フォト
無料ブログはココログ

« 10月24日プレオーナーズSALON | トップページ | 運慶展へ、東京国立博物館へ »

2017年10月15日 (日)

東京・有楽町の天忠組シンポジウムへ

10月13日に東京・有楽町駅前のよみうりホール(1000人収容)でおこなわれた、天忠組のシンポジウムに行くことが出来ました。開場前後に、今回の映像を撮影された保山耕一さん、清水真貴さんチーム、そしてドローン撮影を担当された京阪奈情報教育出版社長の住田幸一さんにもお会いできました。そして企画・監修・基調講演などをされた岡本彰夫もと春日大社権宮司さんにもご挨拶できました。西本安堵町長にもご挨拶できました。フェースブックで知り合った東京のIさんにも初めてお会いできました。奈良まほろばソムリエの会、専務理事の鉄田さんにも。
そして夕方6時から8時半まで、2時間半、休みなしで行われたシンポジウムは素晴らしかったの一語です。保山さんはじめ多くの皆様、お疲れさまでした。ぞして、奈良でもぜひ何らかの形で、保山さんの映像など再演していただくことを強く希望します。
Cimg04922 Cimg05032
Cimg05052 Cimg05282
Cimg05431
撮影チームのおふたり、暗くてうまく撮れませんでしたが、お疲れさまでした。終演後、多くの方が保山さんのところに駆け寄っておられました。
Cimg05481 Cimg05523
フェースブックでいただいた映像作家の保山耕一さんのコメントです。
「奥大和に咲いた維新の桜、志に散った天忠組」
御好評を頂き、無事に終了致しました。
冷たい雨の中を御来場いただきました皆様に心よりお礼を申し上げます。
昨年の「桜とともに生きる」同様に、映像制作だけにとどまらず、全体の企画構成まで担当させて頂きました。
中でも、オープニングを飾った和太鼓、書、朗読のコラボレーションにはシンポジウムのテーマを託して構成演出致しました。本番に至るまでに幾つものハードルを越えなければなりませんでしたが、結果として皆さんのご協力のおかげで、素晴らしい表現の場になったと僭越ながら自負しております。和太鼓、書、朗読、それぞれが響きあって、あの瞬間でしか生み出せない、唯一無二の煌めきを観客の皆様にお伝え出来たと確信しております。
...
間違いなくあの瞬間に天忠組の志士達が客席に現れたと感じました。
私はあの瞬間を決して忘れません。
あの瞬間を700名以上の皆様と共有できたことを決して忘れません。
ありがとうございました。
最後に心を尽くして監修頂いた岡本先生と阪本先生、草村館長に心よりお礼申し上げます。
追伸
昨日は一枚の写真すら撮る余裕がありませんでした。
私やスタッフ、会場などシンポジウムの写真をタグ付けやコメントで共有させて頂きたく、よろしくお願いします。」
22406508_1361633890611873_653023503  
制作の映像作家の保山耕一さんと清水真貴さん。(伊奈仁さん撮影)
22405508_1361633257278603_792530335 22405734_1361633577278571_609363460
書道パフォーマンスの桃蹊 柳井尚美さん。
フェースブックからこの日ご挨拶できた東京在住の伊奈仁さんのレポートと写真拝借。

「昨日13日(金)夜に東京・有楽町で開催された天忠組シンポジウムin東京『 奥大和に咲いた維新の桜 ~志に散った天忠組~ 』に参加してきました。

今回参加させて頂いての私の感想。
このようなフォーラムは過去いくつも参加させて頂きましたが、 関東の地でこのような内容の濃い、尚且つエンタテインメントとしても優れた奈良のイベントに参加出来てとっても 幸せ でした。
...

私の拙い筆力ではその凄さを表現できないのがとっても歯痒いですが、是非いろいろな場所でも開催して頂き、広く知ってもらいたいと思ったフォーラムでした。

私自身としては、もう少ししっかりと天忠組と奥大和を勉強してから、必ず現地 奈良・奥大和を訪ねたいと思います。」

伊奈仁さまありがとうございます。

22449768_1361634713945124_2059232_2

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そしてフェースブックで岡本権宮司が紹介されています、たかはし章子さんの素晴らしいレポートを以下引用させていただきます。
(以下引用。たかはし章子さまありがとうございます。)
 
昨夜は有楽町のよみうりホールで行われた《天忠組フォーラム》に参加してきた。
《忠》
人はただの肉体ではない。
魂の存在感として、「志」こそが芯であるとそれを再確認した時間を頂戴したように思う。
和太鼓と書のパフォーマンスで始まったオープニングは耳と目と全身での響がもたらす効果かその場所にグッと深く沈み込むような集中力を私にもたらした。
描かれた書は、
手漉の和紙三重で作ったという紙に書かれた。
その紙の持つ清潔な重みを存在感として空間へ放ち墨色を際立てていた。
《忠》という一文字に天忠組の全てを盛り込んだという書家の心意気と
天忠組の意思の力強さと 志の高さはを会場にもたらしたように見えた。
薄墨で流された線は雲の流れ、、、忠の部首「心」に踊るような躍動感がみなぎり若さと血気の激しさを感じ「中」の部首の中心に走る芯の真っ直ぐさとに、まず心動かされた。
彼ら組員の志のつよさと芯のつよさが そこに見えた。
その場で掲げられた書は、一点で、その空間全てを支え
今日のテーマを目で見せてくれた。
《利他・責任・再生・・・》
岡本彰夫先生の基調講演は時間的には 10分ほどであったにも関わらず 的確な誘導で私たち聴衆に、天忠組の精神支柱と今日のテーマを、「利他、責任、再生」という三語に集約し私たちにブレ無く的を当てて 示してくださり素晴らしかった。
その後の1時間余りの映像ドキュメンタリーはいのちを込めたこれもまた素晴らしい映像だった。
登場する方がたの熱い思い、関連の土地の映像
奥大和の山また山の その村々の映像、、、
ただその場所を見ているだけでなみだが頬を伝う。
私は知らなかった。
この天忠組の志士たちが、19歳から20歳そこそこの若者たちが多かったということ。
そんなに若かったのかと、、、。
映し出される映像の顔は みな 幼い面ざしで胸が痛んだ。
玉置神社の映像と、
天誅組終焉の地という石碑の映像にも
思わず涙が溢れた。
ここは私が行ったことのある場所だったからだろうか。
玉置神社はこの7月末に、そして、去年の10月末に丹生川上神社中社へ向かっている時、たまたま東吉野村を走っていて、突然 天誅組終焉の地の石碑の前に出て、思わず車を降り手を合わせて来た場所だった。
そこが映しだされたた時そこの空気感が一気にわたしに流れてきた。
映像では、こころざしの高さは空の如く、澄んだ心は清水の如く その生き方は桜の如し・・と語られた。
そう語られる志士の一人一人に当てられるスポットライトと、そのドラマ・・・
岡本彰夫先生が映像内で話された吉村寅太郎の壮絶な最期の物語は悲しい。
最後の力を振り絞り岩の上に登り胡座した彼は切腹の為に 刀に手をかけようとした。
敵方は 誤解し慌てて一斉に発砲した。寅太郎は、最後の希である切腹が叶わずに「残念無念・・・」と果てたという。
また、天誅組河内勢を忘れてはならないとのお話などもありましたがいかにせん、こちらの知識があまりに浅薄にて
受け取れずに来たことは残念。
また、映像の中で今回登場する方がたはお話しつつ、我が事のように なみだを流されていた。
「世を良くしようと理想に燃え、逆賊とされた彼らもの最後のを思えば、どんなに残念だったかと、なみだがでます。
天忠組を思えば思うほど涙がでます」と、、
「最後の食事を紋付袴で饗したという先祖の話を聞いた時、ああ、ウチの先祖も偉いことをしたと誇りに思いました」、、、なみだを流されている。
それを聞いて わたしの目も濡れる。
150年まえに新しい世の中を作ると理想に燃えた若者たちの生き様は後世の私たちに 「志」によって強く働きかけ 迫ってきた。
これは、まだ、彼らが生きていることだと気づく。
そのことに 気づいた途端、強く白檀が香った。
大好きな香り。
岡本彰夫先生のおっしゃった「再生」とはこの私たち後世人の心に彼らの「志」を映すことなのだろうと思った。
一心公平無私、、、彼らの旗印だったという。
私たちに、自分は今、その言葉に恥じない生き方だろうかと問いかける。
この時間、彼らがわたしに迫ったことは 大きい。
志、、もう一度、志をみつめよと迫る。
このフォーラムは今回で5年目だという。
天誅(忠)組という言葉を初めて聞いたのは3年前。
奈良に興味を持っていて何度か訪れていることを知っていた奈良ご出身のお友達から天誅組フォーラムがあるけれど?とお電話をいただきオススメいただいた。
その時まで、私は天誅(忠)組を全く知らなかった。
聞いたことも無く無知識だった。
奈良に集った理想に燃えた若者たちが
決死隊を結成し維新の魁になったのだと
簡単に天誅組のことを教えていただいたけれど
その時は 行かなかった。
そのお友達は翌年(昨年)も誘ってくださったけれど
予定があって行かれなかったから やっとの3年目だった。
やっと行かれたし、行って良かったと思った。
《辞世》
天忠組には、伴林光平という浄土真宗の僧侶であり幕末の大歌人・国学者がいたということだった。
書記方として、江戸期の当時としては異例の高齢、51歳での参加だったという。
もし、天忠組に入っていなかったら、彼は日本を代表する歌人となっていたはずだと、岡本先生はおっしゃった。
そのためか
ファーラムの最後の趣向はパネラーが こころに残る辞世を紹介する形ですすんだ。
歌というのは、深くこころに刻まれる。
雲を踏み嵐を攀(よ)じて御熊野の果て無し山の 果ても見しかな
この時も やっぱり 背後に 大好きな白檀が香った。
二度、こうやって 白檀の高貴な匂いが香ったから彼らも共にいるのだろう、
魂となって、この場に共にいるのだとわかった。
岡本先生が最後のにこうお話されたのが印象的だった。
思い出すことが、何よりの供養です。
弔うとは、とぶらう
訪れるということでもあります。
ぜひ、彼らの足跡を辿って奥大和の土地土地をめぐり天忠組を思い出し、彼らに思いを馳せて貰いたいと。
思い出すことが供養であり再生。
そして、こころざしを思ういい時間でした。
ありがとうございました。

« 10月24日プレオーナーズSALON | トップページ | 運慶展へ、東京国立博物館へ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 10月24日プレオーナーズSALON | トップページ | 運慶展へ、東京国立博物館へ »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30