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2012年6月 6日 (水)

桜井等彌神社そして鳥見山登山

神武天皇のあとをたずねたtetsudaさんのツァーで桜井等彌(とみ)神社に来たことがあります。とても良い神社で、またうしろの山は、鳥見山といって良い山であると聞いていました。

ぜひもう一度行きたい神社であり、登りたい山であると思っていました。

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保田與重郎の歌に棟方志功が彫っている板画が石に彫刻されています。

とみ山のかの面この面をまたかくし時雨は夜の雨になりけり

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真ん中は本殿そして、その左手前から鳥見山の登り口がありました。頂上まで片道1000mのようです。

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桜井は歌碑や句碑を大切にされているようです。あちこちの碑が丁寧に説明されています。鳥見山(標高245m)への案内表示も道もよく整備されています。

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白庭と書かれた碑がたぶん白庭山の頂上と思われましたので、そこで休憩し、下山しました。が、霊ジ(田へんに寺)と書かれたところがあと100mとありました。下りでしたので、もう行くことはやめましたが、どういう意味だったのでしょうか。

そして2万5千分の1の地図によれば、同じ名前の「鳥見山」は榛原の北のあたりにも標高734mという山があります。

そのあたり教えていただければ、ありがたく思います。

下山して神社で見た俯瞰図です。

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コメント

おはようございます。
白庭はニギハヤギが磐船で天下った所とされています。
霊畤は初めの大嘗祭を神武天皇が行った場所とされています。
以上は等彌神社の見解です。

5月の第二日曜日は、橿原神宮、等彌神社により霊畤で「霊畤祭」を執り行います。

昭和15年は榛原の鳥見山、富雄の三か所で霊畤を争いましたが、桜井が認定されました。
榛原の方と話すと、今のことのように悔しがられます。

等彌神社の鳥見山は南北朝、戦国時代、いずれも砦として使われ、曲輪跡などが森の中に残されています。

長々失礼しました。
会える日が楽しみです。

kozaさん。
早速くわしいお話ありがとうございました。
さすがですね。
またよろしくお願いします。

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