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2022年6月14日 (火)

美ビット見て歩き

毎月、奈良新聞で楽しみにしている川嶌一穂さんの美ビット見て歩きは、いま、京都国立近代美術館で開かれている、鏑木清方展です。京都では45年ぶり、没後50年ということです。美人画で有名です。この機会にぜひいきたいものです。7月10日まで。

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展覧会のホームページです⇒https://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2022/448.html

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *106 川嶌一穂

 

京都国立近代美術館「没後50年鏑木清方展」

 

写真 京都展に先立って開催された東京国立近代美術館での「鏑木清方展」入り口にて(著者撮影)

 

 齢とともに集中力と持続力が衰えて、最近は展覧会も、会場に入ってまず出口まで歩き、どこに何ががあるかを大まかに把握してから、見たい作品まで戻って見て行くことが多い。

 先月、京都展に先立って開催された東京展を訪れた時もそうしたのだが、正解だった。一作一作じっくり拝見したい絵が、百点近くも集まっていたのだ。はじめて見る作品も多く、最初から順番に全部を詳しく見るだけの体力はなかっただろう。
 今回一番のお目当は『築地明石町』。何とこの鏑木清方(かぶらき・きよかた。明治十一年<1878>〜昭和四十七年<1972>)畢生の名作は、二度も行方不明になったという。戦後の十年間と、そして昭和五十年(1975)からの四十四年間。知らなかった!私は学生時代に東京で見て、ひと目で魅せられていたので、前回から少なくとも四十年以上の歳月が流れたことになる。

 若い頃好きだった絵に再会して、昔ほど感激しないこともあるが、本作は別格で、ますます輝きを増して迫ってきた。
 日本人には珍しい長身の女性のすっきりとした立ち姿。古風でいてモダンなヘアスタイルの、美しく、勝気そうな女性が、ニュアンスのある水浅葱(みずあさぎ)色の小紋を着ている。羽織の黒と、口紅と、わずかに覗く羽織の裏地と下駄の鼻緒の紅色が全体を引き締めている。関西の「はんなり」とはまた違う、思い切りのいい江戸の粋が匂い立つ。

 清方自身はこの絵を「肌さむい秋、あるかなきかの船影、うらがれた朝顔、夜会結びの人の立姿(『紫陽花舎随筆』講談社文芸文庫)と記している。築地界隈でも明石町は外国人居留地で、異国情緒あふれる街だった。画面右下の朝顔の絡む柵も、異人館の広い庭を囲むペンキ塗りの柵だという。作者は大好きだったハイカラなこの街に主人公を立たせた。

 しかしこの絵が描かれた昭和二年(1927)に、もうその面影はなかった。四年前の関東大震災で、自宅の被災は免れたものの、出世作数点が失われる。何よりも幼い頃から暮らした下町全体が壊滅的な被害を受けた。加えて、大震災の二年前に祖母を、大震災の三年後に母を亡くしている。

 本作は、昭和五年(1930)に描かれた『新富町』、『浜町河岸』と合わせて三部作と考えられ、表装も統一されているが、それが清方の発案だったかどうかは不明である(展覧会『図録』解説)。

 『浜町河岸』では、清方が明治末に住んだ日本橋の浜町風景を背景に、踊りの稽古帰りの町娘が描かれる。画中の火の見櫓も大震災で消滅した。
『新富町』では、東京一の劇場と言われながら、これも大震災で廃座となった新富座を背景に、蛇の目傘をさした新富芸者が描かれた。飛び切りの美人と、そのとんでもなくお洒落な着物に目を奪われるが、三作とも絵のタイトルは地名である。当時すでに失われた明治の街の、失われた明治の暮らしが描かれたのだ。確実に一つの時代が終わった。

考えてみれば、私もその一員である団塊の世代の親たち、つまり大正末年から昭和はじめに生まれた世代が、かろうじて清方の愛した明治という時代の片鱗を、暮らしの中で体験した最後ではないだろうか。

会場で、また帰宅後に図録を見ながら、つい亡くなった父母のことを思い出した。結婚式に自分の髪で高島田を結った母、昭和の三十年代まで普段着に着物を着ていた割烹着姿の母、帰宅すると祖父の形見の着物に着替えていた父が帯を締めるきゅっきゅという音。お正月やひな祭りなどの行事を欠かさなかった暮らし。懐かしくてたまらない。

 清方はまた随筆の名手でもある。昔求めた『随筆集』(岩波文庫)を、たまに本棚から取り出して見ることもあったのに、今回はじめて知ったのだが、清方の父は幕末の戯作者で、明治初年に「やまと新聞」(現・毎日新聞)を経営した條野採菊(1832〜1902)である。
幼いころから文学や芝居が身近にある環境に育ったことが、清方に『三遊亭円朝像(重要文化財)』、『慶喜恭順』、『小説家と挿絵画家』など、人物造型の確かな肖像画を描かせたのだろう。

今回は東京展を拝見しただけで、京都展は未見だが、美術館のホームページによれば、東京展には出なかった三部作の下絵や、長女をモデルにしたと思われる『水汲(みずくみ)』も出るようで、楽しみだ。
館内のカフェで、疎水を眺めながらお茶を飲むこともできる。雨の晴れ間にぜひお出かけください。さまざまの事思い出す一日になるでしょう。

 

=次回は7月8日付(第2金曜日掲載)=
  ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ
京都国立近代美術館(岡崎公園内) 京都市左京区岡崎円勝寺町26−1。電話075(761)4111。近鉄京都線「竹田駅」で京都市営地下鉄に乗り換え、「烏丸御池駅」下車。同駅で京都市営地下鉄東西線に乗り換え、「東山駅」下車。地上へ出て、少し東に歩くと疎水があるので、その手前で左折し、疎水沿いの道をゆっくり歩いて10分。会期は、7月10日(日)まで。月曜日休館。会期中に一部展示替えあり。https://www.momak.go.jp

 

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