。帰りは時間に余裕があるので、ひさしぶり国道24号線で、橋本市、五条市、御所市、葛城市、大和高田市、橿原市を車窓からながめながら3時間ほど走って奈良市に帰って来ました。
一部京奈和道が、橋本、五条あたりでは開通していました。通常の24号線もすいている時間帯でしたので、それほど便利にはおもえませんでしたが、ぼちぼち工事は進められているようです。
橿原のイオンのあたりは、2車線のうち1車線は、イオンに入るため、車が行列していて、大型店による交通妨害を実感しました。これで、ほんとうに大和郡山の交通要所にイオンが出来てよいのでしょうか。ちかくの工場の方も先日「いまでも、混みあってしかたないのに、イオンが出来たらどうなるのか」と言っておられましたが、その危惧は、すでに橿原で証明されています。
橿原から大和郡山南の京奈和道路は高架で、とても便利です。
ともあれ、和歌山は奈良市からは、高速で大阪経由でいくのがまだましということがわかりました。が、隣の県ながら、あいかわらず、和歌山は奈良からは遠く感じられます。
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2月12日、毎日ラジオの生中継で、ラジオウオークがあるそうです。
ことしは、万葉集をわかりやすく解説してくれる上野誠奈良大学教授らが多くのリスナーを引率して、斑鳩・聖徳太子ゆかりの道を歩くそうです。
くわしいことは番組のhpで、以下の通りです。
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久しぶりに、新幹線で東京へ出かけました。浜名湖あたりで、天気も良くなってきたので、ひょっとして富士山が見えるかなあ、と淡い期待をしていたら、ちょうど富士川鉄橋をわたるあたりで、きれいな富士山を見ることができました。
頂上付近は雪をかぶり、うっすらと雲がかかっていますが、晴天でした。なにかごほうびをいただいたような、うれしい気持ちになりました。
奈良から東京駅までは3時間すこし。日帰りもできますが、やっぱりゆっくりと泊まって出張もしたいものです。が、前後予定が詰まっているため今回は日帰りとなりました。
東京から京都は新幹線だけという感じで、近く感じられているようですが、奈良へは京都から40キロ。近鉄特急で35分。最近はJRも便利になりました。(ただし各駅停車は1時間かかりますので要注意)
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富山の友人からの立山の推薦hp紹介のメールが届きました。全国の友人からの情報はありがたいものです。 (以下は友人からのご紹介です。) | ||
| 「 立山は冬の眠りへ 立山黒部アルペンルートの営業運転は昨日ですべて終了。今日から来春4月中旬まで表向きは冬眠に入ります。この間、ホテルや駅構内付帯施設のメンテナスが行われ、そのための作業員が常駐します。そして作業員たちは大町ルートから頻繁に出入りし、私たちも便乗して冬のライチョウ調査を行っています。 ところで、今日は一ノ越山荘のHPをお勧めしたくて書き込んでいます。オーナーの佐伯光照さん、とても優しくて良い人です。下界ではお寺の御住職。普段は小さな声でボソボソなのに、お経をあげる時は惚れ惚れするような良い声です。写真の腕もかなりのもので、HPには美しい写真がいっぱいです。その中で、『最近の1枚』というページの10月8~9日写真につけたコメントを是非ごらんください。チョット唸りたくなるな内容ですよ。」 |
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奈良市の東部丘陵地帯は、広く、市の境はあまりよく知りません。奈良市は月ヶ瀬村、都祁村と、平成17年4月1日に合併しています。これで、奈良市は直接三重県と接することになりました。単線のJR関西本線であり、名阪国道などで、三重県ともつながっています。
奈良市などの合併協議会のhpはまだ残っていました。
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奈良市は、奈良県の一番北であり、京都府に接しています。木津町とか加茂町とかは奈良市内から車で10分あまり。府県境、市境ということも、日頃はあまり意識していません。
が、情報などはずいぶん遠いような気がします。ひさしぶりに、車を走らせると、[平成19年3月12日に「木津川市」になります]との看板を見つけました。あとわずか4ヶ月さきのことです。
いままで何度となく、合併のはなしが出ては流れていましたが、今回は、木津町、加茂町、山城町の3つが合併するようです。
合併協議会のhpです。http://www.kky3gp.jp/
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出張で、名古屋の駅前をひさしぶりに歩きました。地上47階のビルは、とても高く、JR名古屋駅のホテルマリオットの2つの高層ビルなどにはさまれて、あたりの様子がずいぶん変わりました。
いま元気なのは、名古屋地区だということを講演で聞きましたが、それを象徴するような高層ビル街になりました。
夜になると、JR高島屋の壁面は大きなスクリーンになっていて、動画が映し出されていましたが、どこから、映し出されているのか、わかりませんでした。
(以下は、説明の記事です。)
ミッドランドスクエア(豊田・毎日ビルディング)は、愛知県名古屋市中村区名駅4丁目701番地に建設中の、東和不動産、トヨタ自動車、毎日新聞のビルで、2006年10月にオフィス主体の高層棟が先行して開業し、2007年春に映画館などが入る商業棟も含めて全館開業する予定。総事業費1000億の大企業2グループのみによる共同ビルにも関わらず、市街地再開発の補助金を受けている。
ミッドランド(Midland)とは、中部地方の意。
当初の設計ではJRセントラルタワーズと同じ高さであったが2m高くなることになり、名古屋圏で最も高い建築物となった。 屋外型展望施設としては日本一の高さとなる「スカイプロムナード」がオープンする。 尚、一般向け商業施設等が開業していないため、部外者の立ち入りは原則拒否の掲示がされている。
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サライに触発されて、奈良をあるく、バイブルのような本といわれて久しい和辻哲郎著「古寺巡礼」を本棚から引っ張り出してみました。岩波文庫青144-1.
「大正7年の5月、20代の和辻は唐招提寺・薬師寺・法隆寺・中宮寺など奈良付近の寺々に遊び、その印象を情熱をこめて書きとめた。鋭く繊細な直観、自由な想像力の飛翔、東西両文化にわたる該博な知識が一体となった美の世界がここにはある」と紹介されています。
交通が不便であったころにもかかわらず、奈良を精力的に見回られ、かつ、深い洞察の元、書かれていると思います。やや、むつかしいところもあるのですが、いまも通用するすばらしい著作だとおもいます。
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清水寺は、京都の一番の観光スポットということでした。参道沿いにはいろいろな土産物屋さんや、陶器店がならんでいます。みやげ物やさんの店頭には、時代のうつろいとともに、いろいろな品物が並んでいました。
清水寺の公式hpがありました。http://www.kiyomizudera.or.jp/
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平安神宮もひさしぶりでした。神苑は、池の周りに、大木や木々に花などが植えられていました。池を渡る橋から、鯉や亀がえさを求めてやってきて、ひさしぶりに旅行者の気分です。hpがありました。http://www.heianjingu.or.jp/
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奈良の東部山間の地域「田原」の民間の「博物館」です。いろいろな技術を持っている人がおられるそうです。この11日の砥匠の根矢さんもそのひとりだそうです。pdfのhpがありました。
http://narashikanko.jp/j/whatsnew/tawara/img/tawara_map.pdf
奈良市田原町は、奈良市の中心部から東にあり、標高600mくらいで夏でもやや涼しく、茶畑がひろがっていたり、田んぼや森がある、のどかな田園地帯です。古事記で有名な太安万侶の墓が、茶畑から20数年前発見されました。市内からバスなら30分、670円くらい。車なら20分くらいです。茶業研究所や奈良県のヘリポートもあります。
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ずいぶん、鈴虫が大きくなってきました。飼育箱が狭くなってきました。3つに分けたりしていましたが、声をかけたら、小学生のこどものいる友人や、親類の人が一部もらってくれました。まだたくさん残っています。
最初いただいた友人の方からは、同じように生まれた鈴虫が鳴き始めたというしらせもあるのですが、当方の鈴虫はまだ鳴きません。・・・・・そうおもっていたら、31日真夜中1匹の鈴虫が鳴き始めました。
雨も上がり、すっかり夏空、一昨日など昼間奈良では、夕立が突然やってきました。もう、すっかり梅雨明けです。気象台からもようやく梅雨明け宣言されました。しばらく、奈良では盆地性の暑い夏が続きそうです。
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横浜・桜木町の駅に降り立つと、壁面に、江戸末期から明治のころの、横浜の様子がパネル掲示されていました。一部彩色もされた写真もありました。また、桜木町が、最初は横浜駅であったとのこと。大正4年に桜木町駅になったと書いてありました。
ことしは、開国開港150周年とのこと。2006年ー150年=1856年となりますが、そのあたりの歴史はそうであったのでしょう。
かつての日本丸が係留され、ランドマークタワーがあり、先日テレビで見た、かつて汽車が実際に走っていた、「汽車道」という、いまは遊歩道がありました。桜並木がならび、かつて使用されたのであろう、レールもそのままに敷いてありなかなか良い散歩道でした。
海外への出入り口であった、横浜の港は、七つの海につながっていることを感じさせる海の風景でした。
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梅雨の大雨の木曜日、多くの店はお休みらしいのですが、鮮魚店などは営業中の明石の「うおんたな商店街」に途中下車しました。昼網とかかれた、魚やたこなど、が販売され、いろいろな加工品も売っていました。何度かきていますが、久しぶりの商店街でした。
明石焼きのお店に入り、いろいろと様子をうかがいました。テーブルや壁に「たこ」にまつわるいろいろな問題が出されていました。「たこ」がやはり看板の町だけに、「たこ」検定を実施したところ、予想以上の人が受けに来たので、試験会場の確保に商議所の方が苦労されたり、次回の試験準備中だとのことでした。お店の明石焼きもおいしく、いろいろおはなししていただき、良いお店でした。
うおんたな商店街のhpは、以下の通りです。http://www.uonotana.or.jp/index2.shtml
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東大寺大仏殿あたりの水際に、大仏ホタルが生息しているらしい。一時、水が汚れたりして少なくなったが、友人ら大仏ホタルを守る会が、環境を整え、大仏ホタルを育てているという。東大寺の鐘が午後8時を打つころ、暗闇の中に、ホタルが舞うとのことだ。中には獲る人もいるらしいが、やや増え始めたという、大仏ホタルを見守りたいものです。
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奈良県は、南北の道路の整備が大幅におくれていて、なにしろ不便です。多くの人が不便をかこっています。観光に来る人も、奈良市と橿原間20キロが、たいへん不便な道路であると実感されるでしょう。はっきりいって、いままで1時間くらい見ておかなければなりませんでした。これでは、観光するにしても仕事でもたいへん不便です。
奈良の道路整備状況はたぶん、宿泊可能数で全国最下位クラスと同様、最下位クラスではないでしょうか。なぜ、こんなに遅れているのでしょうか。吉野の奥のほうは、昭和30年ころから国土総合計画とかいって、ダムやらりっぱな橋や道路やトンネルなどがつけられた印象があります。
そんな中、郡山南-橿原北の間は、高架道路が開通しましたので、用事もあり、はじめて走ってきました。高架道路は無料で、走ってみると10分くらいでしょうか、8キロくらいをあっという間に走り抜けることができました。確かに便利です。が、こんな道路が今頃ようやくできるとは、数十年遅れてできたような気がします。
ただし、郡山での一般道路と高架道路の接点あたりの信号では、渋滞していました。また、道路が載っていない、巨大な支柱が何本も立っていて、へんな風景です。いつになれば西名阪国道と接続されたり、さらに奈良市や京都府木津町まで延びるのでしょうか。
産業面、観光面、生活面からいっても一刻も早い全線開通が、奈良県の浮揚のために望まれていると思います。
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きょう27日から、生駒駅と学研奈良登美ケ丘駅約8.6キロが開通したようです。昨日、セレモニーがあり発車式、記念列車走行があったと新聞で報じられています。
最初の話では、さらに、高の原のほうに延びるはずですが、行方はさだかではありません。奈良市街地からはあまり利用することはないようですが、大阪との直通で、さらに大阪への消費の流出、大型店の進出など、影響がおこることは間違いないことかと思います。
近鉄提供のHPがありました。http://www.kintetsu.co.jp/shinsen/index.html
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きょうは、春分の日。彼岸の中日ながら、肌寒い1日です。
先日の日本交通公社の研究員の方の講演会を聞いてきた、続きです。日本は戦前までは寿命50才であったこと。今は50才以上のひとが、体力的にもとても元気であること。それを第3期というそうです。実年令に7掛けすればよいとのこと(いままで8掛け説を聞いてそれで得心していたのですが)さらに、7賭けならば、われら40才くらいになってしまいます。
それで、その人たちは、向上心があること、好奇心があること、などがあり、旅行にしても、とても欲求するところが、高い。希望するところには、リピーターとして出かける。とかいった分析がなされていました。
また、単に寿命が伸びただけでなく、各年代、20代も50代も、ゴムひものように全体的に延びている、と言う説明はなるほどと思った次第です。
最後に奈良の観光への提言も語られていました。朝「あるく」ということには、泊るということもともない、なるほどきわめて良いところをついた企画ですが、さらに一歩突っ込んで、そのガイドまでしたらどうか、そういうボランティアが必要との提言でした。
まだまだアイデアと実行力があれば、奈良のこれからの道は開けると思う次第です。
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奈良公園を歩く機会があり、遠回りして、浮見堂近くの片岡梅林を歩きました。寒さの中にも、紅梅や白梅がずいぶん咲いていました。
先日の観光戦略セミナーの日本交通公社の主任研究員の講師の方も、奈良の観光の場合、「歩く」がキーワードではないか。それもひとあじ加えた、体験型で、ガイドもあるような「歩く」観光が大切ではないか、といっておられました。そして「花」もキーワード。奈良は「野の花」のイメージではないだろうか。とヒントを語っておられた。いろんな各地が人口が減る中、観光に力を入れている。それも第3期、子育てが終わった50才以上の人たちの、未知のものに触れたいとか、知識や教養を深める欲求にこたえることが大切ではないか、といったことを強調されていました。
町の中、三条通にも、沈丁花の花が咲き、良い香りを放っています。
話は変わって、WBC野球も、日本が3度目の対戦で、みごと韓国に6-0で勝って、決勝進出とのこと。相手は強豪キューバとの対戦とのこと、楽しみにしたいと思います。
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今年は、12月からの寒さで、いろんな花が遅いと伝えられています。そんな中、そろそろ梅のたよりが聞かれます。盆梅展です。見にいくと、梅のりっぱさに驚かされます。2月5日からは、薬師寺副住職でもある、山田法胤師が住職を勤められる、奈良の菅原町にある、喜光寺の盆梅展が開かれるとのたより。HPはすこし古い案内です。http://www.kasugano.com/kankou/bonbai/index.html
また、おとなりの大和郡山市では、古事記のときでてきた、稗田阿礼の出身地であることからから、記憶力大会がおこなわれるとのこと。また大和郡山城あとでの、盆梅展もなかなか盛大でりっぱな梅が展示されます。これは2月10日からとのことです。
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今年もあと2日で終えようとしています。偶然NHKテレビで、40億年前の地球がこのようなことでできたであろうという学説にもとづく映像をみました。宇宙のごみなどが集まって、小さな惑星ができてのち、あるときその小さな惑星が10個ほどぶつかりあって、地球ができたとのことでした。
そして今インターネットの世界は、つくづくすごいと思います。やはり画期的な情報革命だと思います。以前、友人が「GOOGLEローカル地図」を教えてくれたので全国あちこちを見て楽しんでいます。さらに遠くの友人がまた、GOOGLEには「EARTH」というのがあり、それをダウンロードすれば、地球のあちこちが見られるとおしえてくれました。アメリカが主ではあるけれど、日本でも、奈良市内でも航空写真、あるいはまるで、飛行機からみたような景色があらわれるのです。また角度をかえると、ヘリコプターで低空飛行しているような画像が続きます。実際、人工衛星から超望遠レンズでとらえられてつくられているようです。
以下のhpを開き、ダウンロードしてみてください。地球があらわれ、目的地へおりていくことができます。
「まちを鳥の目でみたり、虫の目で見たりすることが大事だ」とどこかで聞いたことがあります。空から、まちを楽しんでみてください。
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三条通りの、菊水楼の西隣には、興福寺の菩提院大御堂があり、そばには、三作小僧の塚がある。鹿をあやまって殺して石子詰になったという伝説のあるところである。そのあたりのことは、奈良の鹿のことを語る、落語にくわしい。かつて、桂 米朝師匠のはなしできいたことがありますが、ネットでも採録されていたのでご紹介します。ただし、つりこまれて、読んでみるとなかなかくわしいので時間がかかります。http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug112.htm
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先日、名古屋へ仕事で出かけた。ことしは、愛・地球博覧会で、大いににぎわった、名古屋の町だ。
駅前には、もとの毎日新聞や豊田通商ビルがあったところに、今年の初めは更地だったのに、かなり速いペースで高層ビルが建設されている。すこし離れたところには、中部電力のビルもまた、あたりのビルから抜き出てどんどん高く建設中の様子。
数年前までは、名古屋の駅前は、夜はあまりにぎやかではなく、栄のあたりのほうが、にぎやかで出かけていったのだが、JR名古屋駅に、マリオットホテルなど2つの高層ビルが建ち、高島屋ができたころから、がぜんにぎやかに
なったようだ。
夜、高島屋の壁面を使った、クリスマスの装飾、そして、いろんな星座が浮かび上がってくる装飾は今まで見たことがないようなセンスの良いもので、町ゆく人も携帯電話のカメラで写している人もいた。
もう町は、クリスマスとお歳暮と迎春がいちどにやってくるような、感じだ。
先日、もと世界1周で有名な、豪華客船「飛鳥」のもと船長、いまも運営に携わっている方の講演をきいた。三好達治の詩にこんな一節があるそうだ。「海(昔の母の字がある海)の中には母があり、フランス語の母MEREの中には海MERがある」そして船旅は良いものだ。
100日間の船旅の、世界一周は、平均年齢70才、一周して下船の頃には、いろんな成人病の数値はすっかり良くなっている人が多いそうだ。海の水と血液の塩分の成分比率は同じ、母の胎内の羊水も海と同じ比率。まちがいなく、人類は海から生まれていると。
西方向に進むほうが、1日の時間が長くなり、からだも楽だそうだ。そしてどこかで1日がなくなるそうだ。そのない日に当たる日に、誕生日を迎える人はその年は1才年をとらないとか冗談も交えながら。
日ごろ、「海なし県」にすごしているわれわれだが、朝に夕に太陽を眺める船旅を想像しながら、心豊かになるおはなしであった。
機会があって、ひさしぶりハワイ・ホノルルへ行ってきました。今月から、成田、中部国際、関空からの便しかなくなり、飛行機もなかなかチケットが取れないようでした。むろん行きも帰りも満席。若い人が、新婚旅行の人もあって、かなり多いようです。
ショッピングセンターも2ヶ所でかけました。1ヶ所はメイシーズがメインの地元型のようでした。アラモアナSCは、地元の人というより観光の人が多いのでしょうか?日本人をとにかく多く見かけました。郊外のアウトレットも1ヶ所でかけました。ここも日本人が多いようです。大きなスタイルのKマートもそれほど変わっているようにはみえません。
夜、ワイキキ海岸べりのまちかどを、何度も来ている友人に案内されてとにかく歩き回りました。夜遅くまでの営業。ホテルやブランド店、飲食店、そんなあいだにかたまったところにうまくスタンド式のフリーマーケットというのでしょうか、たくさんでていました。(別の女性陣は値切るのが楽しく店の人とのやりとりがおもしろく、連日でかけたそうです)人気の飲食店では順番待ちが多数ならんでしました。免税店も11時まで営業とありましたから、そんなに遅くまで町は起きているようでした。
朝、車でそのあたりを通ると昨晩の喧騒がうそのように静かな朝を迎えており、道路もごみがあまりないように見受けました。かつて南仏でみかけたように、かなり朝早く清掃されているのでしょうか?
あとで聞いた知り合いは、無料のバスチケットをつかって、ダイヤモンドヘッド近くまでいき、そこからホテルまで西のほうに、昼の時間をたっぷり使って時間を気にすることなく、ぶらぶらと歩き回ったそうです。そのまえにSCに入ったらピアノ演奏以外あまり魅力を感じなかったそうですが、ストリートはとても楽しくおもしろかったといっています。そしてそれを商店街ととらえられ、島の地元の商店街もこんな楽しい商店街になると良いなあ、と語っておられました。
ストリートを商店街と意識してはいなかったのですが、そういわれれば、安全で楽しく、いろいろな店の人がお客さんと触れ合っている様子、楽しませるハワイの人たち、そのあたりに観光地、リゾート地、「こころの観光地」、「こころのリゾート地」の魅力、秘訣があるのかもしれないと思ったことでした。
「報道2001」のキャスターの黒岩祐治さんの講演を聞く機会があった。先ごろの総選挙の裏話の後、「マグネット力」ひきつける力というお話になった。熊本の黒川温泉が不便なところにあるにもかかわらず、マグネット力があるので人がやってくる、ということであった。商品でも、店でも、町でも、惹き付ける力マグネット力が必要なのだという論旨であった。
かつて、異業種の集まりで、熊本空港からレンタカーで2時間余りかけて、黒川温泉に出かけたことがある。看板は少なく、緑に囲まれた、20数軒の温泉であった。泊った「山みず木」のご主人に話を聞いた。かつて、やまなみハイウエーが出来たころ、路線から離れ苦労した時代があった。ひとりの頑固な後藤哲也さんが、洞窟風呂という露天風呂をつくり、その旅館は繁盛したらしい。よそから婿入りした若者もいたそうだ。そうした人たちが、後藤さんに教えを受けに行ったらしい。そこで、後藤さんは、独り占めにせず、温泉街全体で盛り上げようととりくんだという。露天風呂をそれぞれの宿につくり、つくれない宿には、他の宿の露天風呂には入れるように、入湯手形を地元の木を輪切りにしたようなものをつくったのが、さらに当たったという。
以前に、本屋でふと眼につき読んだ本がある。光文社新書「黒川温泉 観光講座」後藤哲也さん・松田忠徳さんの対談だ。帯には「勝負は、お客さんが宿の駐車場に着いたとき。そこで感動を与えられるか。」「木を植えろ。雑木を植えろから再生は始まった」という。
9月18日(日曜日)は、十五夜の満月の日です。奈良市猿沢池では、昔天皇の寵愛が薄れたのを嘆き悲しんで、そばのお世話をしていた采女(うねめ)が見を投げたことをとむらうためのお祭です。夕方5時から、遠来の福島県郡山市からも(采女の出身地との説により)采女らがご参加され、JR奈良駅から三条通りなどを通って猿沢池までお渡りがあります。猿沢池のそばの采女神社での神事のあと、2艘の観月船で、猿沢池を回るというみやびなおまつりです。ことしは、翌日が、敬老の日のため多数のお客さんのご参加が予想されています。(観覧無料)当日は地元のメンバーもお手伝いで、船に乗ったり、いろいろご奉仕する予定です。
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東京出張中に、台風情報。早めに予定を切り上げ、新幹線に乗り込む。その際、買い込んだのは、飲み物、駅弁、本(できるだけ分厚いもの)、お土産のお菓子。昨年台風の際、友人が広島へ帰るのに、12時間以上もかかり真夜中の2時に帰宅したという話を聞いたからである。幸い、新幹線は予定通り走り、無事帰宅。駅弁やお菓子は、食べないままだったので良いお土産になった次第です。
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東京出張の折、この24日開通のつくばエキスプレスに乗ってきました。といっても浅草から秋葉原ですが、両方の駅とも、地下四フロアーくらいもぐり、たいへん深いところにホームがありました。エスカレーターがありますが、乗るまでに時間がかかるようです。
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