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2012年10月19日 (金)

下ツ道を歩く 4 奈良市そして大和郡山市・九条駅へ

賣太神社を出て村を横切り、さらに北へ。3時もやや過ぎたのでこのペースでは歩いて西大寺まで5時に行くには疲れもあるので無理ということになり、羅城門あとから近鉄九条駅へ行き電車に乗ることになりました。

佐保川べりを歩いてつぎは羅城門あとへ。奈良市の公園には石碑がたくさんならんでいますが、ここは以前も来たので写真も撮らずに休息、やや疲れが出てきました。以前のブログ。

ニトリ近くの工場街を歩いて左折、佐保川をわたり秋篠川沿いに大和郡山市の九条公園を右手にみて西へ。

ここからは秋篠川沿いの自転車道を北へ数キロで平城宮跡にたどりつきますが、ここから先は次回の楽しみとなりました。

大和郡山市の奈良口には、西市あとのりっぱな記念碑がありました。

Cimg2522 Cimg2521

Img011 Cimg2523

ようやく4時すぎ、全員完歩で近鉄九条駅に到着。友人によれば、きょうは3万歩ほど約20キロ歩いたということです。久しぶりの記録となりました。

参考hpは奈良県の、歩く・なら、藤原京から平城京へとつづく古代の幹道・下ツ道です

http://www.pref.nara.jp/miryoku/aruku/walk_route/route_01/detail_map_list_01_2.htm

(おしまい)

追記。賣太神社で出迎えてくれたエッセイストのOさんからコメントが届きました。どうもありがとうございました。

Oさんのコメント。

ブログ鹿鳴人のつぶやき 「下ツ道を歩く 1-4」楽しく拝見しました。写真もたくさんあり、いっしょに歩いたような気分になりました。天高くウォーキング日和だったし、売太神社でも喜んでもらえてよかったです。少しは古代人の気分も味わえたでしょうか。

(毎日新聞やまと歌壇より)

二上山仰ぎ三輪山返り見て遷都の道を友らと歩く 重博

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コメント

本日のゆうドキッに出ておられましたね。私は、実家が富雄で椿井小学校に越境通学していました。小学校低学年の頃に、今の近鉄奈良駅が出来ましたので、それまでは昔の地上駅から貴殿のお店の前をとおり小学校に通っておりました。古い奈良の写真は、折に触れ入江泰吉さん撮影の写真で見ますが、懐かしさを越えて、二度と得ることが出来ない何かを失ったような、寂しさ、辛さを感じるのは、私だけなのでしょうか。

クッキーさん。コメントありがとうございます。そうですか。わたしが小学校の時は今の奈良女子大の一画に附属小学校がありましたので、毎日古い地上駅の近鉄奈良駅の前を通っていました。1969年の年末だったと思うのですが、大学の頃帰省すると地下駅に近鉄電車がすべりこんでいきました。
そうですね。近頃とくにかつての良さが感じられますね。すべて残れば良いですが、そうもいかない。あるいはすでに無くなったものもあるということも多々ありますね。ですから、1枚の写真が、その頃を思い起こさせてくれるという点も大切だと思います。
またよろしく。

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