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2020年4月11日 (土)

美ビット見て歩き

いつも楽しみにしている川嶌一穂さんの美ビット見て歩きが久々に奈良新聞に掲載されています。大和言葉で禅の教えを説く、というテーマです。このコーナーはますますお元気で続けていただきたいと思います。

よろしくお願いします。

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *82 川嶌一穂

 

白隠禅師の呼吸法

 

写真 別冊太陽「白隠 衆生本来仏なり」表紙(平凡社 2013年)

 

白隠(1685〜1768)と言えば、ぎょろりとした目が特徴的な数々の「達磨図」や、迫力と稚気を併せ持った「本来無一物」などの書をたまに目にする程度で、詳しく知っていたわけではない。その白隠と、「呼吸法」の白隠とを結びつけて考えることもなかった。
数年前、自宅近くで坐禅会を開いている天台宗の寺院をインターネットで見つけて参加するようになったが、坐禅の前に「白隠禅師坐禅和讃」を全員でお唱えする。
「坐禅和讃」についても全く知らなかったが、そのうちに「あ、」と思う所が出て来だした。「衆生本来仏なり 水と氷のごとくにて 水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし…譬えば水の中に居て 渇きを叫ぶがごとくなり 長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず」…。
人生も後半に差し掛かる頃から、「理想を他に追い求めても虚しい。今・ここを理想の世界にして行くしかない」というようなことをぼんやりと感じていたのを、「坐禅和讃」は言葉にしてくれているのではないだろうか。
そう思うと、江戸時代前半の禅僧・白隠という人物が生き生きと立ち上がり、彼が語った呼吸法とはどういうものか、俄然知りたくなった。それで直木公彦著「白隠禅師 健康法と逸話」(日本教文社・昭和三十年)という本を買い求め、我流でやってみた。
床の中で全身を脱力させて、深く長い腹式呼吸をするのが基本で、吐く息を丹田に落とし込むイメージを持つ。本当は下半身(腰、脚、土踏まず)に力を込めるのだが、それはまだできない。構わずに続けていると、ふっと肩の力が抜ける瞬間がある。うまく行くと足の先までぽかぽかと暖かくなるし、知らない間に眠ってしまう。以来夜に寝付けないということがなくなった。
本来禅宗は「不立文字」を旨とするが、白隠は五十以上もの著作を生前に刊行した。もちろん漢文による語録もあるが、漢字仮名交じり文、つまり大和言葉による法語を多数残した。健康法も後者である。
現代でも、お経は梵語の仏典を中国語訳した漢文で書かれているので、聞いただけでは内容が分からない。庶民に布教するためには自国の言葉で書かれた経典が必要である。16世紀ドイツのルターによる宗教改革も、ギリシア語やヘブライ語で書かれていた聖書をドイツ語に翻訳することがその根幹を成していた。
その意味で、親鸞(1173〜1262)の和讃、蓮如(1415〜99)の御文と同様に、白隠の仮名法語は貴重である。
美術にせよ、文学にせよ日本の文化には仏教の理解が不可欠である。が、私の苦手な分野でもある。外出もままならない今、本棚に眠っている仏教関係の本を読むいい機会にしようと思う。まず佐藤春夫訳の「観無量寿経」(ちくま学芸文庫)を取り出して来たところだ。
3月は体調不良でお休みを頂き、失礼しました。何とか生き延びよう!

 

=次回は5月8日付(第2金曜日掲載)=
・ ・・・・・・・・・・・・・・・
かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ 「親鸞和讃集」(ワイド版岩波文庫)=四行書き一首を単位として、経や高僧伝をまとめたもの。例えば「皇太子聖徳奉讃」では、…橘のみやこよりしてぞ/奈良のみやこにうつれりし/数大(しゅだい)の御寺(みてら)を造隆し/仏法さかりに弘興(ぐこう)せり…と聖徳太子の事績が語られる。「蓮如文集」(岩波文庫)=親鸞の教えを蓮如が手紙の形で述べたもの。有名な…朝(あした)には紅顔ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり…もこの中にある。

 

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