フォト
無料ブログはココログ

2022年10月 4日 (火)

行基さん大感謝祭、行基さんの動画

20220817_gyoki22_honsai_omote_20221002101701

20220817_gyoki22_honsai_ura_20221003100701

2022年11月20日(日曜日)は行基さん大感謝祭です。春日大社の飛火野にて。

Dsc_0134

ところで、奈良まほろばソムリエの会の佳山隆生さんが、行基さんの動画の前編を作られましたので紹介させていただきます。

 

「ようやくYouYube行基編完成いたしました。

動画の最後にイベント告知も盛り込んでいます。

是非ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=F2BGi-h1GHs

Dsc_0135

なお694年の元正天皇だけプリントミスですのでよろしくお願いします。

20220817_gyoki22_honsai_ura

 

2021年11月21日 (日)

行基菩薩大感謝祭1353歳 思料すること    T先輩より

T先輩より行基さん大感謝祭にメッセージをいただきました。

ご本人に了解いただきましたので以下紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 2021年(令和3年)11月14日
行基菩薩大感謝祭1353歳 思料すること
                                        
行基菩薩大感謝祭は4年前1350歳を記念して奈良の地で始まった。次の開催地をどこにするか?どのようにするか?試行錯誤しながら今年で4年、開催地の飛火野を所管されている春日大社さま、大仏の東大寺さま、行基菩薩入寂の喜光寺さま、行基菩薩縁の多くの寺社院、菩薩入寂年齢82年は大感謝祭をするんだと熱情溢れる「行基と長屋王の時代」の著作者であり実行委員会を牽引頂いている尾田栄章さま、事務局を支えて頂いている松森さま始め多々の皆さまの知力の結集を、リモート会議も参加せず労せずシンポジューム参加というおいしいところだけ味合わせていただき、申し訳なく本当にありがとうございました。

 

第一部・フォト表彰式・第二部のシンポジュームの参加の機会を得た所感を述べさせていただきます。

先ず第一は、コロナ禍で身心生活等疲弊している今日、行基と名付けられた師の道昭さんは、庶民生活の「行いの基である」行基よ、10万円給付をどう思うかと問われ、行基さんは、困窮した庶民に有効な何らかの公益事業を企画され、困窮者に仕事と医・衣・食・住を提供されたのではなかろうか!

第二に 必要なことは、私らが住まわさせている「地球」は他方「水球」でもある。
あらゆる地下資源を「掘りつくし」、森林を「切り倒し」生物を「獲り尽くし」「食べ尽くし」あくなき貪欲「欲深き人の心と降る雪は 積もるほどに道をわするる」(山田法胤)。
今こそ行基菩薩の考えを実践普及することだと感じました。


寺名:泉橋寺(せんきょうじ) 重要文化財 五輪塔
住所:京都府木津川市山城町上狛西下55
開基:行基 開創:740年 

五輪塔の意味     五輪塔が指し示す意味を環境SDGsとして生活を見直す要あり。
地・水・火・風・空の五大をそれぞれ方形・円形・三角形・半月形・宝珠形に石などでかたどり、順に積み上げた塔。
 
地を掘り汚し、水を汚し、大地を乾燥させて火をおこし、風を強大化させ大気を汚染、生物を食い尽くし、宇宙まで競争して汚染している。
SDGsにかなった現代生活態度とは如何なるものか?
考えたい。地球は水球でもある。もはや自生できない。

第三に 行基菩薩の業績と思想を知ることができたことである。
私は恥ずかしながら70歳中ごろまで知らず、喜光寺にて初めて知り、縁あって実行委員会に参加させていただいた。活動を通じて多くの知己を得させていただいた。またそれを機に入手できた本にて知識を深めさせていただいた。
尾田会長の「行基と長屋王の時代」、なんとなんと沢山の文献資料と「記紀万葉集など」の古文から現地探査。その労苦の結晶に敬服と感謝です。
「行基菩薩と呼ばれた男」は、学術を離れた小説ではあるが、作者の岳真也氏は、ライフワークの一であると著書のあとがきで述べておられる。行基さんは15歳から37歳まで24歳の時に受戒したほか記録に乏しい時期でもある。この小説は、行基さん山林修行に励み、葛城の役の行者小角の下でかつ道昭さんと二人に師事し、修行したと述べておられる。
史実に基づかれた年譜と一気に引き込まれる親しみ深い歴史小説でありお勧めしたい本である。
           

第四に、行基関係自治体の首長さんたちや職員さんたちで関係事業と社会教育に採用、啓蒙していただいていることでした。
宇陀市長さんは、直接行基と結びつく事跡がないと詫びるよそおい。しかし、僧尼令・租庸調と兵役・徭役、都や寺院の建設修復事業を支えるため、村からの徴用と運搬役従事者に、医・衣・食・住の布施屋のはたらきの時代背景。当時の行基さんと行基集団に無関係のところは少なくとも畿内ではなかったと思料する。
奈良の文化遺産は、遺跡発掘の飛び跳びの事蹟ではなく、連綿と続いていることであり、世界に誇れる保存状態である。と東大寺狭川別当が述べておられたのが印象的でした。

今こそ衆生のために資すという行基菩薩の行いの基や思想を学びなおす時代であろう」と感じたシンポジュームでした。
行基大感謝祭実行委員会集団に属させていただき、大きな糧を頂きました。
皆さま本当にありがとうございました。                     了

 

2021年9月29日 (水)

狭山池と狭山池博物館へ

行基さんゆかりの狭山池に行きました。

P1130638

P1130631

P1130632

P1130633

そして、すぐそばの狭山池博物館を見学。無料でした。

P1130644

建築家、安藤忠雄氏の設計。有名な滝(上から)

P1130645

P1130639

狭山池の改修のときに、剥ぎ取られた、大きな堤です。

高さ15m、幅60m、の堤の断面が移築展示されています。大きくて驚きました。

P1130647

行基さん、重源さんなどが改修されたとのことです。

河内湖の図。付け替えられた大和川の新旧もわかります。

P1130648

狭山池博物館のホームページです

⇒https://sayamaikehaku.osakasayama.osaka.jp/

 

2021年9月27日 (月)

行基さん生誕の地 家原寺へ

堺市の行基さん生誕の地である、家原寺(えばらじ)を訪ねました。

文殊菩薩を祀る本堂

P1130609

行基菩薩誕生塚と石碑に書かれています。

P1130604

行基堂

P1130607

P1130608

Img820

広い境内はいま整備中とのことです。知恵の文殊さんをお祀りしてあることから、合格祈願など書かれた白いハンカチが本堂の壁にたくさん

掲げられていました。

Img822

堺観光ガイドです⇒https://www.sakai-tcb.or.jp/spot/detail/35

奈良時代の高僧・行基が生まれた所で「知恵の文殊さん」として知られています。入学試験のシーズンになるとたくさんの人々がお参りに来て、本堂の壁や柱が「合格・昇運・祈願」と書かれたハンカチで埋めつくされます。毎年1月最終日曜日の「大とんど」は有名で、勢いよく天に向かう高さ5mもの巨大な炎に無病息災を祈願します。

所在地
堺市西区家原寺町1丁8-20

アクセス
JR阪和線「津久野駅」下車、南海バス「文珠前バス停」下車

料金
拝観料:200円

営業時間
拝観時間:9:00~17:00

お問い合わせ
施設名
家原寺

電話番号 072-271-1505
URL
http://www.chiemonjyuebaraji.jp/

 

 

2021年9月25日 (土)

大野寺の土塔へ

行基さんゆかりの堺市の大野寺を訪ねました。お寺は閉門していましたが、すぐ近くの土塔を拝見できました。

P1130598

P1130600

P1130584

P1130573

P1130597

一辺が53.1m。高さ8.6m。十二層まで復元されています。

半分が瓦を使って復元、半分は草が生えています。

P1130569

すぐ隣は瓦を焼いた窯あとがあったということで、現在は広々とした公園になっています。


P1130593

奈良時代の僧行基が建立したとされる大野寺の仏塔。発掘調査によると土を盛り上げた一辺53.1m、高さ8.6m以上の十三重の塔で、各層には瓦が葺かれていたようです。平成21年4月復元整備によって創建当時の姿が再現されました。

堺観光ガイドより。⇒https://www.sakai-tcb.or.jp/spot/detail/26

土塔は、堺出身の奈良時代の僧、行基が建立したとされる四十九院のひとつ大野寺の仏塔です。平安時代の「行基年譜」には神亀4年(727年)の起工とあり、鎌倉時代の「行基菩薩行状絵伝」にも、本堂・門とともに「十三重土塔」と記された塔が描かれています。
発掘調査によって土を盛り上げた一辺53.1m、高さ8.6m以上の十三重の塔で、各層には瓦が葺かれていたことがわかりました。また、「行基年譜」と同じ「神亀四年」と記された軒丸瓦も出土しています。現在の姿は全体を盛土で保護し、十二層まで復元したものです。
全面に約60,000枚もの瓦が葺かれ、各層の垂直面にも瓦を立てて風雨による盛土の崩壊を防いでいたようです。文字を記した瓦が1,300点出土、大半は人名で行基と共に土塔を建立した知識と呼ばれる人々の名と考えられ、男女を問わず僧尼や氏族の名前も見られます。
土塔から北西約160mには土塔に使われた瓦の窯跡が2基見つかっています。約460m北方には行基が天平13年(741年)以前に造った薦江池(こもえいけ)ではないかと考えられる菰池(こもいけ)というため池もあります。
非常に貴重な遺跡のため昭和28年(1953年)国の史跡に指定、全国的にも古代の文字資料がこれだけまとまって出土する遺跡は珍しいといえます。
平成21年4月復元整備によって創建当時の姿が再現され、同時に立体模型や土層の断面展示、発掘調査の状況を再現したコーナーもできました。

 

所在地
大阪府堺市中区土塔町2143-1

 

アクセス
泉北高速鉄道「深井駅」より南海バス「堺東駅前」行き乗車「深井東町バス停」下車すぐ、または徒歩約1.1㎞
南海高野線「堺東駅」より南海バス「深井駅」行き乗車「深井東町バス停」下車すぐ

 

奈良市高畑町の頭塔

カンボジアのアンコールワット、

インドネシアのジョグジャカルタのボロブドゥール、そしてブランバナン寺院

を訪ねたことを思い出しました。

 

2021年9月13日 (月)

泉橋寺

行基建立の四十九院のひとつ、木津川市の泉橋寺です。国道24号線の泉大橋を北へ渡ってすぐ川の土手を西へ。すぐ近くにありました。門前の大きな地蔵さんです。

P1130520

P1130518

P1130524

P1130522

Cimg3181

Cimg3193

木津川市の案内のホームページです⇒https://www.city.kizugawa.lg.jp/index.cfm/8,28755,36,421,html

2022年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31