滝坂の道 2 峠茶屋から奈良高畑町へ
誓多林の村落を抜けて峠茶屋で草餅をたべて一服。茶店のおやじさんによれば、年中店は開いているが、これから5月の間がいちばん人が多いということでした。たしかにこの日は上り下りのウォークの人たちにときどき出会いました。
近くには八柱(八王子)神社がありましたので参拝。
そこからしばらく行くと道はふたつに分かれました。今回は大回りの地獄谷石窟仏の方の道をとりました。川沿いに下ったりまた上ったり狭い道でややくたびれましたが無事地獄谷石窟仏にたどりつきました。彩色ものこる美しい石仏でした。
ここで11時前ながら、お弁当を食べて休憩。
そして奥山ドライブウエイを横切りました。
春日山石窟仏は今回はパス。以前に撮った写真です。
地獄谷新池のそばを通り、首切り地蔵へ。
そして朝日観音さまです。
そのほか夕日観音は高いところにあったり、寝仏は石の裏でうまく写真は撮れませんでしたので今回写真は省略。石畳の道です。
やがて滝坂の道は大杉教会から高畑町へ、奈良の町につきました。昼の12時半、約3時間半歩いたことになります。
このコースは全般に下りのはずですが、下りもまた足に負担がかかりました。
さて会津八一はこの滝坂の道で歌をたくさん残しています。
滝坂にて
かき の み を になひて くだる むらびと に いくたび あひし たきさか の みち
まめがき を あまた もとめて ひとつ づつ くひ もて ゆきし たきさか の みち
かけ おちて いは の した なる くさむら の つち と なり けむ ほとけ かなし も
たきさか の きし の こずゑ に きぬ かけて きよき かはせ に あそびて ゆかな
ゆふ されば きし の はにふ に よる かに の あかき はさみ に あき の かぜ ふく
地獄谷にて
いわむろ の いし の ほとけ に いりひ さし まつ の はやし に めじろ なく なり
道端の木の札に会津八一の歌が書かれていました。
かけ おちて いは の した なる くさむら の つち と なり けむ ほとけ かなし も
いつもの会津八一研究家の素空氏のhpからです。http://surume81.web.fc2.com/hitorigoto/81/81top.html
滝坂にて(第3首)
かけ おちて いは の した なる くさむら の つち と なり けむ ほとけ かなし も
(欠け落ちて岩の下なる草むらの土となりけむ仏かなしも)
滝坂 「新薬師寺から東へ入る。高畑町から春日山を石切峠に至る。能登川沿いを登る石畳の道」
かけおちて 「岩に刻まれた仏像が、長い年月によって欠け落ちたこと」
かなし 「いとおしい」
歌意
岩に刻まれてみ仏が長い年月の間に欠け落ちて、草むらの土になったのもあるだろう。哀しく、いとおしいことだ。
七月滝坂を登った。少し行くと東海自然歩道の標識の上に「寝仏」の表示がある。八一は自註で「俗に『寝仏』と名付けて、路傍に顚落して、そのまま横たわり居るものあるなり」と書いている。
原型を止めず、土になってしまった仏達は沢山あるだろう。それを八一は「かなしも」と抒情的に詠んだ。南京新唱「滝坂にて」5首の3首目。
(引用おわり)
この日のMAPです。(クリックすると拡大します)
奈良市内まで約3時間半、新緑の良いコースです。(反対方向もありますが柳生方面から奈良市内にむかうバスはあまりありませんので、要注意です)
この日のコースの近鉄てくてくまっぷです。近鉄奈良駅で無料でもらえます。
http://www.kintetsu.co.jp/zigyou/teku2/teku-nara03.html
このコースは約12キロとのこと。
万歩計は22000歩を表示していました。(おわり)
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