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2014年11月15日 (土)

美ビット見て歩き 「大古事記展」

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いつも楽しみにしている大阪芸術大学短期大学部教授の川嶌一穂さんの奈良新聞に連載されている今月の「美ビット見て歩き」は、いま奈良県立美術館で開催されている、大古事記展です。(12月14日まで)

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美ビット見て歩き 私の美術ノート *24 川嶌一穂

 

奈良県立美術館「語り継ぐココロとコトバー大古事記展」

 

写真 秋空のもとで開かれる「大古事記展」会場=著者撮影

 

 カエデには少し早かったが、桜とナンキンハゼの紅葉を味わいながら、秋の一日、奈良県立美術館を訪れた。

 

 「古事記」序文に「漢文で書くと、心を伝えることができないし、日本語の音を万葉仮名で表記すると、文が冗長になる」という意味の一文がある。

 

 すでに日本語というコトバは存在していて、文字だけがなかったところに、大陸から文字が入って来た。さて、どうするか。

 

 壮大な社会システムを伴う漢字、つまり中国語を採るか。それとも、漢字の音だけを拾って、日本語をそのまま表記するか。

 

 当時の日本人は、いわばその両方を採った。漢字は採用するが、中国語の意味を「音=オン」で読み、同時にその漢字に日本語の意味を持たせて、「訓」で読んだ。古代日本が下した英断だった。

 

 こうして「古事記」という物語と、日本語というコトバが残った。コトバの独立こそが、クニの独立なのだから。  

 

 今回は、残念ながら複製の展示だが、最古の写本「真福寺本」は、名古屋の大須観音(真福寺)に伝わる南北朝時代の写本である。

 

 当時の学術センターだった東大寺の東南院で書写されたもので、戦乱を避けるために、他にも東南院所蔵の古文書が、大須観音に預けられ、今も所蔵されるという。これも素晴らしい危機管理だ。

 

 今回驚いたのは、17世紀半ば、寛永年間にもう「古事記」の版本が出ていることだ。それだけの需要があったのだろう。会場では、半生を捧げて「古事記伝」を書いた本居宣長の愛蔵本を見ることができる。

 

 古事記に題材を採った絵画も多数展示されている。「皇紀2600年」(1940)祝賀の記念として、「肇国(ちょうこく)創業絵巻」が制作され、横山大観、安田靫彦(ゆきひこ)ら名だたる画家が絵を描いている。絵巻以外でも、安田靫彦の静かで、高雅な作品が、もっとも印象に残った。

 

 そもそも何故「古事記」は書かれたか。これも「序文」によれば、多くの氏族の記録が、真実と違い、虚偽が加えられているので、今それを正しておかなければ真実が失われてしまう、という天武天皇の発案による国家事業だった。

 

 強大な文明の周辺に位置する「日本」が、危機に直面すると、「私たちは誰か」と自問せざるを得ない。それが「古事記」が長く語り継がれてきた理由だ。

 

 幼い頃、子ども向けに簡訳されたものを読んだだけなので、これを機に、ゆっくり読んでみたい。秋の夜は長い。 

 

 =次回は12月12日付=

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

かわしま・かずほ 大阪芸術大学短期大学部教授。

 

メモ 奈良県立美術館 奈良市登大路町10−6、電話0742(23)3968 ▼会期は、12月14日まで。堂本印象筆『木華開耶媛』は、11月16日まで。安田靫彦筆『天之八衢(やちまた)』、『古事記』と青木繁筆『黄泉比良坂』は、11月18日から。石上神宮蔵『七支刀』は、11月24日までの展示。

 

 

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