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2023年9月10日 (日)

美ビット見て歩き ※120

1923年(大正12年)9月1日の関東大震災からことしはちょうど100年ということです。先日、NHKでは関東大震災の映像をカラー化して、場所の特定などをしながら、地震とその後の火災の広がりなどを生々しく伝えていました。

毎月、奈良新聞に書かれている川嶌一穂さんの美ビット見て歩きは、120回目を迎え、関東大震災の絵で伝える半蔵門ミュージアムの展覧会を紹介されています。

 

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *120 川嶌一穂

 

半蔵門ミュージアム「竪山南風《大震災実写図巻》と近代の画家」展

 

写真 宮武外骨「上野山王台の西郷隆盛銅像」『震災画報』(児玉千尋編『文豪たちの関東大震災』皓星社・2023年)より

 

 「関東大震災は、東京だけではなく横浜の被害もひどかった。閑院宮(かんいんのみや)さんのお姫(ひい)さんは、横浜のお宅でピアノの下敷きになって亡くならはった」。父親が閑院宮の侍医だった義母が、あるとき話してくれた。閑院宮を「最後まで京都に居てはった宮さん」と説明するのが、リアルで面白かった。

 調べると、閑院宮も明治10年には東京に移住しているので、大正初めに生まれた義母は、お屋敷に往診に行く父親の姿を実際には見ていないはずだが、京都寺町通り一保堂の隣にあった医院にお屋敷からお使いが来ると、斎戒沐浴して、全身白の袴姿で伺ったそうだ。

 また鎌倉市材木座に住む友人は、大震災発生の10分後に、界隈を4メートルの津波が襲ったという話を伝え聞いている。関東大震災はマグニチュード7・9だったから、津波が発生するのも考えてみれば不思議はないのだが、「関東大震災では、東京下町の火災による被害が大きかった」というイメージが強かったので、聞いたときは何か虚をつかれたような気がした。

 大正12(1923)年9月1日に発生した関東大震災から、今年はちょうど100年である。発生時間が昼食時だったため、火災が同時多発的に発生し、折からの強風にあおられて、東京市(当時)の約4割が焼失し、死者・行方不明者が10万人を超えるという未曽有の大惨事となった。
 このところ関東大震災100年を記念した行事や展覧会を目にすることが多かった中で、半蔵門ミュージアムで日本画家・竪山南風(かたやまなんぷう・明治20<1887>年〜昭和55<1980>年)の「大震災実写図巻」が展示されるというチラシを見つけた。南風のこの作品は知らなかったが、怖がりのわたしでも見られそうな絵だったので、まだまだ酷暑真っ盛りの8月終わりに出かけた。

15年前、鎌倉時代の仏師運慶の作と見られる「大日如来像」が、海外のオークションにかけられ、「すわ、海外流出か!」と危ぶまれたが、宗教教団・真如苑が落札し、国内にとどまることになったことがニュースになった。東京都千代田区にある半蔵門ミュージアムは、その大日如来像(重要文化財)を所蔵し、その他の仏教美術の所蔵品とともに、無料で一般公開する5年前にできた美術館である。
半蔵門は、徳川家家来・服部半蔵が警護を担ったところから名付けられた江戸城西端に位置する門であるが、桜の名所・千鳥ヶ淵や、英国大使館も近い都心の一等地である。前館長の西山厚さんは、奈良の方にはお馴染みだろう。

 震災の発生した9月1日は、再興第十回院展(岡倉天心が東京美術学校を辞職した後、横山大観、下村観山、菱田春草らと結成した美術団体)の初日で、横山大観の名作「生々流転」が出品され、注目された。横山大観に師事していた竪山南風は、初日に巣鴨の自宅から上野の会場に行き、帰宅して裸で縁側に座っているところを「突然に突きのめされるような激動」に襲われる。

 翌日も一帯は「まだ燃えつづいていて天を焦がしている」が、上野池の端にある大観の家が心配になって、電車が動いてないため二里の道を歩いて行った。大観は、「尻端折で一升ビンをぶら下げて見舞客にコップ酒を振る舞っていた」(竪山南風『想い出のままに』求龍堂・昭和57年)。大震災の翌日の豪快な大観の様子を伝えていて興味深いが、南風の「大震災実写図巻」は、まさにこの時に道筋で見聞きした体験が元になっているだろう。

 今回は、全31図のうちおよそ半分の、地震直後を描く上巻から「大地震」「大地欠裂」「列車顛覆」「凌雲閣飛散」「呪ノ火」「大紅蓮」、被災の混乱を描く中巻から「不安ノ一夜」「失望ト疲労」「市中ノ混雑」「貼札ヲ着タ銅像」、復興を描く下巻から「復興ノ曙光」「寂シキ月」「諸行無常」「大悲乃力」が出ていた。

 墨を基調として淡彩、時には濃彩を施し、確かな筆力で、実際に起きたことを淡々と描いた実写絵巻である。見る者は目を背けることなく見入り、深く内省に向かう。

 南風は図巻の「序」でこう語る。「吾この惨状を描かんと志して、筆渋りて動かざることしばしばなりき。然れども観世音の擁護によりて、ようやく一巻をなし終りぬ。願くは事実の惨を見ず、深く教訓のこもれるを察せられんことを」。
文中の「観世音」というのは、浅草寺の観音さまだと思われる。大震災の火災が四方から浅草寺に迫り、隣接する仲見世も全焼したのに、御本尊の観音像をはじめ主要なお堂は奇跡的に残った。南風は『実写図巻』の最後で「大悲乃力」と題した観音坐像を描いている。

中巻の「市中ノ混雑」は、人々が人の名を書いた板や旗を手に持って尋ね歩いている図。「貼札ヲ着タ銅像」は、上野の西郷像に貼られた尋ね人の札を描いたもの。ああ、人間は自分の身も危うい中で、大切な人を探して回るのだ、と胸が詰まった。

写真には、同じく大震災後の西郷像を描いた宮武外骨の「上野山王台の西郷隆盛銅像」を挙げた。宮武の画中説明文「尋ね人の貼紙数百枚 前例の無い悲痛な奇現象 歴史にも記録にも小説にも口碑にもない 哀れな共通的人情の発露」。

南風の「大震災実写図巻」については、メモに挙げた小学館版をご覧下さい。

 

=次回は令和5年10月13日付(第2金曜日掲載)=
  ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ 半蔵門ミュージアム 東京都千代田区一番町25。電話=03(3263)1752。東京メトロ半蔵門線「半蔵門駅」下車すぐ。https://www.hanzomonmuseum.jp. 会期は11月5日(日)まで。毎週月曜日・火曜日休館。「大日如来坐像」の常設展示あり。
竪山南風『大震災実写図巻』真如苑蔵。大正14(1925)年。紙本着色。巻子装三巻。縦各46.5cmx903cm、984cm、859cm。(飯島勇『現代日本絵巻全集13川端龍子・竪山南風』小学館・昭和59年)。
児玉千尋編『文豪たちの関東大震災』皓星社・2023年。

 

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