美ビット見て歩き *126 福田平八郎展
毎月、奈良新聞で楽しみにしている、川嶌一穂さんの美ビット見て歩き*126です。大阪中之島美術館で開かれている福田平八郎展です。
美ビット見て歩き 私の美術ノート *126 川嶌一穂
大阪中之島美術館「没後50年 福田平八郎」展
写真 本展図録表紙カバー(『漣』全図の左3分の2にあたる部分図)
先月、用事があって帰寧するとき、大阪で「福田平八郎」展をやっていることを思い出して、そうだ!帰りに中之島に寄って、新大阪から帰れば、見られるじゃないか。
弾丸一泊旅行で、ひねり出した時間は1時間。地下鉄駅からの往復に20分かかるとして、会場にいられるのはわずか30分あまり。それでもいいや、と新幹線のチケットを買った。
がしかし、痛恨のミス!肥後橋駅で降りたのはいいが、「肥後橋北詰」に出ているのに気づかず、さらに北上して堂島川を渡ってから左折したのだ。これで15分使ってしまった。
コートを手に持ってようやく会場に着くと、平日にもかかわらず、チケット売り場に長蛇の列。いや、これは併設の「モネ連作の情景」展のだろう。と思いきや、この3往復ほど折れ曲がった長い列が、「平八郎」展のものだという。
あまりのショックに、わたしの白髪が天を衝いていたのだろう、案内の人が寄って来てくれて「スマホをお持ちでしたら、このQRコードからアクセスして、すぐにチケットを購入できますよ」という甘いささやき。それが何度やっても不調で、案内の人も首を傾げるばかり。非情にも、ここで「終了〜」のベルが頭の中で鳴った。図録だけ買って、すごすごと駅に戻った。
わたしは福田平八郎(明治25年<1892>―昭和49年<1974>)が好きだ。若いときから今に至るまで、ずっと好きだ。なかなかそういう存在はなくて、高校生のころ好きだった佐伯祐三はわりとすぐに熱が冷め、逆に中年を過ぎてから好きになった浦上玉堂は、若いころはまったく興味なかった。
すっきりとした画面構成。モダンな色使い。余計なものを削ぎ落としているが、冷たくはない。よく言われることで、作家自身も言っているが、自然を写し取っていながら、装飾的でもある。
こういう代表作はたいてい見ているつもりだったが、図録ではじめて目にした作品も多い。驚いたのは、「福田平八郎になる」までの、様式(スタイル)の模索だ。
第1章「手探りの時代」に、『驢(ろば)の図』(大正7年)や『曲芸の図』(大正前期)など、橋本関雪(明治16年―昭和20年)の作、と言われても違和感のないほど中国趣味の作品がある。
一方『桃と女』(大正5年)には、梶原緋佐子(明治29年―昭和63年)や岡本神草(明治26年―昭和8年)らの大正期のデロリとした女性像と共通する表現もある。
彼自身、この時期の制作をこう語っている。「絵を描く事が厭やで厭やで辛くて堪らぬ事がある。…夜十二時迄も一時迄も頭を痛めて描き渋った絵を、又翌日描き続けると云う事は、人生是れより辛い事は無いと云う気がする…」。実際、昭和3年、平八郎36歳の年に、医者から神経衰弱と診断されている。
この窮地から、平八郎はどうやって抜け出したのか。一つ大きな要素として、昭和6年頃からはじめた釣りがある。一時は「一年の三分の一は釣りで過ごした」と言うほど夢中になり、夜型の生活を改め、健康にも留意するようになった。
一年後に描かれたのが、『漣(さざなみ)』(重要文化財 昭和7年 絹本白金地着色 額装 156.6X185.8cm 大阪中之島美術館所蔵)である。平八郎は言う。「ウキをにらむ眼を水に移して見ますと、肌にも感ぜぬ微風に水は漣を立てて美しい動きを見せることに気がつきました。これを描いて見ようとその瞬間に思いました。」
私は3、40年前、鳥見(バード・ウォッチング)に夢中になったことがある。冬は望遠鏡を担いで、北から渡ってきた水鳥を見に湖や川に行くのだが、光線の具合で、鳥よりも水の輝きに目を奪われることがある。とくに午後3時を過ぎた頃の陽の光を浴びた水面の動きはとても美しい。
『漣』は、わたしの見た「さざなみ」よりは、近く、上から見る釣り人の視点から描かれた構図である。画面左の手前から向こうへとそよ風が吹き、動く水が光を浴びてきらめいている。銀地に群青一色で描いた抽象画であり、自然の一瞬を切り取った写生画でもある。平八郎は、ようやく長いトンネルを抜けた。
会場後半の第3章「鮮やかな転換」、第4章「新たな造形表現への挑戦」、第5章「自由で豊かな美の世界へ」に、私たちがこうだと思い描く「平八郎作品」が並ぶ。美しいが、物珍しく、凝った美ではない。花菖蒲や柿、竹、梅、蛤、鮎など、ごく身近で目にする題材が、装飾的に描かれる。それでいて、鮎のぬめっとした表面や、孟宗竹のちょっと粉を吹いたような肌、長十郎梨のゴツゴツとした皮などが、まざまざと思い出されるリアルさである。
今回の平八郎展で特筆すべきは、これまでほとんど見たことのない素描・下絵、写生帖の充実である。軽やかに出来上がったとしか見えない本画へ至る、地道な写生や習作の集積であるが、驚くべき完成度だ。
亡くなって50年も経つ作家による作品とは思えない清新な展覧会である。図録裏表紙のカバーは、写生帖から。さざ波の下に何があるかは見てのお楽しみ。ぜひ会場でお確かめ下さい。
=次回は5月10日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。
メモ 大阪中之島美術館4階展示室 大阪市北区中之島4−3−1。電話06(4301)7285。https://nakka-art.jp 。大阪メトロ四つ橋線肥後橋駅(4番出口)より西へ徒歩10分。会期は5月6日(月・休)まで。 ○『漣』は作品保護のため現在展示休止中。4月24日(水)から再開し、最終日まで展示。 ○チケットは、本館2階チケットカウンターおよび、右HPのチケットサイト(クレジットカードのみ)か、またはローソン・Loppi(Lコード54833)で購入可能。
○大阪展の後、平八郎郷里の大分市にある大分県立美術館に巡回。会期は5月18日(土)〜7月15日(月・祝)。
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