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2012年10月20日 (土)

会津八一の歌と絵の彫刻作品

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(作品を語る服部素空氏)

大学時代からの友人である、會津八一研究家であり仏像彫刻家の服部素空氏が、先日の四日市での作品展で高評を得ていた、ケヤキの一枚物の、会津八一の歌と絵の彫刻作品を四日市から奈良まで届けてくれました。

彫る時から私に進呈しようと決めていたということです。傑作であり大作でいささか恐縮ですが、有難く戴くことにしました。

11月16日から19日まで当方のギャラリーまつもりで、ゆかりの人々による第9回の万葉小品展を開催しますので、特別出品してもらうことにしています。

字も絵も會津八一をまねて作っています。

以下、服部素空氏の解説。

観音堂(第9首)   

 ひそみ きて た が うつ かね ぞ 
    さよ ふけて ほとけ も ゆめ に いり たまふ ころ

    (ひそみきて誰が打つ鐘ぞさ夜更けて仏も夢に入り給ふころ)

観音堂 「新潟県北蒲原郡中条町西条、素封家・丹後康平邸近く。丹後家の祖先が入道して隠居した」

ひそみきて 「ひとにしられないようにひっそりと来て」


さよふけて  「“さ”は接頭語、夜が更けて」

歌意
 ひっそりとやって来て、誰が鐘を打っているのだろう。もう仏様も夢にお入りになる夜更けなのに。

 空襲で焼け出され、無一物で東京から疎開した故郷新潟の観音堂で、昭和20年8月10日、長年ともに暮らした養女(義姪)きい子を結核で亡くす。この時詠んだ挽歌「山鳩」(21首)は心を打たずに置かないが、その後、1人観音堂で暮らし、詠んだ観音堂10首も素晴らしい。
 八一はこの歌を好んで書画として書いている。写真は1m余のケヤキに素空が彫ったものである。ここに押された白文の書画印は「虚無」である。道人の痛々しい心は印にも表現されているのである。
             寒燈集 観音堂 第9首 

素空の部屋のhp→http://www.cty-net.ne.jp/~masahiro/soku/

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コメント

素空氏の彫刻作品は立派ですね。
 もう二十年以上前になりますが、太總寺(新潟県胎内市)で、この歌の歌碑を見た時のことを思い出しました。
 11月16日~19日まで展示されるとのこと、18日には奈良交通のツアー「奈良時代の争乱を検証する」に参加します。
 近鉄奈良駅での解散が午後5時頃の予定なので、できればギャラリーにお伺いしたいと思います。

やいちさん。すばらしいコメントありがとうございます。
素空氏も喜んでくれることでしょう。
18日はまほろばソムリエによるバスツァーでしょうか。
どうぞギャラリーの方にもお越しください。
楽しみにしております。

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