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2013年5月 6日 (月)

春日大社、神主が案内する朝のお参り、へ 2

(続き)

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さらに市内循環道路を横切って表参道をみんなで歩き、ときどき立ち止まって、千鳥祐兼・教化部長さんからお話をうかがいました。

○また奉納の勝負といえば、流鏑馬、相撲、舞があげられます。
 

舞は赤が左で(神様から見て)蘭陵王など中国から伝えられたもの。緑が右で納曽利など朝鮮、高麗から伝えられたもの。おんまつりの競馬の赤と緑の勝ち負けによって順番を決められます。

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(写真をクリックしていただくと拡大します、ふたつは方向が違います)

○春日大社には灯篭が3000基ほどあります。日本でも古いと数えられる古い灯篭もたくさんあります。写真下の灯篭が春日大社で一番大きな灯篭ということでした。

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○鹿は1000頭以上います。春日の神様は常陸の国、鹿島から白い鹿に乗って来られたと伝えられています。

鹿苑(ろくえん)のこと。

10月の鹿の角きりのこと。

また5月下旬くらいから子鹿が生まれます。今の時期、鹿の毛が生え変わる時期でもうすぐ鹿の子(かのこ)模様がはっきりした夏の毛になります。

木々が鹿によって下からある高さでそろいきれいにされています。(ディアーライン)

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○先の馬出橋から万葉植物園、荷茶屋まえの馬止橋までは直線で、かつて競馬がおこなわれたところです。

○このあたりは6つの道があった。内侍道(給仕をする女の子が通った道)。市内には内侍原町(なしはらちょう)という地名もある。

○おんまつりに奉納される大阪門真市の「門真れんこん」のお話。

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○二の鳥居あたり。世界遺産の碑がありました。

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○春日大社は伊勢神宮と同じく20年に1度ご造替です。平成27年60回目のご造替とのこと。ただいま順次整備がすすめられ、そのご寄進を募っておられます。

桧皮葺寄進は一口1000円でした。Cimg7156 Cimg7157

○南門。かつては鳥居であり、そこに額がかかげられていたところから、神様が降臨されたこの南門前の石を「額塚」というそうです。

○歩いた表参道はゆるやかな坂道ですので、春日大社の本殿と、興福寺の五重塔はほぼ同じ高さになります、とのことでした。

○また千鳥さんは、振り返っていま歩いた春日大社の表参道から三条通、暗峠(くらがりとうげ)、難波宮、難波の港、朝鮮、中国さらにシルクロードに思いをはせると、ここ春日大社はシルクロードの終着点といえます、と説明されました。

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○南門をくぐると有名な砂ずりの藤もみごとに咲いていました。まだ伸びるようです。

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○本殿の「参拝所」のりっぱな額です。毎年夏に「関西を中心に全国から小中学生が集まり書道の腕を競う春日大社清書会」を50年以上指導された書道家の長岡文雄先生の謹書とありました。実は長岡文雄先生はわたしの小学校の担任をしていただきたいへんお世話になった先生です。まさに恩師です。少し前亡くなられたのですが、再び出会えたように思いました。

というわけで、千鳥祐兼教化部長さんには1時間余り、いろいろ内容の濃いお話をうかがう機会となりました。初めて知ったこともたくさんありました。ありがとうございました。

そして他から来られる方ばかりではなく、地元のものにとっても灯台下暗しです。今後、地元に住む人たちにもぜひ参加していただきたいと思いました。

春日大社のhpです。http://www.kasugataisha.or.jp/

(聞き間違いがあるかもしれません。ご指摘下さい。文責、鹿鳴人)

余談ながら帰りは、若宮神社などにおまいりして、上の禰宜道から→志賀直哉邸前→浮見堂あたり→一の鳥居→三条通を下りもちいどのへ、無事、仕事に出勤できました。

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