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2020年10月27日 (火)

『フン虫に夢中』本とお話

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先日、啓林堂での「フン虫に夢中」のならまち糞虫館の館長の中村圭一さんのお話を聞いてきました。

中村圭一さんとはいままですれ違いで今回初めてお会いすることが出来、すこしお話もできました。

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そして本を買ってきました。『フン虫に夢中』くもん出版発行。1400円+税です。

書かれた作者の「いどき えり」さんも東京から来ておられ、お話できました。

本のもくじは

まえがき

第1章 フン虫入門

第2章 生き物好きのけいちゃん

第3章 運命の出会い

第4章 フン虫にハマる

第5章 分かれ道

第6章 フン虫へのかわらない情熱

第7章 ならまち糞虫館、ついにオープン

(解説)ゴールではなく、スタートライン   中村館長

(糞虫館のオープンは、ぼくの中ではゴールではなかった。スタートラインにすぎないから、これからどうなっていくかわからない。今、この本を読んでいる君たち、次世代の糞虫好きとともに考えていきたいと思っている。みんな、よろしく)

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お話はスライドを使いながら1時間ほどありました。

鹿の1回のフン×回数×1300頭分となると、奈良公園で1日1000キログラム、1トンほどになる。

そのフンをフン虫は食料として処理している。もし奈良公園にフン虫がいなかったら、たいへんことになっている。

フン虫の役割は大きい。

中学の頃からフン虫に友達と共にハマったということでした。高校の時には先生のOKをもらって奈良公園にテントを張って鹿の糞のかたまりを作って大きなフンにやってくるフン虫を24時間観察したとのことでした。(その研究は学園祭などで発表、その後日本学生科学賞にも発表し、奈良県知事賞をもらったそうです、これは本に書いてありました)

フン虫は奈良公園に50種類ほどいるそうですが、2ミリくらいの小さなものもいるということです。

スライドでは、大きく映っていてすぐにも見つけられそうですが、2ミリとはかなり小さく思います。

(京都大学のあと就職)東京に出て、フン虫を虫屋さんでみつけ集め出したそうです。本によると海外出張や旅行でもフン虫を集めたとのことです。

50才のころ仕事をやめ、好きなフン虫の博物館をつくろうとして東京から奈良に帰ろうと決めたとのことです。

ならまち糞虫館をオープンするのにかなり苦労されたようですが、2018年7月8日ついにオープン。

中学高校の友人でデザイナーの方に、ならまち糞虫館を宝石を見るような美しさで、集中してみる展示を提案され作られたそうです。

実際に行ってみると、たしかに美しい内装の糞虫館に美しく宝石のようにいろいろなフン虫は展示されています。

中村さんは中小企業診断士として平日は仕事をして、土日の午後、ならまち糞虫館を開館されているということです。(奈良市南城戸町28-12)

この日、お話のあと、奈良公園へフン虫を探しに中村さんと、聞かれていた子どもたちは行かれました。

中村圭一さんは「むしむしブログ」というブログをされています→http://insect.nakamura.business/

2018年8月、ならまち糞虫館、オープン早々に訪問した鹿鳴人のつぶやきです→

 

2020年8月31日 (月)

保山さんの上映会、増田優子さんのレポート

8月29日に行われた「桜咲く」音楽と保山さんの映像上映会のレポートを、奈良まほろばソムリエの会の広報グループでご一緒の増田優子さんにレポートをお願いしていましたら、すばらしいレポートが届きましたので紹介します。増田優子さんありがとうございました。

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保山耕一さん上映会「桜咲く」レポート  増田優子    2020.8.30                         

 

令和2年8月29日(土)奈良市三条通りEVANS CASTLE HALL で、保山耕一さんの上映会「桜咲く」が開催されました。

 

保山さんは、コロナ禍の影響でずっと延期していた川上ミネさんのグランドピアノ生演奏や音楽家、アーティスト達とのコラボの夢をかなえてくれました。
今回は定員200席の72席を使用「やまとの季節 七十二候」に合わせての72という数字!

 

まずは清水真貴さんの気持ち引き締まる拍子木で、始まり始まり~です。

 

まず目に飛び込んできたのが吉野山の桜、流れてきた曲♪は「ふるさと」
続いて大和三山の桜、興福寺の桜、春日大社の桜、又兵衛桜・・・
(あ~奈良ってこれほどまでに桜がきれいだった?またまた再発見!もっともっと桜をよく見なくちゃ!)

 

桜吹雪、花びらひらひら舞い上がり舞い落ちて、最後の一枚が散っていく・・・と思うと、今度は花びらで埋め尽くされた水面。

 

そして半年ぶりの演奏で「奉納演奏と同じ気持ちでやりました」という浅野重兵衛さんの太鼓。魂に響き、おなかの底に響くその音は迫力満点!

 

そんな和太鼓の演奏と桜の映像の中で、書家・桃蹊さんのパフォーマンス!
三日間、磨(す)り続けたというバケツに2リットルの墨で観客の目の前で書いた一本の「桜」という字。筆だって、そんじょそこらの筆じゃない太~い太~い筆。

 

こんなに力強く、たくましい「桜」という字を見たことがない!
大地にしっかりと根をはって、天の神様に「見てください、こんなに見事に咲いています」とでも言わんばかりの「桜」という字!

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そして、野上朝生さんのピアノ「包みゆく光のなかで」
保山さんの桜の映像を大型スクリーンでたっぷりと見ることができて、野上さんの演奏を生で聴けるこの贅沢なひととき!

 

また、ピアニストのすみかおりさんは、「光の中へ」
すみさんは、重度の障がい者の方や老人ホームで音楽療法を続けておられるという。
こちらは保山さんの御所市橋本院の桜の映像とともに演奏。
自然な田舎の景色、鴬の鳴き声、ラッパスイセン、そしてここでもやはり見事な桜。
花びらの中にちっちゃなモリアオガエル(あっ!飛んだ!カエル飛んだ!)
桜と青空と雲・・・(あ~癒される、やっぱり大画面と生演奏の迫力は違う!)

 

次に登場されたのは、二胡奏者の木塲孝志さん。「HIKA」飛花
野上さんのピアノとともに保山さんの大和三山の映像が映し出されます。
見れば見るほど、奈良の魅力は懐が深い。
二胡の響きがなんと心地の良いことか。
(もう会場は、うっとりとした雰囲気に包まれていました)

 

 

そして、ついに川上ミネさんが登場!
すごい‼保山さんの撮った桜の花びらの舞いと息がピタリと合っている!!

 

(川上ミネさんの繊細な指の動きとしなやかな手首がよく見える席だったので)
花びらが躍る!躍る!川上ミネさんの指と手がピアノの上で踊る!躍る!
体全体がピアノの音色と保山さんの映像と一体化して、もう神がかり‼

 

そして最後は夕焼け。
保山さんの撮った沈みゆく夕日に最後の最後まで寄り添う川上ミネさんの演奏。
(素敵なお二人のコラボ、すごすぎます!! 息をするのさえ忘れるほど)

 

川上ミネさんがお話をしてくれました。
「2月からスペインに帰れず、ピアノの中で世界旅行をしています。
半年ぶりにピアノを弾くことになりました。今日は一日目」
「保山さんが映したひとつひとつの輝きや色彩を私はピアノで音で作りました」と。

 

NHK「やまとの季節 七十二候」の番組で2分ほどの曲をこの日は6分ほど演奏してくれました。司会のならどっとFMの中川直子局長が「ここで川上ミネさんにも皆さんと一緒に見ていただきたい映像があるんです」とおっしゃって映し出された映像が・・・

 

吉野金峯山寺の護摩焚き法要「とも祈り」
家族・友人・他人を祈る燈花会、祈りの灯、春日大社の祝詞、興福寺・東大寺の声明
(まるでその場にいるように心が浄化されていきました)

 

今回テレビ番組の最後で、春日大社林檎の庭にグランドピアノを搬入し奉納演奏をされた川上ミネさんは「自分の中の祈りって何だろう。世界の人が平和で健康で希望をもって生きられるように私の小さな力で何かできないかって、最後に私の中でみつかった祈りの響きの曲」とおっしゃって、

 

「具体的に何かをお願いするというより、自然の中で、むしろそこにある空気、風、水がそこに溶けて自分の姿が消えるそんな瞬間を曲にしよう」と。

 

この曲に「水」と名付けた川上ミネさん、奉納演奏中に雨が降ってきて・・・
「もの凄い雨が降ってきて、もしかして雨が春日の神様と自分をつなげてくれたのかなと弾いてて思って、(あとで)花山院宮司さまに聞いたら、『竜神様はきっとこの響きを聞いて下さったのでは』とおっしゃって下さったのが嬉しかった」と。

 

「『ファ」の音、一人一人にメロディがあるようにピアノの鍵盤には88個の音があって、色彩があってそれがすごく楽しくて。
春日大社で流れている水は、透明で清らかなこの『ファ」の音。
保山さんに『春日大社では至る所に水を感じる』と教えてもらったんです。」

 

「霧になって、もっとすると雲になって、今度は虹と一緒に対話をして、時には豪雨になって・・・。たくさんの水を低い所に運び、春になれば水は桜の花びらを運び、秋になれば落ち葉を運び・・・。たぶんすべてがこの水に溶けて、私には人だけでなく葉っぱも蛙も虹も溶けて一つになるのかなという思いがあって」と話して下さいました。
(そうか、だから保山さんの映像とピタリと合うんだ!ただただ感動)

 

観客に「ここにいるすべての人に、この後も元気で笑っていけるように」と、「祈りのピアノ『水』春日大社南門のしだれ桜」を保山さんの映像とともに披露して下さいました。

 

そして、川上ミネさんはスーッと退場されて、今度は長谷寺の大きな十一面観音様と境内いっぱいに舞う花びら、五重塔の周りを舞う花びら。最後に巡り巡って阿弥陀様の所へたどり着くような映像(会場には涙される人も)を川上ミネさんのピアノをBGMに届けてくれました。「世界に平和な日常が戻りますように」と。

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最後に出演者全員がステージに。そして保山さん登場!
「私はなんて幸せなんでしょう。素晴らしい観客の方々、頼もしい上映会スタッフに助けられて、才能あふれる共演の方々に恵まれてこれ以上の幸せがあるでしょうか。本当に皆様ありがとうございます!」
「私は今皆さんのこと祈っています。お世話になっている皆さんがいるから、社会の中で皆さんとつながっていられるから、と感謝しています。コロナ禍でたいへんだったんです。でもここにいるミュージシャンの方々はもっとたいへんだったんです。でもやっとここまでたどり着いて、皆さんの心の奥に何か温かいものが伝わったらなと、いろいろこだわって」と、こみあげてくる想いを語り始めてくれました。

 

「自分がこれでやっていくと決めた職業・役割がなくなって、将来の夢も持てない中で、アーティスト達、僕の大切な愛する人たちに何ができるかと自問自答していました。DVD作って、支援もして、でも僕がここのアーティストに届けたかったのが『生(なま)の拍手』なんです。やっぱり心が折れそうになるんです。でもそんな時に、生で!観客の方の温かい拍手で包まれたなら、それが僕のエールになると思って。一緒にガンバレ!頑張ろう‼そう思って今回企画しました。」
「何度も拍手に包まれるたびに、僕は泣きそうになっていました。」と。
保山さんは繰り返し繰り返し、「一番届けたかったのが皆さんの拍手なんです。今日はその想いがかなって本当にありがとうございました」と涙をこらえておっしゃっていました。

 

そして、最後に「春日大社・花山院弘匡宮司からです」と保山さんが川上ミネさんに花束を渡されました。ステージにそろわれた出演者の皆さんは、観客の記念撮影に応え、会場いっぱいに温かい拍手が響き渡る中終了しました。
(保山さん、出演者の皆様、スタッフの皆様こちらこそありがとうございました‼)
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2020年8月10日 (月)

ユニクロ 柳井正氏

毎日新聞8月9日、朝刊にユニクロ柳井正氏の長文の記事が載っていました。私もコロナの話を専門家の友人にこの間よく聞いています。

柳井正氏の記事がよく現状の問題点を捉えていると思います。

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で、上記では読めないと思いますので、毎日新聞の有料デジタル版から以下紹介させていただきます。

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2020年7月26日 (日)

8月3日オンライン講義「不比等ときたまち」

コロナ禍ではやりだしたのがオンライン会議でありオンライン講義です。ZOOMというソフトでわたしもときどき参加できるようになりました。

コロナ禍によるプラス面です。オンライン講義も有料が普通になってきました。

奈良好きが高じて東京から奈良に来られ、すっかり有名な生駒あさみさんからの紹介です。

「8月3日(不比等命日)に平安時代の摂関家藤原氏の先祖である藤原不比等という存在と、不比等ときたまちの関わりについてを前川先生にお話頂きますーーー!!!
平安時代の奈良きたまちのこと、皆さん知ろう!というわけできたまちの皆様、ぜひご参加ください。オンライン講座です!

今夏、逝去から1300年を迎える藤原不比等。不比等は遺言により佐保山「椎岡(ならおか)」に火葬され葬られました。現在、鴻池の南に藤原不比等の墓と伝わる東西淡海公墓があります。そのふもとに広がる奈良きたまち.....」とのことです。

8月3日(月)19時から20時30分

講師は奈良女子大教授の前川佳代先生

税込 1,600円

詳しくは、申し込みのHPをご覧ください→

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(写真は鴻池の藤原不比等顕彰碑)hpより拝借

2020年7月20日 (月)

児玉龍彦東大名誉教授

7月16日、参院予算委員会の閉会中審査で答弁した参考人の児玉龍彦・東京大名誉教授が注目されています。

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(写真はご本人提供の毎日新聞から拝借)

プロフィール

児玉 龍彦(こだま たつひこ)1953年(昭和28年)東京都生まれ。77年、東京大学医学部卒。東大先端科学技術研究センター名誉教授。専門は、分子生物学、内科学。現在、同センターでがん・代謝プロジェクトのリーダーを務める。著書に「内部被曝の真実」など。

以前に児玉龍彦教授に直接インタビューした友人のMさんから6月30日付の毎日新聞の記事を紹介いただきました。

なるほどと思いますので以下紹介します。

日本の対策「失敗」

第2波へ検査拡充せよ。

コロナの実態把握訴え

健康診断の活用提案

児玉龍彦教授の毎日新聞の記事→

あるいは

https://globalethics.wordpress.com/2020/07/01/%e5%85%90%e7%8e%89%e9%be%8d%e5%bd%a6%e6%9d%b1%e5%a4%a7%e5%90%8d%e8%aa%89%e6%95%99%e6%8e%88%e3%80%80%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e5%af%be%e7%ad%96%e3%80%8c%e5%a4%b1%e6%95%97%e3%80%8d%e3%80%80%e7%ac%ac/

 

 

2020年6月 1日 (月)

6月1日、ホテル尾花 スタート

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6月1日からサンルート奈良が、ホテル尾花として再スタートということです。ちょうど今年が前身の尾花座ができて100年。その後ホテルサンルート奈良として40年、ちょうど契約がきれることから、かつての尾花座の名を使って、「ホテル尾花」となるそうです。

落語の桂米朝さんの字になる、「われらが尾花座ここにありき」の石碑も玄関に飾られ続けています。われわれが子どもの頃から、主に松竹系の映画がよく上映されていてよく見に行きました。最近の日本映画「カツベン」も尾花座がモデルでした。

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ちょうど毎日新聞が伝えています。中野聖子(さとこ)社長さんです。なら燈花会の委員長もされたり、なら国際映画祭の理事長

もされている奈良のリーダーです。ますますのご活躍を祈念申し上げます。

会長のお父様、中野重宏会長様もお母様の道子さまもおふたりお元気です。これからもよろしくお願いします。

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大正の映画館、名称復活 サンルート「ホテル尾花」に 奈良 /奈良

施設名をかつての「尾花」の名に改称した中野聖子さん=奈良市高畑町で2020年5月28日午後1時57分、稲生陽撮影

 かつて奈良市中心部の「ならまち」にあった映画館「尾花劇場」の跡地に建つ「ホテルサンルート奈良」(同市高畑町)が6月1日、「ホテル尾花」に改称し、施設の一部をリニューアルする。今年は同劇場の開業から丸100年にあたり、前身の芝居小屋時代から使っていた「尾花」の名を再び冠することにした。創業者のひ孫で、同ホテルの中野聖子(さとこ)社長(51)は「原点に戻り、地域との結びつきをより強めたい」と話している。
 明治期に歌舞伎などを公演した芝居小屋「尾花座」を中野さんの曽祖父が買い取り、1920(大正9)年に映画館として開業。テレビの普及など時代の流れとともに施設維持が難しくなり、81年、同地に建物を新築しホテルに生まれ変わった。「尾花」の名は、近くの尾花谷川から取ったという説のほか、小屋を作った人物の娘の名「おはな」にちなむとの説もある。ホテルには今も当時の興行成功を記念した「奉献額」が残り、中野さんが「なら国際映画祭実行委員会」の理事長を務めるなど、ホテルとなってからも映画の普及に力を入れてきた。
7月に作品上映
 今回は劇場としてスタートしてから丸100年の節目を迎えるとともに、サンルートホテルチェーンとの契約が切れることから改名を決意。看板を掛け替え、1階会議室に可動式大型スクリーンを設置し、映画の上映会も開けるようにした。7月下旬には「尾花座復活上映会」と称して、同劇場がモデルとなった「カツベン!」(2019年)や県内が舞台のシーンがある「麦秋」(1951年)などの作品を上映予定だ。 

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くわしくはHPをご覧下さい→https://obana.nara.jp

そして

奈良の人が奈良の宿泊施設に泊るキャンペーンが始まっています。ホテル尾花さんが先頭をきって進められています。

昨年わたしも奈良に泊りました。そのときのことを詠んだ短歌が全国版の『ロータリーの友』のロータリー歌壇(4月号)に初投稿初入選しました。佐佐木幸綱先生選。

 

旧き友とひさびさの奈良の合宿をわれも楽しむ旅人として   松森重博

 

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(評)昔からの長いつきあいの仲間と、年に一度くらい、日本各地で、何泊かの合宿をつづけておられるのだろうと思います。地元・奈良での合宿だけれど、皆に合わせて、旅人気分を味わっている、というのです。日本文学史で「旅人」は独特のイメージとニュアンスを持ってきました。西行、芭蕉、若山牧水、種田山頭火・・・。    この作者もそんな文学史の一端に連なる思いなのでしょう。

 

 

 

2020年5月27日 (水)

奈良大学教授 万葉学者 上野誠先生

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コロナ禍のなか、疫病について、万葉集の時代を振り返って、奈良大学教授で万葉学者の上野誠先生のインタビュー記事 ああ言えばこう聞くが、読売新聞5月26日の夕刊に半ページをつかって大きく載っていました。

天平と令和 重なる思い

今こそ読みたい「万葉集」

令和と名づけられたのは今となれば時代の必然であった

万葉集の鬼病

・壱岐島に至りて、雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)の忽ちに鬼病に遭ひて死去りし(巻15)

・世の中は常かくのみと別れぬる君にやもとな我が恋ひ行かむ

※雪連宅万、遣新羅使の一員。鬼病はおそらく天然痘。

〇コロナ禍では人の命と同時に、暮らしをいかに守るかが問われていますがその構造は1300年前と変わっていないようです

〇離別の歌

・君が行く海辺の宿に霧立たば我が立ち嘆く息と知りませ

・うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば  大伴家持 753年

〇言葉

・新しき年の始めの初春の今日降る雪のいや重け𠮷事

雪が降り積もるように、万葉集に歌を寄せたすべての人によいことが永く積み重なるようにとの祝福歌です。

万葉とは万の言の葉であり、万世、永遠でもあるのです。

言祝ぎで大切なのは日本語の美しさです。ガミガミいがみ合うような日本語では、いい世の中になりません。

・磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ

という柿本人麻呂歌集歌にあるように、言葉の魂に国が助けられるには、いい言葉を使わねば。法律も言葉、人を生かすも殺すも言葉なのですから。

 

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画像をクリックすると拡大します。

2020年4月29日 (水)

動画、流通業界のコロナ対策

旧知のビジネスコンサルタント、得平 司さんが流通業界のコロナ対策を
youtubeに15分の動画で配信されています。
とてもわかりやすく、参考になると思いますのでぜひご覧下さい。

https://youtu.be/nvhkEwbLXG0?t=6

 

2020年4月23日 (木)

藤原辰史著『パンデミックを生きる指針ーー歴史研究のアプローチ』

知り合いの知り合いから紹介を受けました。A4版で8ページほど。読書時間は22分とあります。

なるほどと思いましたので紹介します。

 

藤原辰史著『パンデミックを生きる指針ーー歴史研究のアプローチ』

https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic

目次

1,起こりうる事態を冷徹に考える

2,国家に希望を託せるか

3,家庭に希望を託せるか

4,スペイン風邪と新型コロナウィルス

5,スペイン風邪の教訓

6,クリオの審判


元の「B面の岩波新書」に載っているのは、以下のホームページです。

https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic

 

(京都のNさんからの紹介メールの抜粋です。Nさんありがとうございました。)
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知人からもらった情報の転送です。

 

岩波書店には、「B面の岩波新書」というホームページがあります。
岩波新書の著者が、著書に関して、現在考えていることを書くページです。

 

そこに、藤原辰史氏(京大人文研准教授)が書かれた文章です。 4月2日です。
パンデミックをどう生きたらよいか、歴史研究者の視点で、今の日本、そして世界の状況を踏まえて、書かれています。
なかなか、深く考えておられ、う、う~ん、と受け止めました。

 

藤原辰史氏は、『給食の歴史』という新書を書かれました。 2018年です。
僕は読んでいませんが、評判を呼んでいます。
朝日や赤旗新聞にも書評が載ったようですが、記憶していません。
つい最近、どこかの書評誌に、自作の紹介をされており、なかなかの文書で、こんな書き手がいたのかと新鮮に思ったのですが、その時はそれ以上は追いかけませんでした。

 

藤原辰史氏は、島根県の横田高校の出身です。
田舎の高校ですから、そこから京大に入るのは大変だったと思われます。

 

1976年の生まれですから、44歳です。
京大では、総合人間学部で国際文化を勉強し、以後、人文研で研究しながら、農業分野の歴史に関する著作を重ねれておられます。
農業史というより、農業技術発展を切り口とした文明史です。
ウィキペディアで経歴は調べられます。

 

元々の、「B面の岩波新書」に載っているのは、以下のホームページです。
引用著作にリンクが貼られていますので、親切です。
また、「B面の岩波新書」に関する、広い情報も得られます。
  https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic

 

どちらからでもお入りください。

 

 

2020年4月22日 (水)

災害を想定した店舗づくりを

震災、台風、風水害や今回のコロナウィルスも大きくは災害と考えられます。4月21日の日経新聞に旧知のビジネスコンサルタントの得平 司さんの私見卓見の記事が出ていました。そういう災害に供えた流通業の店舗作りついて端的に書かれています。企業の倫理性の重要さを強調されています。

 

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災害想定した店舗作りを クロス社長 得平司
1042文字
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日本列島は台風や地震など災害の多い地域といえる。
我が社がコンサルティングで関わる、流通業界などはどのように対応していくべきだろうか。

まず災害を想定した顧客への啓発活動が重要だ。店舗が平時から「災害対策コーナー」を設け、来店客が備蓄をするようになれば、災害時の対応も早くなる。2019年の台風では一部地域の家電量販店で電池や懐中電灯、スーパーマーケットでカップ麺や水などが売り切れた。
インターネット通販の企業もあまり在庫を持っていないケースが多い。備えがあれば、売り切れも少なくできるはずだ。敷地内に損害保険会社をテナントとして入れるなど、日常的に相談ができるようにもなれば良い。

第2に災害時における素早い開店と商品供給が挙げられる。困っている顧客に対して素早く商品を届けられることは地域貢献につながり、どんな広告よりも企業のブランド価値を高めるだろう。水害の起きた地域でのライフライン補完のためにブルーシートや簡易トイレ、太陽光発電池などを多く用意しておきたい。

スムーズな供給には、災害に強い店舗作りが欠かせない。陳列棚やスプリンクラーは耐震仕様にしておくべきだろう。
補給網の確保も重要だ。災害時に柔軟に対応する交通手段を、事前に運送会社と考える必要がある。大規模な災害時には復興需要が確実に生じる。住宅関連の工事業者とも事前に連携策を話し合っていれば、ホームセンターなども素早い対応がとれるようになる。

最後に、災害など危機発生時は、ビジネスチャンスと便乗値上げを間違えてはならない。新型コロナウイルスが猛威をふるい、日本でも患者が数多く出た。マスクを作っている企業の株価も上がったというが、インターネットでマスクの価格を調べてみると、メーカーの意図を離れた便乗値上げが出ていた。あるサイトでは5~15倍程度で販売されていたという。

もともと日本では商業道徳で、危機に便乗した値上げなどを戒めてきた。SDGs(持続可能な開発目標)に取り組む企業も多い現在、通販に関わるIT(情報技術)企業も倫理観を欠いた出店者を野放しにしてはいけない。 

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