フォト
無料ブログはココログ

2017年9月14日 (木)

10月14日  ピアノと能の響演「重衡」 と復曲能「重衡」

Img160


10月14日(土)、11時から、ピアノと能の響演「重衡」が開かれます。上記チラシです。ピアノの榊原明子さんやチェロの水谷川優子さんら豪華キャストです。入場料500円(先着500名。)http://nara-kokushoubun.jp/events/naf/?post=4754

 

そして14時からは復曲能「重衡」が行われます。下のチラシです。別にチケットが必要です。

場所は、どちらも奈良公園の奈良春日野国際フォーラム甍~I・RA・KA~の能楽ホールにて。

http://nara-kokushoubun.jp/events/naf/?post=6931

Img161 Img162

画像はクリックすると拡大します。

追記   産経新聞より

復曲能「重衡」 奈良で18年ぶり上演へ 10月、ピアノ「響演」も
2017.9.20 08:03
更新


 南都攻撃の大将だった平重衡(しげひら)を描いた幻の復曲能「重衡」が人間国宝の観世流能楽師、大槻文蔵さんによって10月14日、奈良市の奈良春日野国際フォーラム甍(いらか)で上演される。奈良では平成11年以来、18年ぶりの上演。「第32回国民文化祭・なら2017」の一環としてピアノと共演するダイジェスト版も同日に企画されており、奈良ゆかりの古典の復曲能と現代的な表現が鑑賞できる貴重な機会となる。


 重衡は栄華を誇った清盛の5男で、南都焼き討ちの大将となった。東大寺大仏殿や興福寺などが焼けたため、仏敵とされ、最期は木津川で斬首された。
 復曲能は東大寺などが焼けたことへの後悔、苦しみを抱きながらも戦いに身を投じてしまう姿を描いた作品で、奈良坂から見える仏閣を案内する「奈良の名所教え」も魅力の一つ。室町時代に作られたがその後演じられず、昭和58年に復曲され、奈良では平成11年に興福寺で重衡の追悼供養として演じられた。
 今回は、文化関係者らでつくる「伝統の未来を見つめる会」(奈良市、菊池孝代表)などが奈良発祥の能に親しみ、この曲が平和を考えるきっかけになることを願って企画した。当日は午後2時の開演。S席9千円、A席7500円、B席5千円、学生優先席3500円。
 また午前11時からは、「ピアノと能の響演『重衡』~1180年 治承四年十二月二十八日夜半 一本の松明から事件は起こった」が上演される。「ピアノで奈良を奏でる会」(奈良市、榊原明子代表)などの主催で、大槻文蔵さんと大倉流小鼓の久田舜一郎さん、ピアノの榊原明子さん、笙の伊藤えりさん、チェロの水谷川優子さんが共演する初公開の演目で、「奈良の名所教え」を中心に制作された。500円(先着500人)。
 伝統の未来を見つめる会では「人間の罪、愚かさを許せるメッセージを発信できるのは奈良のみ。奈良から平和のメッセージを発信したい」と話している。
 問い合わせは、「伝統の未来を見つめる会」「ピアノで奈良を奏でる会」((電)080・9601・6014)。

2017年9月 9日 (土)

美ビッド見て歩き*55 よみがえれシーボルトの日本博物館展

Img163

いつも楽しみにしている,奈良新聞の川嶌一穂さんの美ビット見て歩き、今回は、大阪千里にある、国立民族学博物館の開館40周年記念特別展です。10月10日まで。
江戸時代末期の、ドイツ人のシーボルトの集めた日本の品々です。
「よみがえれシーボルトの日本博物館」展。
ちょうど先日お話を聞いた、奈良民俗研究所の鹿谷先生もこの展覧会を紹介されていました。

Cimg99751 Cimg99401

以下本文を。

美ビット見て歩き 私の美術ノート *55 川嶌一穂

国立民族学博物館開館40周年記念特別展「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」展

 本展では、シーボルトの編んだ日本植物誌、動物誌、日本で収集した日本地図をはじめ、おろし金から僧侶の帽子に至るまで様々な品が展示されている。狩野探幽筆ではないかとされる「貝之図」と漆工芸品を除けば、美術的に価値のあるものはそれほど多くない。価値よりは、網羅することを目指したコレクションだ。
 フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796-1866)は今で言うドイツ人である。言うまでもなく江戸時代、長崎に来ることを許された西洋人はオランダ人だけだ。何故シーボルトは1回目、1823年からの6年間、2回目、1859年からの3年間、つごう9年間も日本に滞在できたのか?
 オランダ船が長崎に入港すると、長崎奉行所の役人と通訳が船に乗り込んで取り調べる。通訳はシーボルトのオランダ語が少々変っているのに気付いたが、「山オランダ人」の訛だと見なされて、出島滞在を許された。実際にシーボルト来日の数年前、オランダ語のできないベルギー人医師が、入国を拒否されている。恐るべし!鎖国日本の外交力。
 当時、西洋で湧き起っていた民族学への関心を背景に、彼もまた西洋で日本を最初に紹介する「日本博物館」の設立を構想していた。1837年にオランダ国王に宛てた設立計画案の中で、彼はその目的を「貿易国や植民地などヨーロッパ以外の国々を対象とした国土と民族についての知識を広げること」としている。
 当時すでに200年も国を閉ざし、植物の固有種だけでもイギリスの10倍も存在する、多様性に富む日本は西洋人にとって格好のフィールドだった。一例をあげると、来日2年後に彼がバタヴィアに送った種子から増えた茶の木が、オランダ領東インド産の茶として輸出され、オランダに大きな利益をもたらしたという(高橋輝和著『シーボルトと宇田川榕菴』)。
会場に「日本の宗教」と題されたコーナーがある。第2次帰国の後に、彼がアムステルダムで実際に開いた日本展示の再現である。中央の阿弥陀三尊像の背後に、極彩色の彫刻で縁取りされた花鳥画の屏風が鎮座する。私たち日本人からすると奇妙奇天烈な展示だが、「見られる側」の違和感はいつも置いてきぼりだ。
昨年東京で本展を見て非常に心ひかれ、以来わたしの中でシーボルトがちょっとしたブームだ。在NY日本国総領事館のHPで、日本遠征艦隊の司令官に任命されたペリーに、シーボルトが自分も参加したいと申し出るが断られた、という興味深い逸話を見つけた。そう言えば、鎖国日本の扉を開けたのが、オランダではなくアメリカだったのも不思議な気がする。どこまでも興味の尽きないテーマなのである!
 
=次回は10月13日付(第2金曜日掲載)=
・ ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

メモ 国立民族学博物館 大阪府吹田市千里万博公園10-1。電話06(6876)2151。大阪モノレール万博記念公園駅から徒歩15分(会期中の土・日・祝日に無料シャトルバス運行)。会期は10月10日(火)まで(水曜日休館なのでご注意下さい)。

Img165

Header

Cimg99441


国立民族学博物館(大阪)のHPです→http://www.minpaku.ac.jp/

2017年9月 5日 (火)

9月23日大安寺で劇団高円公演

Img148

9月23日(祝日・土曜日)大安寺では、劇団高円の公演、かすむ里山月は流れてーー道慈の夢・追憶編ーーが行われます。18時30分開場、19時開演、チケット代金は2000円です。くわしいHPはこちらです。→http://web1.kcn.jp/gekidan-takamado/

2017年8月15日 (火)

9月 歌劇「ちゃもり」

Img058

9月に大和郡山市民劇団の 古事語り部座が歌劇「ちゃもり」を大和郡山と大阪で行われます。

作・演出は松村武さん(カムカムミニキーナ)。
問い合わせは、やまと郡山城ホールへ、TEL0743-54-9000


Img059

かなりおもしろいという、前評判です。

2017年8月12日 (土)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *54

いつも楽しみにしている、川嶌一穂さんの「美ビット見て歩き 私の美術ノート」が、奈良新聞にのっていました。
今月は、大阪高島屋「興福寺の寺宝と畠中光享」展。
渋谷区立松濤美術館「畠中光享コレクションーインドに咲く染と織の華」展
の2つです。2つの展覧会はともに、畠中光享さんの展覧会だそうです。そのうち、「興福寺の寺宝と畠中光享」展は全国を巡回されていて、6月に興福寺の境内にある興福寺会館で拝見することができました。
その時の、鹿鳴人のつぶやきは→ブログ
7月8日の興福寺大御堂での橋本町・お薬師さんの法要の時に、興福寺貫首の多川俊映師とお話できました。「中金堂の本体はもう出来上がっているけれど、内部や中金堂の周辺整備にもう少し時間がかかります。畠中光享さんは奈良県うまれ、1947年生まれで(多川貫首と)同じ年齢」とのことでした。
Img102

Img103

美ビット見て歩き 私の美術ノート *54 川嶌一穂
大阪高島屋「興福寺の寺宝と畠中光享」展。渋谷区立松濤美術館「畠中光享コレクションーインドに咲く染と織の華」展
写真 「覆い布(部分)」アンドラ・プラデッシュ州マスリパタム。19世紀初期。木版捺染、媒染及び防染。木綿。=松濤美術館提供
 今はまだ覆屋に覆われている興福寺中金堂は、来年の秋に落慶の予定である。和銅3年(710)の創建以来じつに7回も焼失したが、焼失後は、ほぼ同じ場所同じ規模で再建されてきた。礎石66個のうち64個が創建時のままであることから分かるという(『興福寺の寺宝と畠中光享展図録』)。

 内陣の14本の柱のうち、本尊のすぐ南西に位置する柱が「法相柱(ほっそうちゅう)」で、その上に法相宗興福寺の祖師像が描かれてきた。平成の中金堂再建にさいしても法相柱が再興され、奈良県生まれの画家・畠中光享(はたなか・こうきょう)が14名の祖師像を描くことになった。

 下から上に無着・世親をはじめとするインド人僧、玄奘三蔵ら中国人僧、そして玄昉僧正ら日本人僧の像が、高さ10メートルの1本の柱に貼りつけられる。法相仏教がインドから中国を経て興福寺に伝わったことが、視覚的に感じられることだろう。完成後、とくに中段より上の像は高く仰ぎ見ることになるので、関西では最後となる大阪高島屋での本展をお見逃しなきよう。

 本欄第22回(平成26年9月)で著書『仏像の歩み』をご紹介した時にも述べたが、畠中は若い頃から100回以上もインドの仏跡を訪ね歩いている。今回インド人祖師がインド式の衣を身にまとい、紙のない西暦5世紀のインドに生きた世親の持つ経が貝葉(ばいよう・シュロ椰子)経であるのも、インド仏教に詳しい畠中ならではの図像である。

 畠中は「千年残る柱絵」を念頭に置いて、群青などの顔料と紙を厳選したと語る。これからも中金堂は改築や再建を余儀なくされることがあるかもしれない。しかしその時は平成の柱絵の豪華な材料や、まことに人間臭い祖師の個性を表現する畠中の技量が、何百年後かの日本人を驚かせることだろう。

 西洋近代のものの見方に慣れてしまった私たちは、仏画や仏像を「仏教美術」として見がちだが、本来それは信仰の手段であり、信仰そのものの営為である。その意味で、平成の法相柱祖師像を、みずからも仏僧である畠中が描いたことはきわめて意義深い。

 僧であり画家である畠中にはもう一つの顔がある。自らの足と目で集めた、染織と細密画を中心とするインド美術のコレクターとしての顔である。たまたまこの夏、畠中の染織品コレクションの中から、150件ほどを選んだ展覧会が東京で開かれているのでご紹介したい。今はもうほとんど入手できないインドの布の、技術の高さと趣味の良さを間近で味わうことのできる貴重な機会である。写真は約1メートル四方の木綿の覆い布の一部。鮮やかな赤色と洗練された唐草模様が印象的だ。
=次回は9月8日付(第2金曜日掲載)=
・ ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。
メモ 大阪高島屋(7階グランドホール) 大阪市中央区難波5-1-5。電話06(6631)1101。会期は8月23日(水)―9月4日(月)まで(無休)。畠中によるギャラリー・トークあり。

渋谷区立松濤美術館 東京都渋谷区松濤2-14-14。電話03(3465)9421。会期は8月8日(火)―9月24日(日)まで。原則として月曜休館。

2017年7月15日 (土)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *53

奈良新聞に毎月連載され、楽しみにしている、川嶌一穂さんの美ビット見て歩き、私の美術ノートです。今月は、あべのハルカス美術館の「没後70年、北野恒富のなにわの美術図鑑」展です。展覧会は7月17日まで。

Img046


Img047Img_kitano00

写真右 《星(夕空)》 北野恒富 昭和14年(1939)大阪市立美術館蔵=あべのハルカス美術館HPから拝借

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

美ビット見て歩き 私の美術ノート *53 川嶌一穂

あべのハルカス美術館「没後70年 北野恒富―なにわの美人図鑑」展

 今年も大阪・松竹座の七月大歌舞伎に片岡仁左衛門丈が出演中だ。何年か前にテレビのトーク番組で見たとき、男っぷりの良さと、その美しい言葉に魅了された。毎日のようにテレビから聞こえてくる大阪弁とはまったく違う、品のいい大阪弁だった。
 その中で仁左衛門丈が「大阪」のことを「おおざか」と濁って発音されたとき、一瞬江戸時代の大坂の町にタイムスリップしたような気がした。江戸とも京とも違う「大坂」らしい美人画が見たくなって、先月あべのハルカス美術館を訪れた。
 明治13年(1880)金沢に生まれた北野恒富(きたの・つねとみ)は、小学校を卒業して版下彫刻を仕事としていたが、明治30年、17歳で大阪に出た。大阪では新聞の挿絵やポスターを手がけるが、次第に日本画でその才能を発揮していった。
 今回出ている最初期の作品は、明治40年頃のものだが、本展『図録』巻末の「年譜」によれば、大正初年に「画壇の悪魔派」と呼ばれたという。その頃すでに悪口を言われるほど活躍していたのだろう。
 たしかに大正年間の恒富の作品は、妙に生々しい女性が多く、同時代の岸田劉生『麗子像』、速水御舟『舞妓』や、甲斐庄楠音(かいのしょう・ただおと)『横櫛』などと共通する「デロリ」とした気味悪さが目立つ。
 ところが大正末期から昭和初期にかけて、徐々に作品が変化する。画面はすっきりと整理され、登場人物が品格を備えて立ち上がって来る。若いときに金沢から出てきて以来数十年、ようやく鏑木清方の江戸の粋とも、上村松園の京のはんなりとも違う恒富による「大坂」の美人画が誕生した。
 たとえば『宝恵籠』(昭和6年)、『いとさんこいさん』(昭和11年)などの作品に描かれる女性は、東京より柔らかく、京都ほど気取ってない。言うなれば谷崎潤一郎の『細雪』の登場人物である。じっさい本展「第四章」で説明されるように、恒富は谷崎の小説『盲目物語』と『蘆刈』二作品の挿絵を描き、後に谷崎夫人となる松子の実家とも親しかった。
 写真の『星(夕空)』は、物見台の手すりに腰を預けて花火を見上げる女性を描いた作品。着物の大きな花火模様が本物の花火の光と、また帯の星模様が画中の一番星と響きあう。背景の夜空の暗い青色、着物に描かれた花火の明るい青色、帯締めの深い青色が織りなす絶妙な調和をカラーでお見せできないのが残念だ。
 この作品の描かれた2年後、日本はアメリカとの戦争に突入し、恒富による大阪らしい美人画ももう描かれることはなかった。敗戦の2年後に67歳で亡くなった恒富は、奈良市富雄の霊山寺に葬られた。
 
《訂正》前回、ミホ・、ミュージアム「和ガラスの美を求めて」展紹介の文中、第6段落の「がそれは19世紀になってから製造されるようになった(もので、順序としては)17世紀後半から長崎で…」の()内が抜けていました。お詫びして訂正致します。

 =次回は8月11日付(第2金曜日掲載)=
・ ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

メモ あべのハルカス美術館 大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16階。電話06(4399)9050。会期は7月17日(月・祝)まで。残り少ないのでご注意下さい。

2017年6月11日 (日)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *52

いつも楽しみにしている、川嶌一穂さんの美ビット見て歩き 私の美術ノート *52 が奈良新聞に載っています。今月はわたしも滋賀県の信楽の陶器の産地にいったときなど見学に訪れるミホ・ミュージアムなどのことを書かれています。

Img993


Img994

美ビット見て歩き 私の美術ノート *52 川嶌一穂

 

滋賀県ミホ・ミュージアム「和ガラスの美を求めてー瓶泥舎コレクションー」展

 

写真 ミホ・ミュージアム本館へのアプローチ=著者撮影

 

 滋賀県信楽町の山道をくねくねと進み、ほんとうにこんな所に美術館があるのだろうかと思い始める頃に、ようやくバスは美術館の入口に到着する。しかし本館まではまだまだ。トンネルと橋を渡る長いアプローチは、電気自動車に乗るか、10分ほど歩くことになる。その間、次第に体が木々の緑に染まっていく心地がする。

 遠くからはそれほど大きいと見えなかった本館も、前の階段を登り始めると、起伏のある地形をうまく生かした大きな空間であることが分かる。あのルーヴル・ピラミッドを設計したイオ・ミン・ペイの作品。この建築を見るためだけに訪れる人も多いと聞く。

 ここは宗教団体の創始者の名前を冠した美術館で、充実した展示で知られている。今回の特別展「瓶泥舎(びんでいしゃ)コレクション」展も、江戸時代に対する私たちのイメージを塗り替えるような素晴らしい企画だった。

 「瓶泥舎」、詳しくは「瓶泥舎びいどろ・ぎやまん・ガラス美術館」は、本展準備中に亡くなった大藤範里(だいとうのりさと)さんの集めた和ガラスのコレクションを公開する、愛媛県松山市道後にある小さな美術館である。正岡子規と道後温泉が好きな私は何度となく松山を訪れているのに、寡聞にしてその存在を知らなかった。

 「びいどろ」は、薄い吹きガラスを指すポルトガル語の「ヴィードロ」が、「ぎやまん」は、ダイヤモンドを意味するポルトガル語の「ディアマンテ」あるいはオランダ語の「ディアマント」がなまったもの。つまりびいどろは和製ガラスを、ぎやまんは輸入品か、それに匹敵する上質の和製ガラスを指すものとして使われた。

 これまた不勉強で江戸時代のガラスと言えば、薩摩切子(きりこ)や江戸切子くらいしか知らなかった。がそれは19世紀になってから製造されるようになったもので、順序としては17世紀後半から長崎でびいどろの製作が始まり、18世紀後半から徐々に庶民の暮らしに浸透していったという(本展『図録』)。だとすれば、喜多川歌麿(1753-1806)の「ビードロを吹く娘」に描かれているガラス製玩具・ぽっぺんは、舶来品ではなく和製だったかもしれない。

 今回の展示作品は、日常の暮らしを美しくするために作られ、使われたものだ。江戸の工業技術の高さと、人々の趣味のよさに驚くばかりである。江戸の洗練が明治維新で途切れずに、現代の私たちにちゃんと継承されているのだろうか。何やら心もとない気がする。

 硬質なのに壊れやすいという矛盾を孕んだガラスの美を堪能した初夏の一日だった。

 

 =次回は7月14日付(第2金曜日掲載)=

 ・・・・・・・・・・・・・・・

かわしま・かずほ

元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ ミホ・ミュージアム 滋賀県甲賀市信楽町田代桃谷300。JR石山駅発「ミホ・ミュージアム」行き帝産バス(50分)乗車(9時10分から13時10分まで1時間に1本)。電話0748(82)3411。会期は6月18日(日)まで。会期が残り少ないのでご注意下さい。

HPは→http://www.miho.or.jp/

瓶泥舎びいどろ・ぎやまん・ガラス美術館 愛媛県松山市道後緑台7‐21。電話089(922)3771。予約制。

2017年5月28日 (日)

「朗読」ワークショップ参加者募集!

Img968


入江泰吉さんの朗読劇を拝見して朗読の力を感じましたが、それを主宰された小栗一紅さんの「朗読」ワークショップがひらかれているそうです。
これからも下記のスケジュールでおこないますので、ご参加くださいとのことです。
次回は6月18日奈良県立図書情報館にて。
事前申し込みが必要です。

Img969

2017年5月13日 (土)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *51  奈良・璉珹寺「阿弥陀如来立像」特別開扉

毎月楽しみにしている、川嶌一穂さんの「美ビット見て歩き 私の美術ノート」です。12日奈良新聞に掲載されていました。今月は5月だけ拝観できる 奈良・璉珹寺「阿弥陀如来立像」特別開扉です。
Img958
Img959





美ビット見て歩き 私の美術ノート *51 川嶌一穂

 

奈良・璉珹寺「阿弥陀如来立像」特別開扉

 

写真 阿弥陀如来立像(県指定文化財)=璉珹寺提供

 

 奈良町の南にある小さな寺・璉珹寺(れんじょうじ)は、この時期、山門をくぐると紫と白の花をいっぱい着けた匂蕃茉莉(においばんまつり)の甘い香りが出迎えてくれる。「香りのいい外来のジャスミン類」という意味の名前だという。
 本尊・阿弥陀仏は秘仏だったが、今は5月の1か月間公開されるので毎年楽しみにしている。裸身のままの木造仏に胡粉(ごふん)で白く地塗りを施し、袴だけを身にまとうきわめて珍しいお姿をした鎌倉時代の仏だ。
 鎌倉時代の阿弥陀如来立像といえば、本欄で前回ご紹介した、奈良国立博物館で開催中の快慶展でのテーマの一つとなっている「三尺阿弥陀」が頭に浮かぶ。たしかに来迎印を結んだ姿に、聖性と実在性を二つながら備えた快慶仏と共通する造形意思を感じる。ただこちらの本尊の髪型は螺髪(らほつ)ではなく、京都・清凉寺のいわゆる清凉寺式釈迦如来像と同じ縄目渦巻状である。
 蓮台ごと本尊を運ぶ雲の形もとても美しい。臨終のさいに急いで雲に乗ってお迎えに来て下さるので、雲の最後が尻尾のように細くなっている。兵庫県・浄土寺の快慶作阿弥陀三尊像や、京都・永観堂禅林寺の山越え阿弥陀図なども同じ雲の表現だ。浄土信仰の流行する中で阿弥陀仏の来迎を実感するために、生を強調する裸身の像としたのかもしれない。
 ご本尊の次に両脇侍を拝見する。とくに向かって右にいらっしゃる観音菩薩に心引かれる。たっぷりと結い上げた頭髪、涼しげな目元やキッと結んだ口元は異国風だが、幼児のような頬のふくらみが愛らしい。腰を左にひねった動きは、顔の表情の硬さに似合わぬしなやかさだ。
 この観音さまを東京で偶然拝見したことがある。11年前、上野の博物館で仏像展が開かれ、京都・宝菩提院願徳寺の菩薩半跏像を拝見したくて出かけた時のことである。会場で空中に浮遊するかのような半跏像に見とれていると、近くに誰か知っている人のいる気配がした。見ると璉珹寺の観音菩薩像だ。全国から集まった仏像の中でも遜色なく、実に堂々として美しかった。
 美しい仏と花の寺・璉珹寺にはもう一つの顔がある。昭和20年4月1日深夜、台湾海峡で阿波丸がアメリカ潜水艦の魚雷によって撃沈された。いわゆる緑十字船だったにもかかわらず撃沈され、2000余名が犠牲となった。戦後アメリカに対する補償要求を日本政府が取り下げるなど謎の多い事件であるが、前住職のお兄さんも若くして犠牲となった。境内の大きな観音像の前で毎年4月1日に慰霊祭が行われている。全国からご遺族のお参りがあるという。

 

 =次回は6月9日付(第2金曜日掲載)=
・ ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。
 
メモ 璉珹寺 奈良市西紀寺町45。奈良交通市内循環バス(外回り)紀寺町下車徒歩2分、崇道神社の角を南へ入る。電話0742(22)4887。特別開扉は5月1日から31日まで。午前9時から午後5時まで。

2017年5月 4日 (木)

山の辺工房 日本画教室 25周年記念展

Img952

山の辺工房 日本画教室 25周年記念展が5月4から5日、ギャラリーまつもりで開催されています。


Img953

より以前の記事一覧

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30