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2016年10月15日 (土)

美ビット見て歩き 私の美術ノート *45

毎月楽しみにしている、川嶌一穂さんの「美ビット見て歩き 私の美術ノート」が奈良新聞に載っていました。 
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美ビット見て歩き 私の美術ノート *45 川嶌一穂
大阪市立東洋陶磁美術館「朝鮮時代の水滴」展
写真 青花牛形水滴(18世紀)=著者撮影
 親が亡くなって、祝儀不祝儀の袋の名前を自分で書くしかなくなったのには困った。大正生まれの父の机の上にはいつも硯箱が置いてあり、さっと墨をすって、ささっと筆で書いてくれた。学校の習字の時間に習っただけだと言っていたが、昔の学校教育は大したものだったと思う。私たち団塊の世代はこうは行かない。「書」にまつわる伝統が身に付いていない。 
 写真の「牛」は高さが8センチメートルで、水滴としては大きい方だろう。「水滴」という美しい名前を持つこの道具は、もちろん硯に水を入れるためのもので、中の水を硯に注ぐ孔と、中に水を入れる注入孔が付いていることが多い。これは牛の背中の真ん中に注入孔、右耳に注ぎ口が開けられている。水を入れた容器に沈めると、ブクブクと水が入る仕掛けである。
 少し青みを帯びた白磁で、眼だけが青で描かれている。口を開けた惚(とぼ)けた表情がこの作品の味である。素朴な造りだが、脚を不器用に折り曲げた姿は実に写実的だ。読書や書きものに飽いた時、持ち主はこの牛の表情にふと心が慰められたのではないだろうか。
 大阪中之島にある東洋陶磁美術館は、時々訪れたくなるお気に入りの美術館だ。先日も知らずにふらりと立寄ったら、何と水滴ばかりが百点以上も展示されていた。そのほとんどが掌(てのひら)に載る小さなものだが、色も形も多彩で、一点一点見飽きることがない。同じく小さな作品である「根付け」のような騒々しさがないのは、水滴が思索の場である書斎で使われる道具だからだろう。百数十点を見終わっても、清々しく、いい気持ちだった。
 また今回、朝鮮陶磁の研究家・浅川伯教(のりたか)の絵が数点出ていたが、浅川の絵は初めてだった。淡彩でさっと描いたようだが、器への愛情が伝わってくるいい絵だ。
 昭和52年(1977)、安宅英一(1901−1994)という一人の目利きの東洋陶磁器のコレクションが、安宅産業の崩壊とともに散逸の危機に瀕した。そのとき住友グループがコレクションを守るべく大阪市に巨額の寄贈をして、昭和57年に市立東洋陶磁美術館が開館した。安宅コレクションのもう一つの柱である速水御舟の作品は、これもまとまって山種美術館に入った。コレクションには趣味の統一がある。散らばってしまっては価値が半減する。私は東洋陶磁美術館に足を運んでは、ああこれが散逸しなくてよかった、といつも思う。安宅産業の崩壊については、松本清張が「空(くう)の城」(文春文庫)という小説に書いている。 
 
 =次回は11月11日付(第2金曜日掲載)=
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かわしま・かずほ
元大阪芸術大学短期大学部教授。
メモ 大阪市立東洋陶磁美術館 大阪市北区中之島1−1−26。電話06(6223)0055。地下鉄御堂筋線淀屋橋駅から土佐堀川を渡り、東へ徒歩5分(大阪市中央公会堂東側)。http://www.moco.or.jp/
会期は11月27日(日)まで(月曜日休館)。

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