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2018年11月11日 (日)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *68 国立歴史民俗博物館「正倉院文書」

毎月楽しみにしている、川嶌一穂さんの美ビット見て歩き 私の美術ノート *68が先日、奈良新聞に載っていました。

正倉院文書の複製プロジェクトが千葉県の国立歴史民俗博物館で行われていることを初めて知りました。
もっとも、予算は今回クラウドファンディングで何とかなったそうですが、全然「完成へ見通し」立ってないので、
これからずっと、今までと同じだけの予算が付くか、今年と同じくらいの寄付が集まったとして、あと35年かかる、という話です。

正倉院文書はいろいろな情報を伝えてくれます。
これからも継続して複製プロジェクトが続けられるようにしてもらいたいものです。

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *68 川嶌一穂

 

国立歴史民俗博物館「正倉院文書」複製製作プロジェクト

 

写真 大仏池ほとりの銀杏の黄葉(20151112日、花好きの友人による撮影)

 

 まだ自分で興味を持つ以前の子ども時代に、美術の好きな親に連れられてあちこち見て歩いたのは、今思えば貴重な体験だった。来週12日まで奈良国立博物館で開催中の正倉院展も、まだ幼い頃から毎年見ていた。当時は観客も少なくて、無料公開日だった「文化の日」も全然混んではいなかった。旧館の古めかしい展示ケースは、子どもでも見やすかった。

 後に大学の「日本美術史」の授業の中で、「僕の爺さんは、明治時代に正倉院御物の修復を行い、布製品は実践女学校の生徒さんに頼んだ」と聞いて、やっぱり修復しながら今に伝わっているのだなと納得した。

 もともと東大寺の「正倉」だった正倉院で、1200年以上も守られてきた宝物には、美術工芸品のほかに様々な文書類がある。その数、何と一万点以上。正倉院展で毎年数点ずつ展示され、まだ拝見してないが、今年は写経生の借金の文書が出ているらしい。

 紙は貴重だ。天平時代、戸籍などの公文書は、保存期間を過ぎても破棄されることなく、写経所の事務帳簿などとして裏面が再利用された。このため紙の両面に性格の違う情報が残り、世界でも類を見ない量の、8世紀の古文書が今に伝わった。奇跡と言うより他ない。

 文書の内容は、ほとんどが活字翻刻されていて、インターネット上の「国立国会図書館デジタルコレクション」でも読むことができる。しかし活字翻刻では原本の状態は一切分らないし、新しい研究によって読み誤りが見つかる場合もあるだろう。そもそもこれだけ災害の頻発する日本列島での文化遺産の保存は、常に大きな課題だ。

 今年の初め国立歴史民俗博物館が「正倉院文書」の複製製作のため、クラウドファンディングを開始したというニュースが流れた。聞けば歴博では、35年前から正倉院文書の精巧な複製を製作し、全部で約800巻のうち半分くらいが完成しているという。ところがいずこも同じ秋の夕暮で、予算削減の憂き目に遭い、このままでは完成まで半世紀以上かかる可能性が出て来た。

 そこで窮余の策として、クラウドファンディングで支援金を募ることになったが、蓋を開けてみれば、目標金額の350万円をはるかに超える金額が集まり、今年度も無事製作が進められることになったという。奈良人として、大いに気になる話題だった。

 いつも正倉院展を見た後は、大仏殿の北西にある正倉院まで足を伸ばして、大仏池の銀杏の木を見に行く。ある年は散り際に行き合って、黄金の光が降るようだった。写真は3年前に友人が撮ったものをお借りした。

 

=次回は12月14日付(第2金曜日掲載)=

 ・・・・・・・・・・・・・・・

かわしま・かずほ

元大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ 国立歴史民俗博物館 千葉県佐倉市城内町117。電話043(486)0123。「正倉院文書」複製製作プロジェクトのクラウドファンディングは締め切ったが、引き続き寄付を受付中。歴博のホームページ左下の「歴博サポート(ご寄附)のお願い」に案内あり。


https://www.rekihaku.ac.jp/


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