フォト
無料ブログはココログ

« 明日香万葉歌碑めぐり 6 大原 | トップページ | 明日香万葉歌碑めぐり 8 明日香川の川蝦 »

2013年3月 8日 (金)

明日香万葉歌碑めぐり 7 飛鳥坐神社

大原からやや下って飛鳥坐神社に着きました。

Cimg5467 Cimg5464

平成10年9月22日の台風7号で飛鳥坐神社のうっそうとした木々がずいぶん倒れたそうです。

 

Cimg5453


階段をのぼり本殿にお参りしたあと、山内先生から説明をうかがいました。

 

犬養先生の万葉歌碑は、平成10年の台風で大木が歌碑を直撃したため場所を移して建て直されましたが、最近もとあった場所のすぐ近くに再度建て直されたということです。そばには、日本の山桜が植樹されています。

大君は神にしませば 赤駒の はらばふ田居を 都となしつ

   大伴卿(巻19-4260)

*赤駒・・・栗毛のこと、田居・・・田んぼ

富田敏子先生の現代語訳→(天武)天皇は神であられるから(壬申の乱の後)赤駒が腹ばう田を都となされたよ

Cimg5449_2 Cimg5450

そして以下は地元の書道家、鈴木葩光(はこう)さんの書で最近建てられた万葉歌碑です。

斎串(いぐし)立て 神酒据ゑ奉る 神主の うずの玉陰 見ればともしも  (巻13-3229)

伊藤 博先生の現代語訳→玉串を立て、神酒の甕を据えてお供えしている神主たちの髪飾りのひかげのかずらを見ると、まことにゆかしく思われる。

 

Cimg5451_2 

また、飛鳥古京を守る会記念之碑は会津八一の字を集める形で(集字)万葉歌の歌碑がありました。

みもろは 人の守る山 もとへは あしひ花さき すゑへは 椿花さく うらくはし 山そ 泣く子守る山 (巻13-3229)

Scimg5447

 

また曾祖父が第81代宮司、飛鳥助信であった、釈超空(折口信夫)の歌碑もありました。

ほすヽきに 夕くもひくき 明日香のや わがふるさとは 灯をともしけり  釈 超空

Scimg5444   Scimg5446

鳥居の右手の木々の中のふと見過ごしがちなところに、筆塚がありました。これも、犬養先生の書ということでした。

 

Cimg5440_2

« 明日香万葉歌碑めぐり 6 大原 | トップページ | 明日香万葉歌碑めぐり 8 明日香川の川蝦 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 明日香万葉歌碑めぐり 6 大原 | トップページ | 明日香万葉歌碑めぐり 8 明日香川の川蝦 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30