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2017年3月27日 (月)

入江泰吉さんのラジオドラマ「みつめればそこに」

咋年12月に行われた入江泰吉さんのシンポジウムで上演されたドラマが、大阪ガスプレゼンツとして3月25日にMBS毎日放送で放送されました。
残念ながらラジオを聞くことはできませんでしたが、インターネットで1週間以内は聞けるようになったということを教えてもらいましたので紹介します。→
http://radiko.jp/#!/ts/MBS/20170325193000

番組のHPです→http://www.mbs1179.com/irie/

解説
奈良の代名詞とも言える写真を数多く残した写真家、入江泰吉。「入江調」と呼ばれるしっとりした作風は、今でも多くの人に愛され、慕われ続けています。まさに奈良の写真の代名詞です。
1992年には奈良市の高畑町に入江泰吉の名前を冠した「入江泰吉記念奈良市写真美術館」が開館し、入江作品をはじめ、かずかずの写真の名作を所蔵、展示しています。
また、入江の住んでいた水門町の家は、現在「入江泰吉旧居」として展示されており、入江の仕事ぶりや毎日の暮らし、交友関係、また、歴史文化への深い理解に裏打ちされた美意識やまなざしに思いをはことができる場として、人気スポットとなっています。
今回の「みつめればそこに」は、そんな入江泰吉が奈良の写真を撮影するようになったきっかけから、彼を支えた家族や仲間の姿を通して、文化を継承していく意義について考えたいと思います。
 

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2017年3月18日 (土)

3月28日から、大東純子絵画教室作品発表会

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恒例の大東純子絵画教室作品発表会の案内が届きました。11人+先生の油彩・水彩の作品です。
3月28日(火)から4月2日(日)、ギャラリーまつもりでひらかれます。どうぞご覧ください。

2017年3月12日 (日)

3月25日田淵三菜出版記念トークイベント

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3月25日(土)午後1時から2時まで、第2回入江泰吉記念写真賞受賞記念の写真集の出版記念トークイベントがひらかれるそうです。参加無料。申込み不要。奈良ファミリー1Fらくだ広場。

入江泰吉記念奈良市写真美術館では、4月9日まで展覧会も開かれています。

先日2回目を見てきたら、今回の展覧会のみ写真撮影可能と聞きました。

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森への門がひらく

田淵三菜

森の中で一人で暮らしはじめました。
すべてはここからはじまったのです。
生まれ育った大きな街での暮らしの先にどうしても足が向かなくなって、森に一人で暮らすことを思いついたとき、自然と体が動きました。
私の暮らす森は、浅間山という活火山の北麓、標高はだいたい1200メートルの所にあります。
2012年6月、大学を卒業して急いで車の免許を取って森の家に向かいました。23歳になったばかりのことです。
 暮らしてみると想像以上にみるみる力がみなぎって、街へ出てアルバイトしながら、時々友人を招いたりして元気に暮らしました。

冬がきて、はじめて森で写真を撮りました。20歳の誕生日に父がくれたカメラで撮りました。
 それ以来、ふと思い立ったらいつでも家を飛び出して、森に入って写真を撮りました。

写真はひと月ごとに手作りの写真集にしていきました。
撮った時の気持ちが薄れないうちに、ひと月の間に撮った写真を翌月に選りすぐって、編んで、感じたままの森の1ヶ月を1冊に表現しました。

何冊かは好きな喫茶店やお店に届けに行って、何冊かはよろこんでくれる人に送りました。できたての写真集を届けることがたのしみでした。
こうして約1年間で12冊の写真集が出来上がったのです。

これはわたしの初体験の森の記録です。
カメラは私と森の間の門のような存在でした。
冬の森ではじめて門をくぐって以来、うれしくて、数え切れないほどの森の門をくぐり、その向こうにあるすばらしいものを取って帰ろうとしました。
もしも写真を撮っていなかったら、私には森の姿は見えていなかったでしょう。

「雪が降ったら実家に帰ること。」
それが両親との唯一の約束でした。私は森で写真を撮るためにその約束を破りました。
森で暮らすことを許してくれた母は、私が一人で暮らし、写真を撮っていた間は一度も会いに来ようとはしませんでした。
父がくれたカメラと心配性の母の覚悟の先に、森の門が現れました。その門の向こうはもう一つの私の帰る場所でした。



入江泰吉記念奈良市写真美術館のHPです→http://irietaikichi.jp/

写真集の案内です。

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写真集には1月から12月まで、毎月の扉に文が書かれています。その文がまたすばらしいのです。

2017年3月10日 (金)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *49

毎月楽しみにしている、奈良新聞掲載の川嶌一穂さんの「美ビット見て歩き 私の美術ノート」は東京での展覧会です。
エレオノーラ・マッツァ+奈良市出身で奈良市在住の坂口紀代美さんの展覧会です。

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *49 川嶌一穂

 

東京・始弘画廊 エレオノーラ・マッツァ+坂口紀代美「―INFERNO―ダンテ『神曲』にいざなわれ」展

 

写真 坂口紀代美さんと作品。始弘画廊にて=著者撮影

 

 本紙117日付の「世界遺産に作品設置」という記事を読んで、東京・南青山の画廊で開かれている展覧会にお邪魔した。奈良市出身の彫刻家・坂口紀代美とサンマリノ共和国出身の画家・エレオノーラ・マッツァの二人展だ。

 記事は、坂口が制作したモニュメントの除幕式の様子を紹介したもので、写真に写ったサンマリノの美しい山並みが印象的だった。

 サンマリノはイタリアの領土内、長靴のふくらはぎのあたりにポツンと存在する小さな国だ。マリノという石工がローマ皇帝の迫害から逃れてキリスト教徒の共同体を作ったのが国の始まりで、西暦301年に成立した世界最古の共和国だという。これは日本で言うと、倭の卑弥呼が死去してから数十年経った頃のことだ。

 今回の二人展はダンテの『神曲』がテーマになっている。ラテン語ではなくトスカナ方言で書かれた『神曲』は、イタリア人ばかりかサンマリノ人にとっても、イタリア語の原典であり、イタリア人としての誇りの源泉である。学校の国語の時間に熱心に暗唱するらしい。

 マッツァは、一人ひとりがバラバラにされて、『神曲』の中の「地獄」をさまよっているような現代人の混沌を油絵で描き、坂口は「地獄」にもなお存在する自然の姿をブロンズやワックスで表現している。

 現代美術というと無国籍で根のない作品が多いが、坂口の作品にはどこか和の伝統を感じさせる柔らかさがある。奈良に生まれ奈良で育ったことが大きく影響しているのではないだろうか。

年齢も文化的背景も違う坂口とマッツァは、ベルリンで開かれた展覧会に出品した時に知りあった。それ以来家族ぐるみの付き合いが始まり、前回はサンマリノで、そして今回東京で二人展が実現した。

先日たまたま「おばあちゃんの原宿」として親しまれる東京・巣鴨のお地蔵さんにお詣りに行き、歩道に置かれた「MADAMADA」と「KOREKARA」という石の作品を見て、「おーほんとにね!」と思った。その時は作家の名前を見ずに通り過ぎたが、何とそれが坂口の作品だったことが今回判明した。街中に置かれた作品ならではの幸せな出逢いだった。

21トンもある坂口の代表作「石舞台」は東京・練馬区の公園にあって、設置から20年経った今もその上で子どもたちの遊ぶ声が絶えないそうだ。東京やヨーロッパで活躍する坂口だが、ふるさとの奈良でももっと多くの作品を見たいものだ。

 

 =次回は4月14日付(第2金曜日掲載)=

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かわしま・かずほ

元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ 始弘画廊 東京都港区南青山5−7−23 始弘ビルB1。電話03(3400)0875。地下鉄表参道駅B3出口より徒歩3分。会期は3月6日(月)―3月18日(土)。日曜休廊。午前11時から午後7時まで(最終日は午後5時まで)。

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奈良新聞3月8日付も伝えています。




2017年2月11日 (土)

美ビッド見て歩き*48東京・根津美術館

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いつも楽しみにしている美ビッド見て歩きですがことし初めて奈良新聞に掲載されました。東京の根津美術館です。

美ビット見て歩き 私の美術ノート *48 川嶌一穂

東京・根津美術館 興福寺中金堂再建記念特別展示「再会―興福寺の梵天・帝釈天」展

写真 東京・根津美術館のアプローチ=著者撮影

 早いもので2月ももう10日。寒さ本番だが、まさに「冬来りなば春遠からじ」。日の光は確かに明るくなった。
 永遠の名品・尾形光琳筆の「燕子花(かきつばた)図屏風」を所蔵する東京・青山の根津美術館の一室で、今回タイムリーな展示があったのでご紹介したい。
数年前に建て替えられた館の設計は、2020年東京オリンピック「新国立競技場」のやり直しコンペで採用された隈研吾氏。玄関へと続く長いアプローチの道路側は竹を一列に植えただけ、反対側の壁材は細い古竹。そのさり気なさは、さすが『負ける建築』の著者・隈氏の設計だ。街の騒音を完全に遮断しないが、ここから先は美術館だとはっきり分かるその絶妙な空間が心地よい。
高低差の大きい地形をうまく利用した広い庭園は「鉄道王」根津嘉一郎(1860-1940)の元私邸の一部で、庭造りに数年を要したと言われている。樹木に集う野鳥も多く、先日は池で翡翠(かわせみ)を見た。
庭園に茶室が何棟も点在することからも分かるように、根津は茶人としても活躍した。根津ばかりではない、近代の財界人に茶の湯を嗜み古美術を収集した数寄者(すきしゃ)は多い。阪急電鉄の創業者で、根津と同じ甲州出身の小林一三も茶人として活躍し、その美術コレクションが「逸翁美術館」(大阪府池田市)として公開されているのはご存じの通り。
本欄第2回で取り上げた藤田美術館の藤田傳三郎とは、「交趾(こうち)大亀香合」の入札を巡って熾烈な戦いを繰り広げ、根津が敗れている。
明治の後半は産業構造の大変化が行渡り、旧公家や旧大名家がそれまで持ちこたえていた家宝を次々と手放し始めた。海外に渡ってしまった名品も数えきれない。この頃に根津や三井財閥の益田鈍翁(どんのう)らが茶の湯を中心としたネットワークを形成し古美術品を数多く収集したことは、日本美術にとってこの上なく幸いだった(齊藤康彦著『根津青山―「鉄道王」嘉一郎の茶の湯』)。
仏教美術も然り。「再会―興福寺の梵天・帝釈天」展で公開中の帝釈天立像は、明治期に興福寺から流出し、根津美術館の所蔵するところとなった。もと東金堂でこの帝釈天と一対だった梵天像が、今回、中金堂再建を記念して、はるばる奈良から東京までお出ましになった。
両像ともに平重衡による南都焼討ち後の興福寺再建の際に仏師・定慶により制作されたものだが、ぼってりと波打つ装飾的な衣文が印象的だ。流出した方の帝釈天像は、かなり修復されているように見えた。りりしいお顔の梵天様にゆっくり苦労話を聞いてもらったことだろう。
 1月はお休みを頂いたので、今回が今年の第1回となる。本年もご愛読のほどをお願い致します。

 =次回は3月10日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

メモ 根津美術館 東京都港区南青山6−5−1。電話03(3400)2536。地下鉄表参道駅から徒歩10分。http://www.nezu-muse.or.jp/
会期は3月31日(金)まで。原則として月曜日、ならびに2月20日(月)~3月3日(金)休館。

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(鹿鳴人、追記)

日経新聞のHPに「再会―興福寺の梵天・帝釈天」展のことが報じられていました。→日経新聞


2017年2月10日 (金)

東京国立博物館の春日大社展へ

うまい具合に全国の陶器の協同組合「趣味の百撰会」の役員会が東京でありましたので、会議のあと3時から、1月から始まっている東京国立博物館での春日大社千年の至宝特別展へ行ってきました。会期は3月12日まで。

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平日の3時ながら、館内は多くの人々が拝観されていました。私も閉館の5時まで2時間じっくりと拝見しました。

そして展示も圧倒的な数量の国宝や重要文化財で、花山院宮司さんがよく「平安の正倉院」と言っておられる意味がよくわかりました。それほど充実した展覧会です。

そして春日大社所有の宝物だけでなく、東京、奈良、京都、九州の国立博物館現有の春日大社の宝物、そして根津美術館や京都のお寺などが現有の春日大社の宝物も集められています。当方の近くの奈良市南市町自治会所有の春日曼荼羅も出品されていました。また春日権現験記なども多くの写本も展示されていました。刀、やり、かぶとや獅子狛犬も。

また、本殿のたしか第二殿の現物大の再現やだ太鼓のひとつや吊り灯籠なども展示されていました。

吊り灯籠のところのみ写真撮影OKでした。たくさんの人が記念撮影されていました。

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2400円の図録もとても内容豊かでしたので重かったのですが購入しました。とてもお値打ちです。

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それから、この春日大社千年の至宝展を関東在住の方にお勧めしたいと思います。そして関西や各地の方も3月12日までに上京される機会にはぜひご覧いただきたいと思います。

春日大社千年の至宝展のHPです→http://kasuga2017.jp/

2017年1月 2日 (月)

2017年新春、東京で春日大社特別展そして奈良春日大社の国宝殿でも展覧会

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2017年新春、春日大社の千年の至宝という特別展が東京・上野の東京国立博物館の平成館で開かれるということです。平成29年1月17日から3月12日まで。

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特別展のhpは→http://kasuga2017.jp/

そして、3月27日まで奈良の春日大社の国宝殿でも国宝級の日本刀の展示を始め展覧会が開かれていると報じられています。→展覧会

2016年12月10日 (土)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *47

いつも楽しみにしている、川嶌一穂さんの美ビット見て歩き、奈良新聞に載っていました。
中ノ島の大阪市立東洋陶磁美術館の「台北國立故宮博物院北宋汝窯青磁水仙盆」展です。
会期は12月10日(土)から来年3月26日(日)まで(年末年始および原則として月曜休館)とのことです。
昨年秋、台北の國立故宮博物院を訪れましたが、たいへんな来館者でした。この機会に大阪で拝見できるというのはとても良いチャンスだと思います。

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *47 川嶌一穂
大阪市立東洋陶磁美術館 「台北國立故宮博物院北宋汝窯青磁水仙盆」展
写真 青磁無紋水仙盆 汝窯 北宋・11世紀末~12世紀初 台北國立故宮博物院蔵 撮影=六田知弘(大阪市立東洋陶磁美術館提供)
 もう10年も前になるが、1月の授業が終るのを待ち兼ねて、はじめての台湾に飛んだ。
故宮博物院創立80周年記念「北宋書画、北宋汝窯(じょよう)、宋版図書」特別展を見るためだ。
中でも北宋の画家・笵寛(はんかん)、郭熙(かくき)、李唐(りとう)三人の山水画の名作が同時に公開されるのは後にも先にもないという話を聞き、それは大変、とばかりに駆け付けたのだ。
 三作とも「山水画」というイメージからは程遠い大作で、同じ壁面に並んで異様な存在感を放っていた。
他にも有名な玉(ぎょく)の珍品「翠玉白菜」や「肉形石」を見たり、館内に置かれた記念スタンプの印章を、章句の意味は分らないが漢字が美しいのに惹かれて、手帳にペタペタ押したりしてすっかり満足していた。
 予備知識もなくただ道なりに「北宋汝窯」の部屋に入った。人数をさばくためなのか、細長い部屋の中央に二十数点もの作品を一列に展示し、それに沿って左右にひな壇がこしらえてあった。
並んだ作品はみな形も地味、色彩もほとんど同じ淡青色で、一般的なイメージである中国陶磁の派手さとはまったく無縁だ。
 しかし一点一点見て行くうちに、その色彩に何か説明の出来ない静けさと、深さと清らかさを感じて、虜になった。展示室を立ち去り難い思いがして、ひな壇の最上段に腰掛けた。
遠目に器(うつわ)を眺めるというよりは、ただこの器と同じ時空に自分も存在していることに心満たされていた。
お尻が痛くなってふと時計を見ると、一時間以上もそこに坐っていたようで、自分でも驚いた。
 日本に帰ってからもしばらくこの感動が後を引き、思わぬ副作用も経験した。
それ以来、日本や高麗のどんな青磁の名作にも感動しなくなってしまった。
どうにも色が「濁っている」と感じてしまうのだ。いいものを見るのは恐ろしいことだと思い知った。
 ようやくその印象も薄れて来たこの頃だが、前々回の本欄「水滴展」で東洋陶磁美術館を訪ねた時、館内の予告ポスターを見て、本展覧会のことを知った。
門外不出と思われていた汝窯水仙盆が四点も公開されるという。
あり得ない!きっと当館安宅コレクションの汝窯水仙盆一点に久しぶりに会いに来たのだろう。
 前世紀末から河南省で汝窯の窯址が発掘され、伝世の汝窯作品とは違う多種多様な作品片が発見されたが、それでもなお解明されない謎は多い。
「水仙盆」は水仙栽培用なのか、それともペットの猫の食器だったのか、それも不明だという。
 本欄の写真は白黒だが、どんなカラー写真も汝窯の色とされる「雨過天青雲破処」(雨上がりの雲間に見える青い空)の色を伝えることは難しいだろう。
会期も長いのでぜひ実物をご覧下さい。
公開は明日から。
  
 =1月はお休みを頂いて、次回は2月10日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。
メモ 大阪市立東洋陶磁美術館 大阪市北区中之島1−1−26。電話06(6223)0055。地下鉄御堂筋線淀屋橋駅から土佐堀川を渡り、東へ徒歩5分(大阪市中央公会堂東側)。http://www.moco.or.jp/
会期は12月10日(土)から来年3月26日(日)まで(年末年始および原則として月曜休館)。
 

2016年12月 9日 (金)

「和楽」とすみだ北斎美術館

「和楽」の12-1月号に奈良の晩秋と北斎のことが特集されていました。
先日東京出張の折、11月にオープンしたばかりの両国のすみだ北斎美術館を訪ねることが出来ました。
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通りも北斎通りというそうです。東京スカイツリーもよく見えます。
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もと津軽藩の屋敷跡という公園の中にモダンな建物がありました。葛飾北斎はこのあたりで生まれ、1849年に90才で亡くなったそうですが、その若いころから晩年までの作品が集められていました。
 
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隅田川沿いの風景を描いた長さ7メートルの巻物が明治時代にヨーロッパで売られてその後所在がわからなかったそうですが、100年ぶりに見つかって、葛飾北斎の生地である墨田区に帰ってきたそうです。 
また両国駅前の特設のスタジオで北斎の絵の中に入ってスタッフの方に記念写真を撮ってもらいました。
スカイツリーや北斎など、墨田区はなかなか面白いところです。
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地図はクリックすると拡大します。

すみだ北斎美術館のHPです→
http://hokusai-museum.jp/
 

2016年11月12日 (土)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *46 

毎月、奈良新聞の掲載を楽しみにしている、川嶌一穂さんの美ビット見て歩き 私の美術ノート は、奈良県立美術館でいまひらかれている展覧会です。
先日わたしも拝見したのですが、あらためて観るポイントが川嶌一穂さんの解説でよりよくわかります。

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *46 川嶌一穂

 

奈良県立美術館 禅(ZEN)関連企画展「雪舟・世阿弥・珠光…中世の美と伝統の広がり」

 

写真 重要文化財「世阿弥自筆能本 江口」(部分)生駒市・寳山寺蔵=奈良県立美術館提供

 

 春に京都国立博物館で開かれた「禅ー心をかたちに」展をご覧になった方も多いと思うが、今年が臨済禅師1150年忌・白隠禅師250年忌にあたることを記念して開かれた展覧会だった。
 現在、奈良県立美術館で開かれている「雪舟・世阿弥・珠光…中世の美と伝統の広がり展」は同じく禅をテーマにして、地域を奈良に、ジャンルを水墨画(雪舟)と能(世阿弥)、茶の湯(珠光)の三つに絞った企画展である。
 秋を飛び越して初冬の寒さを感じる一日、世阿弥(1363?ー1443?)と禅との関係に興味を惹かれて訪れたら、65歳以上は観覧無料だった。年を取っていいこともある!
 会場を巡るうちに、世阿弥の代表的な能楽論「風姿花伝」の一部が、禅の公案のように「問ふ」「答ふ」という形式になっていることを思い出した。家に帰って確かめたら、その「第三 問答条々」の最後に、禅宗第六祖慧能(えのう)の偈文が結論として添えられていた。
 展示されている、娘婿の金春禅竹に宛てた手紙の中では、補巖寺(ふがんじ)住持の竹窓智厳(ちくそうちごん)の言葉を引いて、能の稽古の仕方を伝授している。
 田原本町にある曹洞宗の寺院・補巖寺は、今は無住ということだが、所蔵の土地台帳に世阿弥夫妻の法号と命日が記されていることが昭和三十年代に判明した。信仰、思考、生活面で、世阿弥が深く禅宗に傾倒していたことが実際の資料を見て実感できた。
 写真の世阿弥自筆能本「江口」は、簡単な漢字を除いてほとんどが片仮名で書かれている。台詞の右側に小さく「ハル」とか「下ル」などの書き入れがあるのは、謡い方の指示であろう。今でもよく演じられる曲で、少し詞章は違っているが大きな変更はない。
 これらは元々金春家に伝来したものだが、明治三十年代に宗家の弟が管長を務めていた縁で、生駒市の寳山寺に移管された。昨年、世阿弥の命日にあたる8月8日に、ある学会の見学会で拝見する機会を得たが、世阿弥や善竹の自筆文書が大広間に所狭しと並べられていて、とても感動した。
 奈良女子大学学術情報センターのHP上で「生駒山寳山寺所蔵貴重資料電子画像集」として、いつでも見ることができるのは有難い。またこれとは別に観世宗家に伝わった世阿弥自筆の能本類も「観世アーカイブ」で画像を見ることができる。
 600年も前に完成した能が、今なお世阿弥と縁ある家の役者によって演じられ、現代人によって鑑賞されている。鑑賞に飽き足らずに稽古に通う人もいる。さらに、世阿弥自筆の台本が大切に今に伝えられている。まさに奇跡と言うしかない。

 

 =次回は12月9日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。
メモ 奈良県立美術館 奈良市登大路町10−6。電話0742(23)3968。近鉄奈良駅から東へ徒歩5分(奈良県庁北側)。会期は11月27日(日)まで(月曜日休館)。

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