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2020年6月 1日 (月)

6月1日、ホテル尾花 スタート

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6月1日からサンルート奈良が、ホテル尾花として再スタートということです。ちょうど今年が前身の尾花座ができて100年。その後ホテルサンルート奈良として40年、ちょうど契約がきれることから、かつての尾花座の名を使って、「ホテル尾花」となるそうです。

落語の桂米朝さんの字になる、「われらが尾花座ここにありき」の石碑も玄関に飾られ続けています。われわれが子どもの頃から、主に松竹系の映画がよく上映されていてよく見に行きました。最近の日本映画「カツベン」も尾花座がモデルでした。

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ちょうど毎日新聞が伝えています。中野聖子(さとこ)社長さんです。なら燈花会の委員長もされたり、なら国際映画祭の理事長

もされている奈良のリーダーです。ますますのご活躍を祈念申し上げます。

会長のお父様、中野重宏会長様もお母様の道子さまもおふたりお元気です。これからもよろしくお願いします。

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大正の映画館、名称復活 サンルート「ホテル尾花」に 奈良 /奈良

施設名をかつての「尾花」の名に改称した中野聖子さん=奈良市高畑町で2020年5月28日午後1時57分、稲生陽撮影

 かつて奈良市中心部の「ならまち」にあった映画館「尾花劇場」の跡地に建つ「ホテルサンルート奈良」(同市高畑町)が6月1日、「ホテル尾花」に改称し、施設の一部をリニューアルする。今年は同劇場の開業から丸100年にあたり、前身の芝居小屋時代から使っていた「尾花」の名を再び冠することにした。創業者のひ孫で、同ホテルの中野聖子(さとこ)社長(51)は「原点に戻り、地域との結びつきをより強めたい」と話している。
 明治期に歌舞伎などを公演した芝居小屋「尾花座」を中野さんの曽祖父が買い取り、1920(大正9)年に映画館として開業。テレビの普及など時代の流れとともに施設維持が難しくなり、81年、同地に建物を新築しホテルに生まれ変わった。「尾花」の名は、近くの尾花谷川から取ったという説のほか、小屋を作った人物の娘の名「おはな」にちなむとの説もある。ホテルには今も当時の興行成功を記念した「奉献額」が残り、中野さんが「なら国際映画祭実行委員会」の理事長を務めるなど、ホテルとなってからも映画の普及に力を入れてきた。
7月に作品上映
 今回は劇場としてスタートしてから丸100年の節目を迎えるとともに、サンルートホテルチェーンとの契約が切れることから改名を決意。看板を掛け替え、1階会議室に可動式大型スクリーンを設置し、映画の上映会も開けるようにした。7月下旬には「尾花座復活上映会」と称して、同劇場がモデルとなった「カツベン!」(2019年)や県内が舞台のシーンがある「麦秋」(1951年)などの作品を上映予定だ。 

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くわしくはHPをご覧下さい→https://obana.nara.jp

そして

奈良の人が奈良の宿泊施設に泊るキャンペーンが始まっています。ホテル尾花さんが先頭をきって進められています。

昨年わたしも奈良に泊りました。そのときのことを詠んだ短歌が全国版の『ロータリーの友』のロータリー歌壇(4月号)に初投稿初入選しました。佐佐木幸綱先生選。

 

旧き友とひさびさの奈良の合宿をわれも楽しむ旅人として   松森重博

 

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(評)昔からの長いつきあいの仲間と、年に一度くらい、日本各地で、何泊かの合宿をつづけておられるのだろうと思います。地元・奈良での合宿だけれど、皆に合わせて、旅人気分を味わっている、というのです。日本文学史で「旅人」は独特のイメージとニュアンスを持ってきました。西行、芭蕉、若山牧水、種田山頭火・・・。    この作者もそんな文学史の一端に連なる思いなのでしょう。

 

 

 

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