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2022年2月13日 (日)

美ビット見て歩き 102

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興福寺五重塔(2022.2.12鹿鳴人撮影)

いつも奈良新聞で楽しみにしている川嶌一穂さんの今年初めての「美ビット見て歩き」は、奈良興福寺五重塔です。現在調査中で、2022年度から修理とのこと、覆屋は2023年にはかけられると先日お寺の方は言っておられました。昨年秋に五重塔の初層公開がありました。後期の公開は今年3月予定でしたが、「コロナウィルスのため延期」と興福寺のホームページ→https://www.kohfukuji.com/news/1719/

には載っていて残念です。
覆屋がかかる前にせいぜい興福寺の勇姿を眼にやきつけ、修理の終了を待ちたいと思います。

2月12日はとても良い天気でしたので、五重塔の写真を撮ってきました。

 

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(画像はクリックすると拡大します)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *102 川嶌一穂

 

令和大修理前の御開帳 奈良興福寺五重塔

 

写真 興福寺五重塔(令和三年十月十三日著者撮影)

 

 「何とかと煙は」という例えの通り、私は高いところが好きだ。子供の頃は一時期庭の夏みかんの木の上が憩いの場所だった。旅に出ても登れる所は基本、登ることにしている。

 お城の天守閣は、現存天守十二城のうち七城に登った。まだ訪れていない所が五城もあると思えば(弘前、丸岡、備中松山、宇和島、高知城)、それもまた楽しからずやだ。何と言っても上からの眺めが最高で、「あの山に見張り台を築いて」などとにわか城主になった気分。

 海外だと、イタリアの古都シエナにあるマンジャの塔が忘れ難い。高さ約100メートルの塔は、世界一美しいと言われるカンポ広場に面した市庁舎に付属している。エレベーターがないので、ひたすら足で登るのだが、その数400段とも500段とも言われる。階段は上になればなる程狭くなり、最後は人一人がようやく通れる幅しかない。「カワシマさんに殺される…」と呟きながら登った友人と二人、上からの眺めの美しさに疲れを忘れた。
眼下には扇を広げたようなカンポ広場、それを囲む明るい茶色のいわゆる「シエナ色」をした街並み、遠景にトスカナの山々の緑。しばしイタリアの田舎の美しさを堪能した。

 子供の頃は、よく興福寺の五重塔に登った。角度の急な梯子段のような階段で、登る時よりも降りる時が怖くて後ろ向きに降りた覚えがある。
 久しぶりに帰寧できた去年の十月、五重塔初層が特別公開されていることを知り、墓参りの帰りに立ち寄った。天平二年(730)藤原不比等の娘光明皇后によって建立されて以来五回の焼失・再建をくりかえして、15世紀に再建された現在の五重塔は、再建時に一般的だった禅宗様より古代様式を踏襲しているとのことだ。
公開された初層の南方に釈迦如来像、西方に阿弥陀如来像、北方に弥勒如来像、東方に薬師如来像がそれぞれ愛らしい脇侍菩薩二体を連れて鎮座しておられたが、子供の頃の私の記憶の中にそのお姿はないのだ。まだ仏様には興味がなかったのだろう。

境内東側の博物館や、北側から興福寺に入るとなだらかな道に感じるが、南側の猿沢池とは「五十二段」もの高低差があるし、南円堂の西側は崖地だ。平城遷都とともに鹿島神宮からお迎えした武甕槌命(たけみかづちのみこと)が降り立った御蓋山(みかさやま)から続く丘陵地の縁(へり)という地形をうまく生かした見事な伽藍配置である。かくして猿沢池から五重塔を臨む絶好の写真スポットが出来上がった。

おん祭の行列を見る時、眼医者さんに通う時、定期試験が終わってやれやれと友達と駅まで歩く時、いつも興福寺の境内を通った。
大人になってあちこちの五重塔を自分で訪ねるようになってから、ふと気づけば興福寺の五重塔が私の塔を見る基準となっていた。
山口の瑠璃光寺の五重塔は桧皮ぶきで屋根の反りがとても美しい。しかし塔身はちょっと細身だし、周りの庭園が整い過ぎている。
東寺(教王護国寺)五重塔は、現存塔としては日本一の高さを誇るだけに平地にあってもその量感はすごい。しかし白壁がないためか、ちょっと重い、などといつも興福寺五重塔と比べてしまうのだ。地元愛が強すぎるのか、人間見慣れたものが一番いいということなのか、困ったものだ。

五重塔は今年令和四年から百二十年ぶりとなる大規模修理に入るという。修理期間は約十年と予想され、塔は覆屋に覆われてしまうらしい。そこにあるのが当たり前だと思っていたので、寂しい。
その間は、伽藍南西の少し下がった所に静かに佇む三重塔を訪れよう。創建からわずか数十年後に南都焼き討ちに遭い焼失したが(1180年)、その後再建されたままなので、現存の五重塔より250年ほど歳上である。創建時の平安の様式を留めた優しい姿だ。

一月はお休みを頂いたので、今回が本年第一回になります。今年もあちこち見て歩きますので、どうぞごひいきに。

 

=次回は3月11日付(第2金曜日掲載)=
  ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ
法相宗大本山興福寺 奈良市登大路町48。電話0742(22)7755(17時まで)。https://www.kohfukuji.com/ 初層四方の三尊像公開は3月1日(火)〜3月31日(木)。(公開は延期になりました。鹿鳴人注)


なお明治の廃仏毀釈で五重塔が売却され、危うく破壊されそうになったのを近隣住人の訴えでかろうじて免れた、というよく語られるエピソードを、前橋重二が正木直彦『回顧七十年』を典拠に否定している(「五重塔2500年史」新潮社とんぼの本『五重塔入門』)。

 

興福寺三重塔(2022.2.12鹿鳴人撮影)

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現在の興福寺伽藍配置図

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(画像はクリックすると拡大します)

 

 

 

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