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2017年8月12日 (土)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *54

いつも楽しみにしている、川嶌一穂さんの「美ビット見て歩き 私の美術ノート」が、奈良新聞にのっていました。
今月は、大阪高島屋「興福寺の寺宝と畠中光享」展。
渋谷区立松濤美術館「畠中光享コレクションーインドに咲く染と織の華」展
の2つです。2つの展覧会はともに、畠中光享さんの展覧会だそうです。そのうち、「興福寺の寺宝と畠中光享」展は全国を巡回されていて、6月に興福寺の境内にある興福寺会館で拝見することができました。
その時の、鹿鳴人のつぶやきは→ブログ
7月8日の興福寺大御堂での橋本町・お薬師さんの法要の時に、興福寺貫首の多川俊映師とお話できました。「中金堂の本体はもう出来上がっているけれど、内部や中金堂の周辺整備にもう少し時間がかかります。畠中光享さんは奈良県うまれ、1947年生まれで(多川貫首と)同じ年齢」とのことでした。
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美ビット見て歩き 私の美術ノート *54 川嶌一穂
大阪高島屋「興福寺の寺宝と畠中光享」展。渋谷区立松濤美術館「畠中光享コレクションーインドに咲く染と織の華」展
写真 「覆い布(部分)」アンドラ・プラデッシュ州マスリパタム。19世紀初期。木版捺染、媒染及び防染。木綿。=松濤美術館提供
 今はまだ覆屋に覆われている興福寺中金堂は、来年の秋に落慶の予定である。和銅3年(710)の創建以来じつに7回も焼失したが、焼失後は、ほぼ同じ場所同じ規模で再建されてきた。礎石66個のうち64個が創建時のままであることから分かるという(『興福寺の寺宝と畠中光享展図録』)。

 内陣の14本の柱のうち、本尊のすぐ南西に位置する柱が「法相柱(ほっそうちゅう)」で、その上に法相宗興福寺の祖師像が描かれてきた。平成の中金堂再建にさいしても法相柱が再興され、奈良県生まれの画家・畠中光享(はたなか・こうきょう)が14名の祖師像を描くことになった。

 下から上に無着・世親をはじめとするインド人僧、玄奘三蔵ら中国人僧、そして玄昉僧正ら日本人僧の像が、高さ10メートルの1本の柱に貼りつけられる。法相仏教がインドから中国を経て興福寺に伝わったことが、視覚的に感じられることだろう。完成後、とくに中段より上の像は高く仰ぎ見ることになるので、関西では最後となる大阪高島屋での本展をお見逃しなきよう。

 本欄第22回(平成26年9月)で著書『仏像の歩み』をご紹介した時にも述べたが、畠中は若い頃から100回以上もインドの仏跡を訪ね歩いている。今回インド人祖師がインド式の衣を身にまとい、紙のない西暦5世紀のインドに生きた世親の持つ経が貝葉(ばいよう・シュロ椰子)経であるのも、インド仏教に詳しい畠中ならではの図像である。

 畠中は「千年残る柱絵」を念頭に置いて、群青などの顔料と紙を厳選したと語る。これからも中金堂は改築や再建を余儀なくされることがあるかもしれない。しかしその時は平成の柱絵の豪華な材料や、まことに人間臭い祖師の個性を表現する畠中の技量が、何百年後かの日本人を驚かせることだろう。

 西洋近代のものの見方に慣れてしまった私たちは、仏画や仏像を「仏教美術」として見がちだが、本来それは信仰の手段であり、信仰そのものの営為である。その意味で、平成の法相柱祖師像を、みずからも仏僧である畠中が描いたことはきわめて意義深い。

 僧であり画家である畠中にはもう一つの顔がある。自らの足と目で集めた、染織と細密画を中心とするインド美術のコレクターとしての顔である。たまたまこの夏、畠中の染織品コレクションの中から、150件ほどを選んだ展覧会が東京で開かれているのでご紹介したい。今はもうほとんど入手できないインドの布の、技術の高さと趣味の良さを間近で味わうことのできる貴重な機会である。写真は約1メートル四方の木綿の覆い布の一部。鮮やかな赤色と洗練された唐草模様が印象的だ。
=次回は9月8日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。
メモ 大阪高島屋(7階グランドホール) 大阪市中央区難波5-1-5。電話06(6631)1101。会期は8月23日(水)―9月4日(月)まで(無休)。畠中によるギャラリー・トークあり。

渋谷区立松濤美術館 東京都渋谷区松濤2-14-14。電話03(3465)9421。会期は8月8日(火)―9月24日(日)まで。原則として月曜休館。

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