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2011年7月24日 (日)

纒向遺跡の謎「邪馬台国を語る」

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先日友人からお誘いを受けて、講演会にいきました。桜井で、纒向遺跡の謎「邪馬台国を語る」という講演会です。

最初1時間、NHKスペシャルなどで見た、纒向遺跡の発掘を指揮しておられる、桜井市教育委員会文化財係長の橋本輝彦さんのお話。

「纏向遺跡からは農機具の比率は5%とほとんど出てきません、15%~30%の確率で奈良盆地以外の海外や国内の土器が出ています(他から纒向にきていること)、アフリカ原産の技術のいる染物のベニハナの花粉が出ていることや、東西南北の軸線をそろえた大型建物があることが重要です」といわれました。そして、纏向は「倭の中心、邪馬台国(やまとこく)である」といわれ、九州説は場所が具体的にどこというのが言う人によってまちまちである、といわれました。

そしてあとの1時間は、橋本さんと、橿原考古学研究所の前調査部長の寺澤薫(桜井市纒向学研究センター設立準備顧問)さんの対談でした。

寺澤さんのお話の中で「最近、大和王権の最初の中心が纒向であった、ということに反対する人はいなくなってきた。」と語っておられました。寺沢さんは「倭国は東海から九州に至る」とし、「その首都は邪馬台国で纏向にあり、それは大和王権に直結する」といわれました。

「2世紀末までは北部九州(伊都国、那国)が優位だが、後漢末期の混乱のなかで倭の王権の再編成が始まり、北部九州、吉備、畿内などの「共立」により卑弥呼が立てられた」といわれました。

まとめは奈良ソムリエの方のブログを参考にさせていただきました。すばらしいブログですhttp://geocities.yahoo.co.jp/gl/koza5555/view/20110717

この講演会の冒頭、主催された、奈良風景街道まほろば、が紹介されていました。hpは以下のとおりです。http://www.fukei-mahoroba.jp/

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