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大宮通の油阪町の西方寺では山門工事が続けられていましたが、このほど、見事に建立されていましたのでお彼岸に訪れました。ご住職は旧知の桜井寛明師です。
大きなお寺です。
このお寺には万葉歌碑があると聞いていましたので、少し探すと本堂の左脇にありました。
犬養孝先生の書です。
うり くりは
瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば ましてしのばゆ いづ
まなかい
くより 来りしものぞ 眼交に もとなかかりて 安寝しなさぬ (巻5-802)
解説の石碑です。
そして有名な反歌は歌碑の裏面にありました。
銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(802の反歌)(巻5-803)
おはようございます。
氷室神社の例祭、いい雰囲気ですね。と思いながら、こちらへコメントを。
この歌碑が建立されたとき、除幕式にうかがったことを思い出しています。 犬養先生も車椅子でお見えでした。もしかしたら、先生揮毫の最後の歌碑だったのかも、と思ったりしています(不確かですが^^;)
かれこれ、10数年前になるでしょうか。
投稿: かぎろひ | 2013年10月 2日 (水) 08時57分
かぎろひさん。コメントありがとうございます。お葬式では西方寺ときどきいきますが、万葉歌碑ははじめてみました。 かぎろひさんは除幕式にいかれていたのですね。またよろしく。
投稿: 鹿鳴人 | 2013年10月 2日 (水) 09時05分
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おはようございます。
氷室神社の例祭、いい雰囲気ですね。と思いながら、こちらへコメントを。
この歌碑が建立されたとき、除幕式にうかがったことを思い出しています。
犬養先生も車椅子でお見えでした。もしかしたら、先生揮毫の最後の歌碑だったのかも、と思ったりしています(不確かですが^^;)
かれこれ、10数年前になるでしょうか。
投稿: かぎろひ | 2013年10月 2日 (水) 08時57分
かぎろひさん。コメントありがとうございます。お葬式では西方寺ときどきいきますが、万葉歌碑ははじめてみました。
かぎろひさんは除幕式にいかれていたのですね。またよろしく。
投稿: 鹿鳴人 | 2013年10月 2日 (水) 09時05分