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先日もらった、「なら記紀・万葉、名所図会ー古事記・旅編ー」に出ていましたので、早速大山守命那羅山墓に出かけてきました。地図では知っていたのですが、はじめての所です。割合大きいお墓です。宮内庁管轄です。
奈良市法蓮町字境目谷1922。住宅街のすぐそばにありました。
上記の名所図会には
「大山守命は応神天皇の御子で、大雀命(おおさざきみこと)や宇遅能和紀郎子(うじのわきいらつこ)異母兄です。応神天皇崩御の後、大雀は生前の天皇の命に従って宇遅能和紀郎
子に天下を譲ります。大山守は不服で、宇遅能和紀郎子を殺そうと兵を挙げますが、逆に討たれました。遺体は那羅山に葬られました。」ということです。
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