秋山和慶先生の記事
指揮者の秋山和慶先生の記事が日経新聞1月11日に載っていました。以下有料版の記事を紹介します。
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楽団再建の立役者 秋山和慶
交遊抄
2021年1月11日 2:00 [有料会員限定]
23歳のとき、幼い頃からの憧れの東京交響楽団に専属指揮者として入団した。第一バイオリンにいたのが金山茂人さん。1つ年上のこわもてで、後輩にビシビシ指導するときは「クビにするぞ!」と大音声。こんな猛者たちを相手にやっていけるのかと不安に思ったものだ。
翌年、東響は突然経営破綻。赤電話をひっくり返して10円玉の山を給与代わりにみんなで分け合う窮状に追い込まれた。だが金山さんは弱音を吐かなかった。70年代に楽団長に就任してからも「楽団の運営は俺が何とかする」と言って借金相手のもとに単身乗り込み7000万円を全額チャラにしたり、後にスポンサーとなるすかいらーく創業者の横川端さんと縁をつないだり。再建は彼の功績だ。
大久保の赤ちょうちんで音楽の情熱を語り合い、スタンドプレーのできない僕を育ててくれた。彼がいなければ、楽団も今の僕もない。当時ベルリン・フィルからの指揮の誘いを、東響の演奏会を優先して3度断った。批評家には馬鹿だとも言われたが、後悔はない。
付き合いは半世紀になる。「父親みたいな楽団員相手に一歩も引かなかったあの坊やが、こんな白髪頭になって」と彼に笑われた。長生きしてほしい。(あきやま・かずよし=日本センチュリー交響楽団ミュージックアドバイザー)
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