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2023年10月15日 (日)

美ビット見て歩き ※121

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毎月、奈良新聞で楽しみにしている、川嶌一穂さんの美ビット見て歩き※121は京都の龍谷ミュージアム特別展「みちのくいとしい仏たち」です。文の中に、ちょうど先月末にお参りした天台寺のこともくわしく書かれています。

鹿鳴人のつぶやき⇒http://narabito.cocolog-nifty.com/blog/2023/10/post-412876.html

 

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *121 川嶌一穂

 

龍谷ミュージアム秋季特別展「みちのくいとしい仏たち」

 

写真 多聞天立像 江戸時代・寛政二年(一七九〇)頃 本覚寺(青森県今別町) 86.8cm 撮影 須藤弘敏

 

 「みちのくの仏」というと、何が思い浮かぶだろう。わたしは、藤原清衡の開いた奥州平泉中尊寺金色堂(岩手県平泉町)の諸像だ。金色堂に一歩足を踏み入れると、全身が金で覆われたたくさんの仏さまが文字通り眩しくて、直視できないほどだ。
 砂金によって莫大な富を築いた奥州藤原氏の平泉文化は周辺にもおよび、2年前に本欄で訪れた「白水阿弥陀堂」(福島県いわき市)も、東北に現存する貴重な阿弥陀堂である。
 藤原氏の栄華を象徴するこれらの仏像や寺院は、おそらく中央から仏師や大工を招いて造られたものだろう。もちろん、これらの仏さまは、テーマの異なる本展にはお出ましになっていない。

 ほかに東北には、まさに東北らしい仏さまがある。「一木造り」の仏である。木は乾燥させてから細工しても、どうしても干割れがおきる。しかもムクの木は重い。それを解決するために、平安後期の仏師・定朝が「寄木造り」を完成させてから、仏像の多彩な表現が可能となった。木彫の技法が大きく変化したのだ。

 それでも東北では、一木造りの仏が好まれた。今の私たちも、たとえば奈良豆比古神社(奈良市奈良阪町)境内に自生する樟の巨樹の下に立つと、その圧倒的な存在感に包まれて、神々しさを感じる。まさに御神木である。
木の神性を表現するには「一木造り」が適している。中でも、究極の仏、正確には神像が白山神社の「女神立像」(秋田県湯沢市)である。何と、女神像の足元にはケヤキの根っこが残されている。御神木から神が立ち現れたその瞬間を現した像だ。本展にはいらしてないので、ぜひネットなどでご覧下さい。

一昨年に亡くなった作家の瀬戸内寂聴さんが長年住職を務め、復興に尽力した天台寺(岩手県二戸市)に、寂聴さんの説法を聞きに、大勢の人が集まる映像をテレビで見た方も多いだろう。
岩手県の最北端、漆器で有名な浄法寺町に位置する天台寺は、奈良時代の草創とも伝わる古刹だ。本展の、大きな如来立像と伝吉祥天立像(二像とも平安時代・十一世紀)は、どちらも桂の一木造りである。
天台寺は、境内の桂の大木の根元から今も清水が湧く、平泉文化以前からの観音信仰の霊地だ。その「場」と「木」に対する土地の人々の信仰が、仏の形となった二像である。表情も、学年に一人は居たような庶民的なお顔で、身にまとう衣もごく簡素だ。
天台寺には、ほかにも素晴らしい仏さまがいらっしゃるが、すべて桂の木で彫られている。特筆すべきは御本尊・聖観音菩薩立像(平安時代・十一世紀)である。お顔と腕を除くほぼ全身にわざわざノミ跡を残して、「鉈(なた)彫り」風に美しく仕上げてある。霊木としての桂の木の姿をとどめたご本尊に、いつか必ず現地でお会いしたい。

会場は、これまでの美術展では出会ったことのない「いとしい」仏さま大集合だ。中には「いとしい」を通り越して「切ない」「いたわしい」作もある。
地方の民間に伝わった仏の作者としては珍しく名前の分かっている大工・右衛門四良(えもんしろう)作の多くの像もその例だ。
「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため…」という「賽の河原地蔵和讃」が聞こえてくるような「童子跪座像」(右衛門四良作・十八世紀後半・法蓮寺<青森県十和田市>)。像の底に丸みがあり、前後に揺れて、何度も鬼に謝るようになっている。何ともあわれだ。
写真の「多聞天立像」は、津軽半島の北端、もう目の前が津軽海峡という本覚寺の多聞天堂に伝わった。左手に宝塔を持ち、足元に邪鬼がいるので多聞天であることは確かだが、背中から頭上に舞い昇るのは龍神、横棒のついた花びらのような冠は閻魔大王、おまけに胸には大黒天を表す三つの宝珠が見える

 今年5月、青森県の岩木山登山道入口までタクシーに乗ったとき、そこここに残雪があって、そのことを言うと、運転手さんは一言「雪は魔物だぁ」と言われた。みちのくは、長い冬に苦しめられ、大きな自然災害に見舞われ、何度も中央から攻められてきた。造仏の儀軌(約束事)、そんな細かいことは言っていられないのだ。

 美しく表面を整えた像はない。小さくて、稚拙で、傷んだ作も多い。しかし帰り道に、忘れていた大切なことを思い出すような、そんな展覧会だ。

 

=次回は令和5年11月10日付(第2金曜日掲載)=
  ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ 龍谷ミュージアム 京都市下京区堀川通正面下る。電話=075(351)2500。京都駅から徒歩12分・西本願寺前。

https:// museum.ryukoku.ac.jp. 会期は11月19日(日)まで。月曜休館。

 秀吉の「奥州仕置き」については、安部龍太郎『冬を待つ城』(新潮文庫)が必読。
10月16日(月)付本紙に、本展招待券の「読者プレゼント」あり。ふるってご応募下さい。
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