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2019年11月10日 (日)

美ビット見て歩き*79、大和文華館

毎月、奈良新聞の連載を楽しみにしている、川嶌一穂さんの美ビット見て歩き、11月は大和文華館でいま開催中の特別展「聖域の美ーー中世寺社境内の風景」です。

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *79 川嶌一穂

 

大和文華館特別展「聖域の美―中世寺社境内の風景―」

 

写真 「竹生島祭礼図」江戸時代・十七世紀前半。紙本著色。大和文華館蔵(大和文華館提供)

 

先月奈良に帰省した折に、駅に貼られていた本展のポスターに心惹かれた。いい具合に古色を帯びた地を背景に松や杉の木が整然と描かれ、桜の花は満開である。その間にぽかりぽかりと諸堂が浮かぶように配置されている。
もしかして高野山かと見当をつけると、「重要文化財 高野山水屏風 14世紀 京都国立博物館蔵」とある。やっぱりそうだ。では、金堂の奥の、根元を柵で囲った枝ぶりのいい松の木は「三鈷(さんこ)の松」だろう。去年も3本揃った松葉を頑張って拾ってきた。朱塗りの柱や白壁の色もよく残っている。これは未見、ぜひ拝見したいと訪れた。
会場に入ってすぐの正面にガラスケースが3つ並び、いつも名品が展示されているのだが、今回左側に意外な作品があった。富田渓仙の「野々宮図」である。大正から昭和初期に活躍した日本画家・渓仙が、嵯峨野に新築したアトリエ近くの野宮神社を淡彩でさっと描いた小品だ。黒木の鳥居と小柴垣を魚眼レンズで覗いたような構図で描いている。これが本展の出発点とも、最後に見てホッとする作品ともなっている。
全体の構成はほぼ制作年代順で、最初に平安・鎌倉時代のお経や曼荼羅図が並ぶ。この頃は境内の風景図そのものが信仰の対象だったのだろう。ポスターの「高野山水屏風」もこの範疇に属する。六曲一双の予想より大きな屏風で、保存状態のよいのに驚かされる。
次に南北朝から室町時代の縁起絵や曼荼羅が続くが、絵の中に人物が多く登場するようになる。見る者の視線は、物言いたげな登場人物に向くのだが、ストーリーのほとんどが現代人には分からなくなっている。解説を見ても不明なことが多く、もどかしい。
サントリー美術館所蔵の「かるかや」という、奈良絵のような素朴な筆致で描かれた絵本が面白かった。出家してしまった、顔も知らない父親を高野山に探しに行く石童丸の悲劇の物語である。制作された16世紀半ばと言うと、戦乱の真っ只中だ。語り物芸の代表的な演目ということだが、聴衆の多くが家族を失くした経験の持ち主だったことだろう。
写真に掲げた「竹生島祭礼図」は、神聖な場所を描いているが、ほんわかとして、おめでたい気分の溢れる祭礼図だ。まだ元気だった亡き両親と琵琶湖の東岸から船に乗って、桃山の遺構を鑑賞したり、土器投げをしたりしたことが懐かしく思い出される。
本展の絵に描かれた寺社は、その多くが今でも存在し、今も人々の信仰の対象である。長い間打ち捨てられていて、発掘されたという遺跡ではない。今年は酷暑の夏がようやく終ったかと思えば、御代替りの儀式が続く中、災害が相次いだ。不安な時代に、ずっと日本人の信仰や娯楽の場所だった寺社境内の存在の大切さを思い出させてもらった。

 

=次回は12月13日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ 大和文華館 奈良市学園南1―11―6。近鉄奈良線学園前駅下車、南出口より徒歩7分。駐車場(無料)あり。電話0742(45)0544。あす9日(土)14時から列品解説。10日(日)14時から山梨俊夫・国立国際美術館館長による講演会「風景画として見る境内図」。11日(月)は休館。会期は17日(日)まで。

 

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