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2022年5月22日 (日)

散歩日和 興福寺周辺 4

「参詣者引き寄せた花街」というタイトルで毎日新聞夕刊5月20日付に元林院あたりが載っています。

よく会合でおいしい料理とお酒でたいへんお世話になっている、まんぎょく、絹谷家が紹介されています。

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毎日新聞 2022/5/20 大阪夕刊 有料記事 1481文字を以下引用します。



元林院の置屋だった絹谷家。手前から明治、江戸、大正時代の建物が並ぶ=奈良市元林院町で2022年3月4日午後2時26分、松井宏員撮影

 花街の元林院(がんりいん)町へと向かう。興福寺の穴門跡から路地を歩き、今は暗渠(あんきょ)の率(いさ)川に架かる絵屋橋に戻った。「率川は結界でもあったんです」と梅林秀行さんが言う。

 

 奈良の花街って、あんまりイメージがないですが。「元林院町は明治時代にできるんです」と説明してくれたところでは――。江戸時代、遊女は井原西鶴の「好色一代男」にも出てくる木辻町に集められていたが、明治初めには元林院町にも遊女と芸者は交ざって営業していたようだ。それが明治20年代以降の芸娼(しょう)分離で、芸者のみが元林院町に集められた。


荒々しい格子は鹿よけ=奈良市元林院町で2022年5月16日、松井宏員撮影

 絵屋橋を越えて南へ進むと元林院町。芸者を抱えていた置屋(おきや)や、客を遊ばせたお茶屋とおぼしき建物が並んでいる。右手の建物は2階が大きく、玄関には欄間彫刻が施されている。

 その先の絹谷家は、3軒続きの元置屋。「ここが面白いのは、北から大正、江戸、明治と時代が違うんです」。建築様式も少しずつ異なり、明治のは2階が低い。「江戸と明治の共通点は、1階正面のしつらえが荒々しいでしょう」と梅林さんに言われて見比べると……確かに格子が太い。

 「奈良格子といって、鹿よけです。鹿が入ってくるのを防ぐバリケードですね。江戸時代、鹿が山から下りてきて都市問題になり、奈良奉行所が対策を講じた。それが奈良格子と角切り」


伊勢街道の出発点の嶋嘉橋=奈良市登大路町で2022年3月4日午後2時46分、松井宏員撮影


 角切りは伝統行事ではなかったんだ。元林院町には芸妓(げいこ)扱い所の検番もあって、現役の芸者さんの街なのがわかる。街自体は小さく、南の次の通りまでで、通りを挟んで向こうは明らかに家の造りが違い、2階が低い。

 周辺を歩いてみる。元林院町を中心に飲み屋街が広がっている。廃業した風俗店や映画館の跡地も。かつてはストリップ劇場もあり、歓楽街だった。町家越しに南円堂の屋根が見える。聖があれば俗があるのが世の常。

 猿沢池に戻ってきた。南西の角に、南に延びる道がある。石橋に石灯籠(どうろう)があって、旅の始まりを予感させる。古代、平城京と飛鳥を結ぶ上ツ道であり、伊勢街道。伊勢参りの出発点だ。

 「この石橋の名前は……」と梅林さんが言いかけ、石橋の親柱を見るが、名前はない。「橋脚にあるんですよ。下りてみましょう」。橋の下は率川だ。水のない川の中に船の形をした中州みたいなのがあり、そこに赤いよだれかけをしたお地蔵さんが約50体も並んでいる。

橋脚に刻まれている嶋屋嘉兵衛の名=奈良市登大路町で2022年5月16日、松井宏員撮影拡大

 「河川改修をする度にざくざく出てくる。例の石仏ですよ」。京都・船岡山の回で見た、墓石がよだれかけをされてお地蔵さん化していくというあれだ。お地蔵さんが船に乗って、川を下って行くようだ。

 橋の下では石柱が橋を支えている。その一本に「明和七」(1770年)の建立年と、施主名が刻まれているが、「嶋屋嘉」の下は埋もれていて読めない。嶋屋嘉兵衛のようだ。「嶋屋嘉兵衛が伊勢参りのために寄進したから、この橋は嶋嘉(しまか)橋です」。約250年前の石橋が、今も往来を支えている。

 嶋嘉橋の上に戻る。鹿が1頭、ウロウロしていて、観光客のカップルが歓声を上げる。

 

嶋嘉橋の下の率川ではお地蔵さんたちが船に乗っている=奈良市登大路町で2022年3月4日午後2時50分、松井宏員撮影
 

「伊勢参りに向かう人は、南円堂と五重塔を背に、出発したんですね。元林院町はすぐそこですから、興福寺の参詣者に加えて、伊勢参りのための花街だったんでしょう」

 

 伊勢街道の先は今も昔も旅館街。旅にもひかれるが、私たちは伊勢街道に背を向けて、興福寺へ行くことにしよう。【松井宏員】
=<5>は6月3日掲載

 

興福寺周辺拡大
興福寺周辺
 ■人物略歴

 

梅林秀行(うめばやし・ひでゆき)さん
 京都高低差崖会崖長。京都ノートルダム女子大非常勤講師。著書に「京都の凸凹を歩く1・2」(青幻舎)。

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