美ビット見て歩き 私の美術ノート *74
毎月楽しみしている、元大阪芸術大学教授の川嶌一穂さんの美ビット見て歩き 私の美術ノートは当尾の里の浄瑠璃寺です。そのきっかけが奈良まほろばソムリエの会で発行した「奈良百寺巡礼」の本で読んだからということですからとてもうれしく思います。川嶌一穂さんはかつて自転車で友達と浄瑠璃寺を訪ねたそうです。わたしなどは、中学だったか遠足で奈良から歩いて浄瑠璃寺を訪ね、のどかな道を歩いて加茂駅まで行き電車で帰りました。浄瑠璃寺はそういう若き日を思い出させてくれる懐かしいお寺ですね。
美ビット見て歩き 私の美術ノート *74 川嶌一穂
真言律宗 小田原山 浄瑠璃寺(京都府木津川市)
写真 新緑に包まれた浄瑠璃寺本堂。池の水面に映る大屋根が美しい。(著者撮影)
本紙でも紹介されたが、奈良まほろばソムリエの会著「奈良百寺巡礼」が京阪奈新書として出版され、大変好評だという。さっそく拝読すると、興福寺などの大寺も、実ははじめて知ったような小さな寺もすべて見開きの2ページに収め、それぞれに写真とデータを添えた読みやすい新書だ。
中学・高校の先輩、松森重博奈良もちいどのセンター街理事長も執筆されたと聞いて、楽しみにページを開くと、「浄瑠璃寺」を担当しておられた。
浄瑠璃寺が好きでよく訪れていた若き日を、それで一気に懐かしく思い出した。高校生のときは、友人と東大寺境内町の家から自転車で行ったこともあった。変速も付いてないのに、元気だったなあ。そう言えば、ここ十年二十年は行ってない!
思い立ったが吉日で、実に久しぶりに近鉄奈良駅からバスに乗った。山門までの道に土産物屋ができていたが、境内に入ると、池を中心として本堂と三重塔の形作る小宇宙は昔のままだった。いやむしろきれいに整っていた。
外からは簡素に見える本堂だが、中に入ると、来迎印を結ぶ中尊を中心に、定印を結ぶ脇仏が一列に並ぶ威容に毎回新鮮に驚かされる。わたしは正面より少し端に寄って、斜めの角度から九体の阿弥陀仏を見るのが好きだ。うちの年寄は「浄瑠璃寺」と言わずに「九体寺」と言っていたが、数の迫力というのは確かにある。
しかもこちらの阿弥陀様は一体一体かなり違うお顔で、その表情の違いもまた楽しい。現在、残念ながら修理のために二体はお留守だった。
若い頃は、もっぱら吉祥天女像に心ひかれたが、今回は中尊像の堂々としたお姿に圧倒された。すぐに平等院鳳凰堂の定朝作・阿弥陀如来坐像が思い浮かぶが、洗練された都ぶりの鳳凰堂の像よりも、力強さと慈愛が感じられて好ましい。光背に、楽器を失った飛天がいらっしゃるのに今まで気づかなかった。若い時はいったい何を見ていたのやら。
気になってスマホのコンパスアプリで確かめると、本堂は東に向いている。ということは、三重塔から池越しに阿弥陀仏を拝むと、西方の極楽浄土を拝むことになる。じっさい春秋のお彼岸の中日には、太陽は本堂内九体仏の中尊の後方へ沈むという。
満ち足りた気持ちで、池のほとりを歩いて、三重塔に向かう。本堂、九体阿弥陀仏とともにこれも国宝。初層が高く、相輪が大きいのは池から少し高台にあることを計算したからかと思ったが、京都の一条大宮から移築されたという。ほんの少し安定を崩したい都人の美意識なのかもしれない。
あるべき所に、いつも存在して、歳を重ねて再訪する者を当たり前のように迎えて下さる。何と有難いことか。次はぜひお彼岸のころに訪れたい。
=次回は7月12日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。
メモ
浄瑠璃寺 京都府木津川市加茂町西小。電話0774(76)2390。JR奈良駅・近鉄奈良駅から奈良交通バス「浄瑠璃寺」行きに30分乗車。「浄瑠璃寺前」下車すぐ。
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