
「保山耕一氏の映像は奈良の宝、作品上映会の存続を願う」という
勢古 浩爾(評論家、エッセイスト)さんの文に出会いましたので、転載させていただきます。
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勢古 浩爾:評論家、エッセイスト
保山耕一氏の映像は奈良の宝、作品上映会の存続を願う
5/17(水) 11:02配信
JBpress
保山耕一氏のYouTube映像「奈良、時の雫」シリーズ「カザグルマ(大宇陀)」(2023/5/11)から
(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)
保山耕一(ほざんこういち)氏は奈良県生駒市在住の、日本ではトップクラスの映像カメラマンである。かれの作品上映会の存続が、いま危ぶまれている。まだ決定したわけではないが、奈良県の意向により、ほぼ打ち切りになるらしいというのである。
静謐で美しい…保山耕一「奈良、時の雫」
保山氏については、本欄でこれまでに2回ほど触れた。
静謐で美しい…保山耕一「奈良、時の雫」
「奈良を撮り続ける」絶望と希望のあいだで揺らぐ保山耕一氏の悲痛な覚悟
かれは長年にわたり、YouTubeに「奈良、時の雫」というシリーズの映像(現在1300作品以上)を上げつづける傍ら、毎月第2日曜日に奈良公園バスターミナルのレクチャーホールで作品上映会を開催してきた。
直腸ガンによる排便障害に日々苦しみ、テレビ局の仕事も2022年3月に終わって無職となった保山氏にとって、毎月の上映会は最後の生きがいである。それが中止に追い込まれようとしている。
■ 「まったく報われないのに誹謗される」
「奈良、時の雫」シリーズに2023年5月12日にアップされた作品は「カザグルマ(大宇陀)」という映像だった。そこに付された保山氏の文章には、「奈良公園バスターミナルでの情報発信」が県の事業停止リストに含まれているらしい、と書かれていた。
その後、この文章は削除されているから、この文章からの直接の引用はやめるが、保山氏の大意はこういうことである。
事業停止リストに含まれていることから誹謗中傷のメールが届いている。しかし自分の上映会は県から補助金ももらっていないし税金も一切使ってない。
スタッフたちは入場料収入(大人3000円)から報酬を受け取っているが、保山氏本人は一度も受け取っていない。それどころか諸経費はすべて自分の自腹である。ちなみに「奈良、時の雫」のYouTubeも、まったく収益化していない。
元々バスターミナルで上映会が始まったのは、ホールの有効利用をするために奈良県から協力要請をされたことがはじまりである。奈良県のために自分が役に立てればという思いだけでやってきた。しかも現在では、観客の半数は県外からの客で、奈良県の宿泊にもつながっている。
しかしそのことがまったく報われない。それどころか、税金の無駄遣いだと誹謗され、まるで不要ゴミのように扱われている。
いったいなぜ、上映会は事業中止リストに入ることになったのか。
■ ハコモノ行政の見直しは山下知事の選挙公約だった
4月の奈良県知事選挙で、日本維新の会所属で元生駒市長の山下真氏(54歳)が、4期つづいた現職の奈良県知事・荒井正吾氏を破った。初の民間出身の新知事は就任早々、21事業予算の執行を一時停止した(総額約80億円)。そしてそのなかに「奈良公園バスターミナルのイベント実施」が入っていたのである。
前任の知事がこの4年間に完成させた大型ハコモノ事業は3つある。(1)奈良県コンベンションセンター(2020年4月オープン、228億円)、(2)なら歴史芸術文化村(2022年3月オープン、100億円)、(3)奈良公園バスターミナル(2019年オープン、45億円)である。そしてこのハコモノ行政の見直しは、山下真知事の選挙公約だったのである。
なかでも奈良公園バスターミナルに関しては、特別にこう書かれていた。このターミナルは「奈良公園周辺の渋滞緩和のために整備された」が、「使い勝手の悪さなどが指摘され、利用が低調」である。それゆえ「2021年(令和3年)度には、県の税金から1500万円の赤字補填がされています。見通しが甘かったのではないか、検証が必要です」。
予算の一時執行停止での、ほかの18事業のことはわからない。しかしこの3事業に関する限り、要するに金食い虫でしかないから、ということだろう。なんのメリットにもなっていない。ただただ県の負担になっている。
けれど予算削減決定ではなく一時停止である以上、3事業の存続の是非はこれから検討されるということになるのだろう。それにしても3事業のなかで一番規模の小さい奈良公園バスターミナルが、一番の槍玉に挙げられているように見えるのは解せない。奈良県立美術館はペイしているのか。
奈良公園バスターミナルレクチャーホールは全296席。利用者は無料で利用しているわけではない。9時~17時の8時間を利用する場合は4万3400円の料金を支払う。保山氏の上映会は、前日の夜間からも準備をするらしいから、これにプラスアルファ払っているはずである。要するに利用者にはなんの罪もないのだ。
■ 保山耕一氏の映像の一ファンとして上映会の継続を願う
わたしは奈良県民でもないのに、なにを県予算の使い方にぐだぐだいっているのか。わたしは保山耕一氏の映像に魅了されたただの一ファンにすぎない。保山氏とはなんのつながりもない。奈良についても、亡くなった母親が奈良出身というだけで、なんのつながりもない。奈良が好きでここ10年以上、毎年2回奈良旅行をしているだけである。
「身を切る改革」を標榜し、退職金は受け取らないと断言している山下真知事の政策決定の動機の公正さは、疑いようがない。もちろん県政は県全体のことを考えなければならない。個々の案件、それも全然ペイしない事業は再検討されてしかるべきである。
ではあるが、わたしは保山耕一氏の映像の一ファンとして、かれの上映会の会場がこの先も確保されることを願うものである。
保山氏が昨年の3月に職を失って、窮状を訴えたとき、単純に、氏のファン100人が投げ銭などではなく、映像の視聴代として毎月3000円を払えばいいではないかと考えた。しかし考えただけで、わたしが組織化することなどできない。わたしにできることは、自分一個の行動だけである。
わたしは無力である。しかし、保山氏が日々のつらい暮らしのなかで、一片の私利私欲もなく、純粋に「奈良の魅力を発信」している姿を見ていると、ただただ応援したくなるのだ。こういう人は現代にあって、稀有な存在ではないか。
5月14日、こういうニュースが報じられた。上皇ご夫妻が14日から京都・奈良を訪問するため東京を出発した。17日には奈良に行き、中宮寺と、予算一時停止中のあのハコモノ「なら歴史芸術文化村」を訪問する予定である。
とするなら、少なくともこの文化村を(少なくとも当面)つぶすわけにはいかないだろう。閉鎖することもできない。失業者を増やすわけにはいかない。であるからには、上皇ご夫妻の訪問という強力な後ろ盾はないが、奈良公園バスターミナル事業も延命の目があるのではないか。
■ 保山耕一氏の存在は奈良県民の誇りである
各県は県民名誉賞とか観光大使制度を採用し、PRに躍起である。
奈良県民栄誉賞を受賞した顔ぶれをみると、ロンドンオリンピックのボクシングで金メダルを獲った村田諒太選手、映画「殯(もがり)の森」でカンヌ映画祭グランプリを受賞した河瀨直美監督、オリンピック3連覇を成し遂げた柔道の野村忠宏選手、最近ではリオデジャネイロオリンピックの柔道で金メダルを獲得した大野将平選手、バドミントン女子ダブルスで金メダルを獲得した髙橋礼華選手らがいる。
いずれも功成り名を遂げた人物である。これらの有名人が受賞するのはけっこうなことだが、そういう人ばかりでなくてもいい。昨年、保山氏は県から「あしたの奈良」表彰を受けている。式典が行われたのはあの奈良県コンベンションセンターである。
わたしみたいな余所者がいうのもなんだが、保山耕一氏の存在は、奈良県民の誇りである。優に奈良県の名誉県民に値すると思う。かれが撮りためた奈良県の映像は、かの入江泰吉の写真とおなじように、奈良県の財産である。
保山氏が、開催直前に中止を通告されるのでは、と危惧していた5月14日の上映会だったが、無事開催された。観客の入りもよく、素晴らしい「映像と音楽で巡る奈良」上映会だった。毎回、これも心配されることなのだが、遠隔地にいる保山ファンのためのライブ配信も行われた(いまその映像を見ながら、この原稿を書いている)。
これからもバスターミナルでの上映会が、存続することを願っている。
と、以上で本稿は終わるはずだった。ところが、上映会のフィナーレで予想外のうれしいサプライズがあった。上映会ではお馴染みの奈良県観光局の竹田博康次長が最後の最後に登壇し、上映会存続決定の報告をしたのである。会場は出演者、観客ともに大いに沸いた。
12日の保山氏の文章から、14日の午後までの間になにがあったのかわからない。県庁に、保山耕一のファンたちから、上映会の存続を願う電話やメールが多数(? )あったと思われる。ともかくよかった。一ファンとしてお慶びを申し上げたい。
上映会に興味のある方は、こちらをご覧ください。https://www.youtube.com/watch?v=RldXkogm7Eo
いつまでアップされているかはわかりません。3時間半もあるので、毎日30分ずつでも見られることを勧めます。フィナーレは2時間45分あたりから。
上映会5月ライブ配信 / 映像作家保山耕一作品上映会@奈良公園バスターミナル
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