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2012年6月16日 (土)

五條市へ、天誅組、五條新町通。1

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恒例の当店のある橋本町の自治会の旅行は、いつもの県外遠方ではなく、奈良県南部をたずねることになりました。

中型バスで14名、朝9時に奈良をでると京奈和自動車道の少しずつ完成したところを利用して、1時間20分で五條市の民俗資料館(代官所長屋門)に到着、五條市観光ボランティアガイドの会、会長の櫻井秀清さんの出迎えを受けて、五條市の歴史のいろいろのお話を聞くことができました。

「川原寺の窯あとがあったこと。技術者は渡来人であったのではないか。
朝廷の荘園があったこと→武家政治→幕府の直轄地→松倉豊後守重政による二見城、新町通に楽市楽座方式の町を400年前につくった。96軒が軒を連ねた。五條には国による寺社がなかったので、住民が支えたが、そのことは五條の豊かさを示すとも言える。
五條の名前の由来はいくつかあるが、主要な街道が五つ交わったところという説が当たっていると思う。
来年、天誅組の150年ということでイベントがいろいろ準備されている・・・・」など。

そのあと、天誅組のお話を同じくガイドの北谷美和子さんから伺いました。

メモ書きから。

1863年8月13日、平均25才くらいの志士たちの決起。本陣・桜井寺。

一心公平無私。

旧西吉野村の古い堀家住宅に皇居の額などが保管されている。

(1607年民家として資料がある一番古いのは栗山家。)

十津川郷士を集めて天辻本陣から高取城へ。

離脱。

9月24日、東吉野村の鷲塚口までの39日間の攻防。明治維新の始まりといえる。

中山忠光。吉村寅太郎。乾十郎。松本奎堂。らの話・・・。

その辞世の歌など紹介しながら、すばらしい解説でした。

くわしくは、tetsudaさんの先日の、天誅組とはby北谷美和子さんのブログにお願いすることにします。

「五條市は「明治維新発祥の地」といわれる。明治維新のわずか5年前、この地で本格的な武力による討幕運動が初めて起きたからである。起こしたのが天誅組である。総大将は中山忠光卿で、この人の姉が明治天皇の生母なので、明治天皇の叔父にあたる。当時19歳の血気盛んな青年貴族を総大将に、藤本鉄石(岡山県出身)、吉村寅太郎(虎太郎とも。高知県出身)、松本奎堂(愛知県出身)の3人を総裁に、地元・五條出身の乾十郎、井澤宜庵(ぎあん)、橋本若狭らを含め、全国各地から集まった倒幕・尊皇の願いをもった平均年齢25歳の志士たちが天誅組である。」

そのあと、歩いて新町通へ。
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吉野川。左から右に流れ(つまり西へ流れている)、紀の川に名前が変わり和歌山へと流れている。

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真ん中栗山家住宅。そして右は中家住宅。

さすが五條市観光ボランティアガイドの会3人によるすばらしいご案内で、天誅組と五條新町通りのことをご説明いただきました。感謝申し上げます。

そして昼食は、古い町家を利用された源兵衛にておいしくいただきました。

それから「GOJO MAP」という五條市の観光協会が発行されている、ガイドブックをいただきましたが、以下のhpでも見ることができます。→http://gojomap.com/m/

なかなかよくできたガイドブックだと思います。

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