外山滋比古さん。日経新聞の気になった記事から
独創老人をめざす 外山滋比古さんに聞く
忙しく生き 歳を忘れる 社会の活力生む源泉
長生きしているという自信みたいなものがでてきたのは85歳ぐらいからですね
英文学者・エッセイストの外山滋比古さん(92)は、若い頃から体が弱く、とても長生きはできないと思っていた。ところが、ものを考えたい、頭の働きを良くしたいと工夫を重ねるうちに体も丈夫になり、老いも恐るるに足らずの心境に至る。言葉や創造性についての膨大な著作を生み出し、いまも現役で旺盛な執筆活動を続けている。
「初めは、健康のことは頭にありませんでした。30代でしたか、頭が働かない、考えがまとまらないときに、外を歩くと、すらすら原稿が書けることもあるのに気がついた。それで、早朝、地下鉄で通って皇居一周の散歩を続けた。そのうち体の調子も良くなった。80歳ぐらいまで続けましたか。最近は、やや体力が衰えたので1日5千歩ぐらいに減らしています」
健康を意識しだしてからは、脚力のほかにも様々な工夫を始めた。「体の動く部分は全部動かそうと考えた。足に加えて手を動かし口も動かす。80代で必要に迫られて始めた炊事も手と頭の運動になりました。そういう“五体の散歩”を続けると、体にも心にも健康面で非常にプラスになることが分かった」
この散歩には「生活の編集」が欠かせない。「基本的に忙しくしなきゃだめです。暇なのがいちばんいけない。とにかく、することをたくさんこしらえる。一日には、とても収まりきらないので、優先順位を決める。いわば編集作業です。その日の目玉、大事なことを3つ書きだして、まず難しい課題から取り組む。それができると、楽になるので次に進む。できなかったことは先送りしますが、充実した一日になると思います」
散歩の効果をさらに上げるコツがある。我を忘れることだという。「例えば、思いがけなく、良いことがあれば、いたく喜ぶんです。心配事やいやなことも忘れますからね。忙しくしていれば、新しい関心事が次々に出てくる。ストレスもたまらない。若い人にはあまりいいことではないが、年を取ったら、忙しいのは、すばらしいことなんです。努力しなくても、我を忘れて、年も忘れますからね。そうなれば、年は取れども、年は取らない」
「いまの高齢者は、歳(とし)を気にしすぎますね。我を忘れ、年を忘れて、いつも前を向いて、今日よりも明日の方がいいことが起こると考えていれば、年を取るのは、ぜんぜん怖くない。むしろ、なかなか楽しい、面白いことがあるんだと分かってくる。生きていることが楽しみになってくるんですね」
高齢者の独創、新しい発想が社会を変える
高齢化の現状に厳しい目を向ける。昔に比べ、いまの高齢者はどうも元気がない。自力で生き抜く力が少し足りない。発想の転換ができていないという。
「昔は年取って元気だと、一種のエリート意識があった。周りにあまりいませんでしたから敬老の精神というのがあった。いまは軽んずる軽老ですね。みんな年寄りなので、たいしたことはないと。かつて人生古来稀(まれ)なりと祝った70歳は、いまはざらです。80歳以上が一千万人を超えた時代に年を取るのは、昔よりもはるかに難しい」
「昔の人の知らないところなので、どうしていいか分からない。お手本がない。現役のときと同じ発想で、一本調子に同じことを続けようとするが、それじゃうまくいかない。挫折して自信を失い、周りに迷惑がられることにもなりかねない」
「そうならないためには、思い切った頭の切り替えが必要です。お金も労力も自分のためだけじゃなく世のため人のためにも使うという発想に変える。その結果、年取って良かったと思える生き方ができるようになれば、社会全体が老人というのはたいしたものだ、やっぱり尊敬に値するとみるようになってくる。そこで、新しい『敬老』が起こってくると思いますね」
人口減少、高齢化が進む社会では、高齢者の創造的な生き方が社会全体の活力を左右するとみる。
「人口の3分の2が高齢者という社会が来るでしょうから、人生の後半がうまくいかないと、社会全体として大問題になる。若い人たちの力も落ちていくのは目に見えている」
「確かに、いまのように若い人の労働を中心に考えれば、日本経済の将来は不安でしょう。しかし、高齢者が自分たちで充実した生き方を創り出すようになれば、社会全体の活力を引き出せる。国際競争力だって、十分高められる。やりようによっては、米欧とは違った新しい社会を創ることも可能なのではないか。世界で最も優れた文化的な高齢化社会になり得ると思っています」
「それには銘々が生き方を創り出さないといけない。若者のまねではだめ。年寄りには創造的な仕事は無理といわれるが、そんなことはない。高齢者の潜在的な力を生かせば、個人としても社会としても新しい発見や創造は可能です。そう考えると高齢化社会はなかなか面白い」
「年は取っても、人間は日々新しいことを考え、新しいことに挑戦すれば、日々新しくなっていく。そういう生き方ができると思っています」
(編集委員 玉利伸吾)
とやま・しげひこ 1923年愛知県生まれ。東京文理科大卒。雑誌「英語青年」編集長、東京教育大助教授、お茶の水女子大教授を経て、現在は同大名誉教授。英文学のほか言語論、修辞学、読書論、教育論など幅広い研究、評論活動を続けてきた。著書に「外山滋比古著作集」「古典論」「日本語の論理」など。
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