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2017年2月22日 (水)

奈良公園の鷺池の南の県有地活用計画について

Photo  Photo_2  
友人からのレポートです。 (画像はクリックすると拡大します)
「先日、こういうシンポジウムがあったようです。
 
http://www.nara-park-mamoru.jp/news/article253

問題の場所は、高畑駐車場の向かい側、浮見堂のある「鷺池」の南岸の塀に囲まれた所で、江戸時代には興福寺松林院があり、その後裁判所や、豪商山口家の南都別邸があった所。
(添付の、裁判所跡全体図 参照)

その後裁判所の官舎として使われたりしましたが、長らく放置状態でした。
かなり高さのある土塀やフェンスに囲まれているため、鹿も出入りできません。(そのため、植物は非常に元気なようです)

いつぞや、塀の外を歩いていた子供たちに、塀の中の倒木が倒れかかり、重傷を負わせる事件があって、県が責任を問われる事態になったこともありました。

そこで、県が、この場所を宿泊施設などとして利活用する事業者を募集しようとしたら、すぐ南側に、保養所(もとNTT万葉荘)や邸宅を持つ、モンベル辰野会長などが反対ののろしを上げたというわけです。」
毎日新聞奈良版2016年12月27日付は次のように伝えています。
「奈良公園(奈良市)の南端に当たる同市高畑町の県有地(約1・3ヘクタール)に、ホテルなど宿泊施設や茶室が造られることになった。名所・浮見堂がある鷺池に隣接し、かつて文化人らが集う邸宅があった場所。コンセプトは「庭園・茶の湯文化を感じられる場」とし、県が26日に公募型プロポーザルによる事業者の募集要項を公表した。東京五輪のある20年までの整備を目指す。【芝村侑美】
 計画地は室町~江戸初期に興福寺の子院・旧松林院があり、大正期には旧財閥が所有する邸宅があった。邸宅の茶室には作家の志賀直哉、武者小路実篤が訪れたという。1951年に最高裁の所有地となり、奈良家裁の分室や官舎などが建設され、2005年に県が購入。現在も庭園の石組みなどが残る。
 計画では、県が池や石組みなど庭園遺構を修復し、当時の茶室を再現。さらに事業者が宿泊・飲食施設を造る。宿泊施設は1室50平方メートル以上と広めの設定。埋蔵文化財があるため松林院跡は保存する。県は「10~20部屋ほどの施設が想定される」とする。
 優先交渉者の決定は来年3月下旬~4月上旬を予定。要項は県奈良公園室のホームページでも閲覧できる。」
また、こういう意見も地元では言われていますので紹介します
「以前も、すぐ近くのもと興福寺の塔頭を大川奈良市長のころ、奈良市が買い入れ(たぶん今も奈良市の市有地と思いますが)奈良市元林院町ご出身の絹谷幸二さんの美術館を作ろうという計画がありました。
やはり辰野さんの反対でとん挫しました。
絹谷幸二さんの美術館はいま大阪キタの空中美術館として好評に開館されています。

かつてサイトウキネンオーケストラの夏の音楽祭の場所として奈良を要望されましたが、 柿本知事のころ奈良県は断ったそうです。
そして長野県の松本市でオザワセイジ・オーケストラとしていまも毎年盛大に開催されています。
松本市では「あの時よく奈良は断ってくれた」と喜んでおられると人づてに聞いています。奈良県はもったいないチャンスを逃したものです。

そもそもさかのぼれば江戸時代、奈良奉行、川路聖謨(としあきら)のもと、桜と楓が奈良公園を中心に植えられました。

また明治時代には廃仏毀釈もあって、嘆願して奈良公園が作られたということです。
2月14日の瑠璃絵の最終日は、実は奈良公園の誕生日です。
明治時代に国立の奈良博物館が建てられ、奈良ホテルも建てられました。
かつての県立図書館も日露戦争戦勝記念で建てられたそうです(いま郡山城あとに移築されています)。

今回の裁判所のあとなども長い間閉鎖されたままです。
ご指摘のように、塀の外の出てきた古木が落ちて怪我をしたと県は訴えられたこともありました。

反対の会は報道によれば「活用より保存」と言っておられるようですが、
むしろ「現在地をより良い保存のためにこそ活用されるべきだ」と思います」

 

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コメント

「現在地をより良い保存のためにこそ活用されるべきだ」
↑全くそのとおりです。

モンベルが何故・・・と思ってましたが、そういうことですか。
そもそも、夢風広場で商売やってる方が奈良公園の環境うんぬんを語る資格は無いと思いますが。
ホテルが建設されて、奈良公園がより魅力ある場所になることを望みます。

奈良市民さん。コメントありがとうございます。
そして多くの方から賛同をいただきありがとうございます。

やはり「現在地をより良い保存のためにこそ活用されるべきだ」という声が大きいことがよくわかりました。

奈良からの誤った情報を発信することで、県外の良心的な多くの方まで誤解を与えることがあってはならないと思います。メディアにもより良い情報の発信を期待したいと思います。

そして現在地を適正な、より良い利活用を期待したいと思います。

ご説明よくわかりました。
反対運動だけ目立って、内容が良く理解できませんでした。
奈良県は、奈良県の資産を生かしていないと思います。
私は街路樹について気付きお願いしていますが、県内の街路樹枝をことごとく切る剪定をしています。街路樹の目的は道路に影を作ることなので、庭木と街路樹の剪定は根本的に違うのですが。
是非、奈良県のためにも、外からの人たちに落ち着いてもらう新しい施設を造り、前向きに活用していただきたく思います。
何事にも時期というものがありますから、新しい観光客を呼ぶ施設を20年までに完成してもらいたいものです。この計画、旬と思います。

磯さん。コメントありがとうございます。同感です。

奈良県奈良公園室では、上高畑の祢宜家住宅「藤間邸」の復元整備利活用も手掛けるようですね。(2月23日NHK関西で放送)
なかなか楽しみです。

ところで、先日のシンポに出ておられた元旅館あるじ、最近どうされているのかなと思ったら、こんな「ハコ」を雑司町で作っておられるようですね。
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/9a8ecb614dfe29ba01eabfb58e29809e
「奈良公園守れ」もいいですが、大仏様のすぐ足元で作るものに、もうちょっと工夫はないのかと思ってしまいます。

全く同感です。

そして個人の利害のためだけ県・市民の貴重な税金が投入されている土地が有効活用されないのは本末転倒の感があります。
現状のまま放置されるのだけは絶対避けるべきです。
反対運動している方は生駒山麓公園では違法行為をしているとか。
言行不一致の感が免れ得ません。

大槻さん、MMPP11さん、コメントありがとうございます。

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