美ビット見て歩き*91
川嶌一穂さんの美ビット見て歩きは、1月休みでひさびさ奈良新聞に載っていました。「鬼滅の刃」です。昨年からコミックや映画でたいへん流行しています。全23巻を購入したとのこと。解説を味わいました。
美ビット見て歩き 私の美術ノート *91 川嶌一穂
集英社ジャンプコミックス 吾峠呼世晴著『鬼滅の刃』全23巻。アニメ映画『鬼滅の刃 無限列車編』
写真 東京の節分飾り。柊、豆殻と、鰯は煮干しが1匹。
昨年の後半くらいから「キメツ」と言う言葉を耳にするようになり、「何だろう?」と思っていたら、本屋さんの入口に「『鬼滅の刃』全巻セット限定5部発売」というコーナーができていたり、新聞に全面広告が掲載されたりして、漫画と映画の流行ぶりを実感した。本紙昨年12月30日付の、能楽とのつながりを語る林宗一郎師のインタビューも面白く拝読した。
極め付けは今年のお正月。親しい近所の小学生に「おばあちゃん、大正生まれ?」と聞かれ、お母さんに「すみません、鬼滅に夢中なもので」と謝られた時に、これは今までとは違う社会現象だと興味を抱いた。
遅ればせながら、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」を見に行ったが、何とも凄惨な戦闘シーンが一杯なのだ。その合間合間に回想の場面が挟まれていて、それでストーリーが分かってくるという構成で、この怖がりの老人にとっては実に緊張を強いられる時間だった。
同時に単行本全23巻も入手して読んだ。こちらも戦闘シーン満載だが、本なので恐ろしい所は読み飛ばし、美しい場面をゆっくり味わうことができた。
ご存知の方には言わでもの事だが、炭を売る少年・竃門炭治郎(かまど・たんじろう)の家族が鬼に食い殺され、1人だけ残った妹・禰豆子(ねずこ)も鬼に変貌してしまう。炭治郎は、家族の敵討ちと禰豆子を人間に戻すために、禰豆子を連れて旅立ち、鬼殺隊入隊を目指して修行するという、少年の成長物語である。
過酷な修行を可能にするのは、失った家族への炭治郎の想いの深さで、「俺は長男だから我慢できた」と修行に励み、「自分にできなくても/必ず他の誰かが/引き継いでくれる/次に繋ぐための/努力をしなきゃならない」と仲間を鼓舞したりする。
コロナ禍での昨年の映画興行収入がここ20年で最低を記録した中で、『鬼滅の刃 無限列車編』は桁違いの断トツ1位だった。なぜこんなにも若い人たちの心を鷲掴みにしたのだろう。
作品中かなりの部分を占める戦闘のシーンは、私は苦手だが、若い人にはカタルシスを与えるのかも知れない。運動会の徒競走で順位をつけないとか、最近の「桃太郎」は鬼と仲直りするなどと聞いたことがあるが、遊びや童話の中で戦いや競争の代理体験をしておくことも人生の機微を学ぶ大切な機会である。
もう一つは、作品にあふれる日本的要素だ。今や暮らしから消えてしまった市松模様や麻の葉模様の着物の美しさ、障子や畳の創り出す和室の簡素な美に若い人たちが心ひかれるのではないだろうか。
だとすれば、私たち大人にはこういう欲求に気付かなかった責任があるかも知れない。鬼伝説や刀剣の由来を伝える能や歌舞伎が、「お能をパリへ」とか、「歌舞伎をニューヨークへ」と銘打って海外公演を打つ。しかし日本の若い人で、能や歌舞伎を見たことがある人はとても少ないだろう。
では、能楽発祥の地・奈良で出来ることは何だろう。例えば、県内の小学校で、必ず謡か仕舞、あるいは笛、小鼓、大鼓、太鼓のどれか一つの楽器が出来るようにする。先人たちが守って来た伝統を次世代に繋ぐこと、作者が伝えたいことの一つだ。
作者の筆名「吾峠呼世晴」は、「ごとうげ・こよはる」と読ませるようだが、「呼世晴」は「来よ、春」つまり「春よ来い」と聞こえる。今この瞬間にも、新型コロナウイルスと戦っている医療や接客業の現場、放射能汚染と戦う原発建屋で、命を懸けて「鬼」と戦っている若者たちへの作者の祈りだと思う。
本欄は、1月にお休みを頂いたので、今回が第1回目。本年もどうぞよろしくお願いします。
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。
=次回は3月12日付(第2金曜日掲載)=
メモ 集英社ジャンプコミックス 吾峠呼世晴著『鬼滅の刃』全23巻。映画『鬼滅の刃 無限列車編』TOHOシネマズ橿原。橿原市曲川町イオンモール橿原サウスモール3F。電話050(6868)5031。
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