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2022年3月15日 (火)

美ビット見て歩き 103

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(画像はクリックすると拡大します)

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毎月、奈良新聞で楽しみにしている川嶌一穂さんの美ビット見て歩きは、神奈川県金沢文庫特別展、「春日神霊の旅ーー杉本博司 常陸から大和へです。

以前春日大社の展覧会で、常陸から大和への道中のポイントのあちこちを地図で再現されたのを見ました。

ところで最近注目の鎌倉方面です。金沢文庫は行ったことがなく奈良からは遠く感じるのですが、品川駅から京浜急行で快特で33分と聞くとわりあい近く感じます。

 

美ビット見て歩き 私の美術ノート *103 川嶌一穂

 

神奈川県立金沢文庫特別展「春日神霊の旅―杉本博司 常陸から大和へ」

 

写真 春日神鹿像 鎌倉時代 須田悦弘補作(展覧会チラシより)

 

 先日ある展覧会で『春日神霊の旅―杉本博司 常陸から大和へ』というチラシを見つけて、そのあどけないなりに凛とした表情の雄鹿の像に心引かれ、何の予備知識もなく、明るい陽ざしに誘われるようにして、横浜の南、鎌倉の東にある金沢文庫に出かけた。

 副題の「常陸から大和へ」は、春日大社第一殿の祭神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)が茨城県鹿島神宮から、第二殿の経津主命(ふつぬしのみこと)が千葉県香取神宮から大和へ降臨されたことを言ったものと想像できるが、「杉本博司」はどういう関係だろう。
 世界の海を撮った『海景』シリーズで有名な杉本博司は、1948年生まれ。ニューヨークを拠点に活動する現代美術家であり、日本の古美術収集家でもあるが、そのコレクションの半分は「春日もの」だという。約100点から構成される本展のうち16点が小田原文化財団の所蔵、つまり杉本コレクションであり、今回企画、展示にも携わった。

会場で最初に目に飛び込んで来たのは『特別出品 古作面』(南北朝時代)だ。まだ能面ほど抽象化されていない土俗的で、柔らかい力をたたえた面だ。本展準備中に見つかった本面の裏面に、何と「児屋根命」の墨書があった。天児屋根命(あめのこやねのみこと)は藤原氏の先祖神で、春日大社第三殿の祭神である。杉本は「駆け込み乗車で!顕現された」と語る。

『十一面観音立像』(平安時代)は、前田青邨、白洲正子蔵という来歴を持つ小田原文化財団所蔵の木彫仏。化仏には目鼻がなく、彩色もない素地(きじ)のままの作で、神像と考えられるらしい。十一面観音の姿をした神像?!まさに「神仏習合」ワールドとなったこの会場の象徴的存在だ。

 本展での圧巻は軸装のいわゆる春日曼荼羅で、春日大社、興福寺、奈良博などが所蔵する作が20点以上出ている。春日曼荼羅は、実際の位置関係を思い浮かべながら拝見するのがいつも楽しみだが、主に三つに分類できる。
春日社の景色を描く春日宮曼荼羅、
上半分に春日社を、下半分に興福寺を描く春日社寺曼荼羅、
鹿を描く春日鹿曼荼羅の三系統である。

 杉本の「春日もの」コレクションの出発点となった『春日鹿曼荼羅』(室町時代)の図像は興味深い。繊細な鞍を付けた堂々たる雌の白鹿が、ご神体である鏡を抱いた梛(なぎ)の木の枝を鞍の上に載せている(たいてい鹿曼荼羅の解説は画中の木の枝を「榊」と説明しているが、榊の葉は互生、梛の葉は対生なので、この作品に描かれるのは、今でも春日の山に多い梛の木と思われる)。

その大きな鏡の上に遠景として御蓋山が描かれ、さらにその上に五つの円相が浮かぶ。円相の中は、右から春日大社第一殿の祭神・武甕槌命、第二殿・経津主命、第三殿・天児屋根命、第四殿・比売神(ひめがみ)に若宮を加えた五柱かと思いきや、釈迦如来、薬師如来、地蔵菩薩、十一面観音、文殊菩薩の五仏が描かれている。

近代以前の日本人は、何の違和感もなく神仏を二つながら信じていたのだろうか。それとも伝来してから千三百年経っても、仏教には異教的な感じが付きまとったのだろうか。幕末から明治初期にかけて野蛮な廃仏毀釈に走ってしまった近代以降の我々にとっては永遠の謎である。

 写真の『春日神鹿像』(鎌倉時代)は、春日鹿曼荼羅の立体版とも言うべき作。鹿像と樹上の「五髻文殊菩薩掛仏」は杉本コレクションのそれぞれ別の作品で、角と鞍と榊の枝は現代の木彫家・須田悦弘の補作。須田作品が原作の素材、色彩、様式とよく調和して自然に感じられる例だが、補作にはきわめて難しいパランスが要求される。掛仏の吊り金具をそのままにしてあるのは、コレクターとしての杉本の見識の高さだ。

 春日若宮伝来と伝わる『地蔵菩薩立像・神鹿像』(鎌倉時代)は、今回60年ぶりに発見されたとのことだ。総高約23センチメートルという小像ながら、鹿像の彩色が美しく残り、蓮台の上に立たれた少し厳しい表情の菩薩像は、当初の作と思われる精細な金属製光背を伴う。忘れがたい優美な作だ。

会場の金沢(かなざわ)文庫は、隣接する称名寺(しょうみょうじ)の開基・金沢実時(かねさわ・さねとき)の私設文庫だった。金沢氏は北条氏の一族で、北条実時とも称した。鎌倉幕府の滅亡と同時に金沢氏も滅び、日本最古の蔵書印と言われる「金沢文庫」印が押された貴重な典籍もその多くが散逸した。

 帰り道、称名寺の阿字池に尾長鴨が群れ遊び、翡翠が水面低く一直線に飛び去った。

 

=次回は4月8日付(第2金曜日掲載)=
  ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ
神奈川県立金沢文庫 神奈川県横浜市金沢区金沢町142。電話045(701)9069。品川駅から京急本線快特に33分乗車、「金沢文庫駅」下車。東口より徒歩10分。会期は3月21日(月・祝)まで(最終日以外の月曜日休館)。
参考 「杉本博司と日本の神々」(『芸術新潮』2022年1月号)。(筆者未見)。

 

そして金沢文庫の特別展のホームページです。https://www.planet.pref.kanagawa.jp/city/kanazawa.htm

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