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2017年11月19日 (日)

「時の雫」  保山耕一さんを支援しましょう

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 氷室神社にて。2017年11月1日
 
癌の治療をしながら奈良の撮影をつづけられている保山耕一さんですが、以下のような書き込みがありましたので紹介します。微力ながら協力したいものです。 
 
 
「奈良には365の季節がある。
季節を詠んだ映像詩
撮影:保山 耕一

撮影を続けていくためにカンパをお願いします。
三井住友BK小阪支店(普)5231131
ホザンコウイチ

カンパのお礼にDVDかBlu-rayディスクをお贈りします。
メールにてご連絡下さい。」
保山耕一さんの素晴らしい奈良の映像はこの11月、365本を達成され、以下のYOUTUBEで公開されています。
そして、16日、毎日新聞奈良版に保山さんのことを詠んだ歌が、やまと歌壇に載りましたので披露します。
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奈良の美を映像に撮り奈良の良さ伝ふる君の仕事讃へむ
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18日行われた「奈良と会津1200年の絆」実行委員会のシンポジウムのあと、右端、保山耕一さん。奈良市中部公民館・大ホールにて
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16日、奈良女子大学講堂で行われた、奈良女子大学附属中等教育学校生徒への講演と上映された保山耕一さん。以下のように語っておられます。
「国立奈良女子大学付属中等学校での講演会、プレッシャーを感じながらも無事に終わりました。
責任を果たせてホッとした。
質疑応答が終わり、解散した後に数人の生徒が私の周りに集まってきて、いろんな話をすることが出来た。
中には泣いている女生徒もいて、私の言葉と映像を受け止めて感じてくれたことが嬉しかった。
生徒たちは真剣に私の話を聞いてくれた。
心から講演を引き受けて良かったと思う。
関係者の皆さま、本当にありがとうございました。
私が東京で手術を終え、暗闇の中で目的もなく生きていた頃、なら国際映画祭の上映がこの講堂で開催され、私は観客として客席からスクリーンを見つめていた。
その時に、一度でいいからこの会場のような大きなスクリーンで私の映像を上映したかった。そう思っていた。
上映の後は監督によるアフタートークがあり、若い頃に一度は監督を目指したその頃の自分を思い出していた。
術後の経過が悪く、長くは生きられないと、その時は失望のどん底だった。
上映もアフタートークも遠い遠い憧れ。どうすることも出来ない失望。負け組で終わる自分の人生への後悔。いろんな負の感情を持ちながら、この客席に座っていた。
それから3年がたち、まさか自分の作品をこの会場で上映し、講演する人生が待っているなんて想像すら出来なかった。
人生は不思議です。
たとえどん底でも、捨てたもんじゃない。
どんな未来が待っているか、誰にも分からない。
だから、最後の最後まで諦めないで前へ進むべきだ。
講演会を終えてそんなことを思い出していた。」

 

2017年11月11日 (土)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *57 

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いつも楽しみにしている川嶌一穂さんの美ビット見て歩きです。奈良・学園前の大和文華館の展覧会です。終了近し、早速行ってきました。50年ぶりの展覧会ということです。説明の音声ガイドを聞きながら、拝見しました。柳沢淇園は柳里恭と同一人物であることを初めて知りました。


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美ビット見て歩き 私の美術ノート *57 川嶌一穂

大和文華館 特別展「柳沢淇園―文雅の士・新奇の画家」

写真 柳沢淇園筆 睡童子図(部分) 個人蔵=大和文華館提供

 日本人は昔から大陸の文物に憧れを抱き、江戸時代の文人の多くは、大陸風に一文字の苗字を名乗った。
たとえば山陽道に私塾を開いた江戸後期の漢詩人は本姓の「菅波」から取って、管茶山(かん・さざん)と称したし、画家・池大雅は、彼の通称名「池野」から一字取った名である。
思えば微笑ましくもあるが、柳沢淇園(やなぎさわ・きえん)も本姓の一字をとって柳里恭(りゅう・りきょう)と号した。
 柳沢家については第26回「柳澤家伝来の名品展」と第40回「六義園」で取り上げたが、淇園(1703~1758)は、柳沢吉保の筆頭家老の家に生まれ、22歳の時に主家の転封によって大和郡山に移った。
江戸の生活が恋しかったのだろう、その頃から随筆「ひとりね」を書いている。遊里で遊び尽くした体験から得たまさに巻措く能わざる随想だが、彼の絵や文字に一点の緩みも見られないのは少し不思議な気がする。
淇園の絵は生活のために売る必要がない、という意味で真の「文人画」と言うべきだろうが、「文人画」と聞いて想像するような、せいぜい淡彩の水墨画ではない。濃密な色彩を施した大陸趣味の道釈人物画や花鳥画がほとんどだ。
 写真は、春まだ浅い頃の書斎を描いたものだろう。虎皮の敷きものは暖かく、机上に活けた春蘭の香りに誘われて、墨を磨ったところで眠ってしまった。目覚めたら稽古を始めようか。それまでしばし幸せな夢を見ることにしよう。まさに文人理想の図である。

本展図録の巻頭論文で、橋爪節也阪大教授が学芸員の中部さんから、淇園展の企画を何度も要請されたと語っている。昨年亡くなった大和文華館学芸部長・中部義隆(なかべ・よしたか)氏は、琳派研究の第一人者・山根有三先生をして「ぼくの後継者」と言わしめた伝説の学芸員である。猥談に紛れて、筋の通らぬ世の中を批判したり、かと思えば客人を難波あたりに案内して「こんなん東京では食われへんやろ」と、若牛蒡の煮浸しを嬉しそうに食べさせたりする根っからの大阪人であった。
五十代半ばで亡くなった氏の人生を貫くものは、作品を見る確かな目と、緻密な論考である。私も拙い論文を読んで頂いたり、「歌って踊れる教授になって下さいね」と激励されたり(?)ずい分お世話になった。外の廊下にまで響く艶やかな声の列品解説がもう聞かれないと思うとほんとうに寂しい。
きっとあちらでも、この絵のように時々居眠りをしながら、研究三昧ライフを楽しんでおられることだろう。遅ればせながら、心よりご冥福をお祈りいたします。

=次回は12月8日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

メモ 大和文華館 奈良市学園南1-11-6。電話0742(45)0544。近鉄奈良線・学園前駅から徒歩5分。会期は明後日、11月12日(日)まで。残り少ないのでご注意下さい。
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画像をクリックすると拡大します。




2017年11月 7日 (火)

『鹿政談』エピソード 日経新聞より

奈良の鹿を題材にした、桂 米朝師匠の『鹿政談』は面白くて、有名です。

日経新聞の『春秋』コラムに以前書かれていましたが、その続報が載っていました。奈良奉行が川路聖謨になったいきさつです。20年続いてこのほど閉店した「樹樹」で何度かお会いした、島田善博さんの進言であったということです。すばらしい提案であったと思います。

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米朝師匠なりの思い入れがはたらいたのかも――と、この欄で書いたのは3カ月前だ。「鹿政談」という落語で粋なさばきを下す奈良奉行として、幕末の名臣・川路聖謨(としあきら)を桂米朝師匠が登場させたことについての当てずっぽうだった。これに読者から便りをいただいた。

 

▼同封されていた資料によれば師匠はもともと曲淵(まがりぶち)景漸(かげつぐ)という幕臣がふさわしい、と考えていた。大岡忠相(ただすけ)に匹敵する名奉行として、もっと広く知られていい、との思いがあったらしい。そこへある日、奈良県在住の島田善博さんというファンから手紙がとどいた。「鹿政談」の奉行に川路を起用してはどうでしょうか、と。

 

▼川路は実際にながく奈良奉行をつとめ、その善政は今も慕われている。噺(はなし)の筋とは違うけれど、鹿にからんだ裁判で人情に沿ったさばきをしたこともあった。こうした史実をしたため島田さんは推薦したのである。これを受け師匠はみずから史料にあたって噺を練りなおし、川路が活躍する「鹿政談」を世におくり出した。

 

▼地元・奈良のため大きな仕事をした川路を敬愛する島田さんの思いが、米朝師匠を動かしたわけである。そのころ師匠はすでに70代の後半を迎え、書きものをするのも読むのもしんどくなった、とぼやいていた。それでもなお会ったことのないファンの期待にこたえ、あたらしい噺づくりに挑んだ。存命なら今日で92歳だ。

桂米朝師匠の鹿政談のYOUTUBEhttps://www.youtube.com/watch?v=2jSLqV-mky0

2017年11月 3日 (金)

「真珠の小箱」と保山耕一さん

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かつて日曜日の朝のテレビ、近鉄提供の毎日放送の長寿番組として、「真珠の小箱」がありました。とても良い番組でした。

本にもなっていて今でも大切にしています。

映像作家の保山耕一さんから、30年前の懐かしい番組をYOUTUBEで見つけたとご紹介をいただきました。

https://youtu.be/E3_ElwyJGJA

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https://youtu.be/E3_ElwyJGJA

初めてお水取りを取材した番組をYouTubeで発見。
その時は撮影助手でした。昨日のことのように覚えています。
名張の松明講も映っていますね。貴重です。
これは4回連続でお水取り特集の最後の回だと記憶しています。カメラは間宮さん、照明は湯元さんでした。
...
「真珠の小箱」から「美を求めて」のリレーを懐かしく思い出しました。
この時から、私と奈良の関わりが始まったのです。
そして、これから20年がたち、私は「真珠の小箱」の最終回スペシャルの撮影を任されるのでした。

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毎月1日に氷室神社で行われている会、ひむろしらゆきサロンに参加してきました。
前半に氷室神社大宮守人宮司の「日の出の春日野散歩」の貴重なお話がありました。
そして甘酒をいただいたのち、後半は、保山耕一さんの映像を拝見してきました。
めったにない濃霧の朝の奈良の映像など、素晴らしい映像でした。
奈良の魅力を撮り続けておられる「奈良、時の雫」も362本とか。
おからだをご自愛いただき、ますますのご活躍を期待しています。

https://www.youtube.com/watch?v=yPiv8kDzSQc&list=PLS5Pw7C3Z4tCwQ10as2VF9Q-6Du_hWEpF

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2017年10月29日 (日)

11月1日から、プライベート美術館

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11月1日から15日まで、近鉄奈良駅周辺店舗、ほか県内各地でプライベート美術館がひらかれます。

県のHPによれば、以下の通りです。

次のとおり「プライベート美術館」を開催しますので、是非、多くの会場に足をお運びいただき、まちあるきとともにアート作品をお楽しみください。

今年度は、「第32回国民文化祭・なら2017」「第17回全国障害者芸術・文化祭なら大会」の開催にあわせて規模を拡大し、県内70ヶ所で約380点の作品を展示します。また、10月27日(金)~11月5日(日)の期間は、「奈良・町家の芸術祭 はならぁと2017」と連携し、橿原エリアでも展示を行います。詳しくは、別添の会場案内マップをご覧ください。

なお、展示時間は、各会場の営業時間により異なりますので、ご注意ください。

 

開催日時:平成29年11月1日(水)~15日(水)※ 一部をのぞく

会  場:県内各地のカフェ、ショップ、社寺など 70ヶ所
主  催:厚生労働省、文化庁、奈良県、第17回全国障害者芸術・文化祭実行委員会、
              第32回国民文化祭奈良県実行委員会

会場案内マップは→
こちら(pdf 4837KB)
プライベート美術館ガイドブックは→こちら(pdf 4312KB)
報道資料は→こちら(pdf 161KB)

2017年10月17日 (火)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *56 「地獄絵ワンダーランド」

毎月、楽しみにしている川嶌一穂さんの美ビット見て歩き 私の美術ノート 龍谷ミュージアム・秋季特別展「地獄絵ワンダーランド」は、13日奈良新聞に掲載されました。

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *56 川嶌一穂

龍谷ミュージアム・秋季特別展「地獄絵ワンダーランド」

写真 十王図(部分) 江戸時代・日本民藝館〔展示期間9月23日~10月15日〕=龍谷ミュージアム提供

夏に奈良国立博物館で開かれた「源信―地獄極楽への扉」展に行けなかったので、先日JR京都駅から歩いて「地獄絵ワンダーランド」展に出掛けた。地獄がワンダーランド?といぶかしく思いつつ会場に着くと、観客でいっぱいだった。
今年は、日本人の地獄イメージを形作った『往生要集』を著した源信(げんしん。942~1017)が没してちょうど千年にあたる。紫式部の源氏物語が完成した少し後の、まさに貴族文化が頂点を極めた頃である。しかし自然災害や社会の大変動から来る不安が人々の心に忍び寄っていたのだろう。この頃描かれた「六道絵」は陰惨な場面の連続だ。
鎌倉時代は、大陸から「地獄十王図」が輸入され、日本の絵師たちがそれを手本として十王図を量産した。唐の官服を身につけた閻魔大王、三途の川のほとりで死者の着物を剥いで罪の重さを計る奪衣婆(だつえば)など、今の私たちにも伝わる地獄イメージの原点だ。
面白いのは、ここからの展開。江戸時代「地蔵十王経」という絵入りの経本が出版された。本展図録の解説によると、お経は偽経だそうだが、印刷本は普及の度合いが全く違う。
ここで描かれる地獄では、釜茹でにされている亡者も余裕の表情だ。版を彫る職人も、見る者もおおかた庶民である。庶民は自分の手で魚をさばいたり、蚊やゴキブリと戦いながら日々暮らしている。殺生をした者は「等活(とうかつ)地獄」に堕ちる、と言われても困ってしまう。ユーモアさえたたえた描写は、殺生をしながら生きていくしかない自分、天変地異から逃れられないこの世の中を、「地獄」として丸ごと飲み込んでいく覚悟の表れだろう。
さあ、ここから地獄はワンダーランド!たとえば18世紀後半の大坂の絵師・耳鳥斎(にちょうさい)は、「別世界巻」と題する絵巻で、地獄をとことん洒落のめしている。歌舞伎役者は大根と一緒に大釜で煮られ、芸妓の営業時間を線香で計っていた置屋は、線香と同じように燃やされてしまう。江戸はほんとに面白い。
写真の素朴な「十王図」は、民芸運動の創始者・柳宗悦(やなぎむねよし)の旧蔵。点数は少ないが、白隠(はくいん)、木喰(もくじき)の作品もいいものが出ている。向かいの西本願寺の銀杏は少しだけ黄葉が始まっていた。
子どもの頃、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるよ、と大正生まれの母がよく言っていた。さすがに信じてはいなかったが、頭の中に強烈なイメージが沸き起こって、口答えしようとする出鼻を挫かれてしまった。地獄の効き目は確かにあった。

=次回は11月10日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

メモ 龍谷大学・龍谷ミュージアム 京都市下京区堀川通正面下る。電話075(351)2500。京都駅から北西方向へ徒歩12分、西本願寺前。会期は11月12日(日)まで。月曜休館。

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写真は、この夏、奈良国立博物館で開かれた「源信」展。これぞ地獄。

2017年10月 7日 (土)

13日午後6時、東京有楽町、読売ホールで「天誅組」シンポジウムです。奈良新聞より。

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10月13日(金)夕方6時から、東京・有楽町の読売ホールでの天誅組のシンポジウムが近づいてきました。
7日付奈良新聞で大きく紹介されています。
関東方面の皆様、いかがでしょうか。
10月10日まで受付中とのこと。
広い会場でまだ席が空いているそうですから、当日いかれても入場できるようですが予約されるのが良いそうです。

申し込み先は、五條市役所企業観光戦略課内、天忠組市町村連携協議会事務局、電話0747-22-4001。
保山耕一さんの映像はとくに期待されます。

2017年9月14日 (木)

10月14日  ピアノと能の響演「重衡」 と復曲能「重衡」

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10月14日(土)、11時から、ピアノと能の響演「重衡」が開かれます。上記チラシです。ピアノの榊原明子さんやチェロの水谷川優子さんら豪華キャストです。入場料500円(先着500名。)http://nara-kokushoubun.jp/events/naf/?post=4754

 

そして14時からは復曲能「重衡」が行われます。下のチラシです。別にチケットが必要です。

場所は、どちらも奈良公園の奈良春日野国際フォーラム甍~I・RA・KA~の能楽ホールにて。

http://nara-kokushoubun.jp/events/naf/?post=6931

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画像はクリックすると拡大します。

追記   産経新聞より

復曲能「重衡」 奈良で18年ぶり上演へ 10月、ピアノ「響演」も
2017.9.20 08:03
更新


 南都攻撃の大将だった平重衡(しげひら)を描いた幻の復曲能「重衡」が人間国宝の観世流能楽師、大槻文蔵さんによって10月14日、奈良市の奈良春日野国際フォーラム甍(いらか)で上演される。奈良では平成11年以来、18年ぶりの上演。「第32回国民文化祭・なら2017」の一環としてピアノと共演するダイジェスト版も同日に企画されており、奈良ゆかりの古典の復曲能と現代的な表現が鑑賞できる貴重な機会となる。


 重衡は栄華を誇った清盛の5男で、南都焼き討ちの大将となった。東大寺大仏殿や興福寺などが焼けたため、仏敵とされ、最期は木津川で斬首された。
 復曲能は東大寺などが焼けたことへの後悔、苦しみを抱きながらも戦いに身を投じてしまう姿を描いた作品で、奈良坂から見える仏閣を案内する「奈良の名所教え」も魅力の一つ。室町時代に作られたがその後演じられず、昭和58年に復曲され、奈良では平成11年に興福寺で重衡の追悼供養として演じられた。
 今回は、文化関係者らでつくる「伝統の未来を見つめる会」(奈良市、菊池孝代表)などが奈良発祥の能に親しみ、この曲が平和を考えるきっかけになることを願って企画した。当日は午後2時の開演。S席9千円、A席7500円、B席5千円、学生優先席3500円。
 また午前11時からは、「ピアノと能の響演『重衡』~1180年 治承四年十二月二十八日夜半 一本の松明から事件は起こった」が上演される。「ピアノで奈良を奏でる会」(奈良市、榊原明子代表)などの主催で、大槻文蔵さんと大倉流小鼓の久田舜一郎さん、ピアノの榊原明子さん、笙の伊藤えりさん、チェロの水谷川優子さんが共演する初公開の演目で、「奈良の名所教え」を中心に制作された。500円(先着500人)。
 伝統の未来を見つめる会では「人間の罪、愚かさを許せるメッセージを発信できるのは奈良のみ。奈良から平和のメッセージを発信したい」と話している。
 問い合わせは、「伝統の未来を見つめる会」「ピアノで奈良を奏でる会」((電)080・9601・6014)。

2017年9月 9日 (土)

美ビッド見て歩き*55 よみがえれシーボルトの日本博物館展

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いつも楽しみにしている,奈良新聞の川嶌一穂さんの美ビット見て歩き、今回は、大阪千里にある、国立民族学博物館の開館40周年記念特別展です。10月10日まで。
江戸時代末期の、ドイツ人のシーボルトの集めた日本の品々です。
「よみがえれシーボルトの日本博物館」展。
ちょうど先日お話を聞いた、奈良民俗研究所の鹿谷先生もこの展覧会を紹介されていました。

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以下本文を。

美ビット見て歩き 私の美術ノート *55 川嶌一穂

国立民族学博物館開館40周年記念特別展「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」展

 本展では、シーボルトの編んだ日本植物誌、動物誌、日本で収集した日本地図をはじめ、おろし金から僧侶の帽子に至るまで様々な品が展示されている。狩野探幽筆ではないかとされる「貝之図」と漆工芸品を除けば、美術的に価値のあるものはそれほど多くない。価値よりは、網羅することを目指したコレクションだ。
 フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796-1866)は今で言うドイツ人である。言うまでもなく江戸時代、長崎に来ることを許された西洋人はオランダ人だけだ。何故シーボルトは1回目、1823年からの6年間、2回目、1859年からの3年間、つごう9年間も日本に滞在できたのか?
 オランダ船が長崎に入港すると、長崎奉行所の役人と通訳が船に乗り込んで取り調べる。通訳はシーボルトのオランダ語が少々変っているのに気付いたが、「山オランダ人」の訛だと見なされて、出島滞在を許された。実際にシーボルト来日の数年前、オランダ語のできないベルギー人医師が、入国を拒否されている。恐るべし!鎖国日本の外交力。
 当時、西洋で湧き起っていた民族学への関心を背景に、彼もまた西洋で日本を最初に紹介する「日本博物館」の設立を構想していた。1837年にオランダ国王に宛てた設立計画案の中で、彼はその目的を「貿易国や植民地などヨーロッパ以外の国々を対象とした国土と民族についての知識を広げること」としている。
 当時すでに200年も国を閉ざし、植物の固有種だけでもイギリスの10倍も存在する、多様性に富む日本は西洋人にとって格好のフィールドだった。一例をあげると、来日2年後に彼がバタヴィアに送った種子から増えた茶の木が、オランダ領東インド産の茶として輸出され、オランダに大きな利益をもたらしたという(高橋輝和著『シーボルトと宇田川榕菴』)。
会場に「日本の宗教」と題されたコーナーがある。第2次帰国の後に、彼がアムステルダムで実際に開いた日本展示の再現である。中央の阿弥陀三尊像の背後に、極彩色の彫刻で縁取りされた花鳥画の屏風が鎮座する。私たち日本人からすると奇妙奇天烈な展示だが、「見られる側」の違和感はいつも置いてきぼりだ。
昨年東京で本展を見て非常に心ひかれ、以来わたしの中でシーボルトがちょっとしたブームだ。在NY日本国総領事館のHPで、日本遠征艦隊の司令官に任命されたペリーに、シーボルトが自分も参加したいと申し出るが断られた、という興味深い逸話を見つけた。そう言えば、鎖国日本の扉を開けたのが、オランダではなくアメリカだったのも不思議な気がする。どこまでも興味の尽きないテーマなのである!
 
=次回は10月13日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

メモ 国立民族学博物館 大阪府吹田市千里万博公園10-1。電話06(6876)2151。大阪モノレール万博記念公園駅から徒歩15分(会期中の土・日・祝日に無料シャトルバス運行)。会期は10月10日(火)まで(水曜日休館なのでご注意下さい)。

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国立民族学博物館(大阪)のHPです→http://www.minpaku.ac.jp/

2017年9月 5日 (火)

9月23日大安寺で劇団高円公演

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9月23日(祝日・土曜日)大安寺では、劇団高円の公演、かすむ里山月は流れてーー道慈の夢・追憶編ーーが行われます。18時30分開場、19時開演、チケット代金は2000円です。くわしいHPはこちらです。→http://web1.kcn.jp/gekidan-takamado/

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