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2011年3月31日 (木)

氷室神社から春日野園地、大仏池へ

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3月30日4時過ぎの奈良国立博物館近くの氷室神社のしだれ桜です。15度という温かさにさそわれてサイクリングで拝見してきました。ことしはしだれ桜の根元に大きな賽銭箱が眼に入りましたので、すこしお賽銭をいれてきました。氷室神社のhpの開花情報によると7分咲きとのことです。http://1st.geocities.jp/himurozinzya/kaika/kaika.html

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それから春日野園地へ。今まであまり知らなかったのですが、奈良県新公会堂の北の奈良公園館(シルクロード館の方がなじみありますが)の前に、奈良県ができて100年の記念の像がありました。「萌えいづる」と書かれています。

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大仏殿遠景。左は春日野園地から鹿とともに。右は大仏池から鳥とともに。

2011年3月30日 (水)

佐保川の桜 3.28

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佐保川の桜祭が28日からはじまりましたので、夕方すこしサイクリングして写真を撮ってきました。咲きはじめという感じです。

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ことしは東日本大震災のお見舞いのあんどんがたくさんつられていました。また、「絆」というテーマで標語が募集されていましたので、たくさんの標語がでていました。わたしも応募しましたら、あんどんに掲げられていました。

「佐保川の桜がつなぐ人と人」絆テーマの標語掲げる 重博

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2011年3月29日 (火)

直島へ 2

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夜は美しい夜空を久しぶりに見ました。北斗七星もきれいに見えました。テレビのないゆっくりとした時間を友人たちとすごしました。翌朝のうつくしい空です。

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朝食のあと、ホテルのミュージアムをこんどは男性の案内の説明を聞きながら見学しました。それぞれおもしろい、あるいはびっくりするような作品がたくさんありました。芸術作品はその人が感じるように見れば良いという話を前にも芸術家の方からうかがったことがありますので、在るがまま見るようにしました。

バスに乗って昨年できたという、李禹煥(リ・ウーファン)美術館へ。http://www.benesse-artsite.jp/lee-ufan/index.html

拝見したあと美術館から海岸のそばまで、広々とした広い空間を歩きました。海べりで小さな石と流木を拾って記念の「自作のアート」としました。Scimg3764

バスに乗って最後はフェリー乗り場近くの「直島銭湯」アイらぶ直島へ。おもしろい銭湯でした。http://www.benesse-artsite.jp/naoshimasento/index.html

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すっかりと良い湯につかり、銭湯の中の芸術品を楽しみました。象がテーマのように感じました。

そこでふとアイデアが浮かびました。ならまちでも、閉まった銭湯がありますが、そこを鹿をテーマにした銭湯に復活したらどうだろうかと思いました。ならまちの皆さんでも考えて見ていただきたいと思います。ならまちを散策して「鹿の湯」にはいるとか、おもしろいと思うのですが。ちなみに直島の銭湯は地元の自治会の皆さん(高年齢の男性女性)が湯を沸かしたり帳場にすわったり運営されているということでした。

島の中ではいろいろな人に出会いました。若い男性たち、若い女性たち、ペアー、母と娘、中年女性たち、ご夫婦など・・・主に小グループです。自転車の人、ドライブの人、島内バスの人、あるいは歩く人。島の人口は9000人台から減りいま3000人台とかで高齢化過疎化がすすんでいるそうですが、三菱マテリアルの工場やリサイクルの工場などの反面、アートを町おこしにされていることがわかりました。すっかり堪能してわたしどもはフェリーに乗り、無事帰途に着きました。

今回高速道路のサービスエリアでは、下りで出会った10台近くの福岡県警のパトカーは東北大震災の応援に1週間行った帰りであるということでした。また帰りのサービスエリアでは自衛隊の輸送車や迷彩服にヘルメットの自衛隊員に出会ったりしました。宿泊したホテルもキャンセルがでているということでした。東日本大震災の影響を感じました。

しかしながら被災地に心を寄せながらも過剰に自粛せず、日常のことをすすめていくことが大事ではないかと思います。                      (直島、おしまい)

それからABECCOーNARARA氏のブログに以下紹介されていましたが、同感です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

”自粛は萎縮 開催は開花”

先日、ネット上でこんな言葉を見つけました。震災で被災者がたくさん出ているからといって、何でもかんでも自粛にしてしまうと、被災地を復興・支援するための経済活動が縮こまってしまうではないかということです。 (http://plaza.rakuten.co.jp/abecconarara/diary/20110323/から

2011年3月28日 (月)

直島へ 1

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奈良から車で山陽道を走り瀬戸内海の岡山県の宇野からフェリーに乗って20分、香川県の直島に奈良市異業種交流塾の友人たちといってきました。半年以上前からの計画でした。直島はベネッセなどが運営するアートの島として以前から東京で編集の仕事をしている友人のおすすめでもありました。

まず本村地区の「家プロジェクト」へ。

本村ラウンジ&アーカイブでチケットを購入して、最初は人気の「南寺」という黒い焼き杉の板を貼った家です。安藤忠雄設計、ジェームス・タレルという人の作品です。一度に16人ほど入れるということで、しばらく待って皆と入りました。中は真っ暗。左手を壁に沿って歩きほどなく行き止まりになり席に座ると、はじまりましたが真っ暗で何も見えませんでした。6分ほどしたら眼が暗やみに慣れて見えてくるということでした。自然界以上の暗やみの中、ようやくぼんやりと・・・見えてきました。まるで視力検査のように感じました。実に不思議な15分間でした。Img_2534 (南寺の外の様子です)

護王神社のあとはつぎに「角屋」へ。古い民家のようです。座敷に数字が電飾で光っています。水がたまっています。

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ひとりずつ15分間入場するという「きんざ」は事前予約制です。わたしの時間がきて15分間なかですわって過ごしました。瞑想の気分です。外観は撮影可でしたので1枚(次の段の左)。そしてその隣の「碁会所」へ。

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本村港、民家の満開の杏の花。

つぎは「はいしゃ」です。もと歯医者さんの廃屋だそうです。家の外も中もアートになっています。中から小さな望遠鏡のような穴からはうっすらと直島の様子が見えるというしかけもありました。(左下の写真)そしてしばらく歩いて「石橋」へ。立派な家には千住 博さんの作品があり、庭には石橋がありました。

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家プロジェクトのあとは、しばらく車で走ってホテルにチェックインをして、地中美術館へ。説明の案内の若い女性にしたがって館内を見学しました。コンクリート打ちっぱなしの建物がほとんど地中に埋められています。ところどころ作品の上あたりから空が見えます。館内は撮影禁止でした。地中博物館についてはhpでごらんください。http://www.benesse-artsite.jp/chichu/

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見終わって地中美術館の庭にて一同で記念撮影しました。

写真は友人たちにも協力いただきました。(あしたに続く)

2011年3月27日 (日)

元興寺

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奈良町を歩いて、世界遺産の元興寺の前で、良い天気で良い日差しでしたので、1枚。

元興寺はかつて飛鳥で建てられたお寺、飛鳥寺が平城遷都に伴って移転してきたお寺で名前も変遷があります。よく奈良検定にも出題されます。

元興寺の公式hpです。http://www.gangoji.or.jp/tera/link/link.html

2011年3月26日 (土)

奈良・御霊神社

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五條市でも御霊神社がありましたが、奈良市の御霊神社です。奈良町の薬師堂町にあります。

2011年3月25日 (金)

大地震、大津波のあとの対策

やまと歌壇選者の先生の一首です。

海の裂け猛る津波の襲ふ惨テレビ座視する吾を許せよ



さて、まちづくりのメール網で紹介がありましたので見ました。BBT大学というインターネットの大学の大前研一氏の話です。
わかりやすく話をしています。東京電力に対しての話も出てきます。全部で1時間15分ほどかかります。
計画停電は弱いものいじめのように山梨とかやっている。
そんなものしないで、
・2時間サマータイムをする(きょうあたりもう5時台に明るくなっています)
・土日に休まないで、週7日間2日ずつバランスよくビルごとで休む。
・夏の甲子園が電力需要のピークなので、高校野球をあきにずらす。
・西日本と東日本のサイクルあるいはヘルツが違うので、早急に1000億円かかっても
変圧器をつくる。
・大口電力需要は電気代安いので一般家庭と同じにする。
・3ヶ月の電力量を個別にならして、15%以下は料金そのまま。15%から5%減は何%か料金アップ。
5%以下の減はさらに何%アップ、という値段設定にすれば、それぞれにかかってくるから
みな電気量を下げる努力をする。などなどのアイデア。

福島原発の収束には5,6年かかるという話でした。

以下が動画の大前研一氏の話です。

「下のサイトも覗いてみてください。TVでは聞けない5.6年
スパンの課題が語られています。


http://d.hatena.ne.jp/Tony_Shikaku/20110320/1300628600

日立で原子炉開発に携わった経歴を持つ大前研一氏の講演録」

ご紹介いただいた先生ありがとうございました。

2011年3月24日 (木)

薬師寺・花会式

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薬師寺の花会式が近づいてきました。南都銀行本店のショーウィンドーにはお供えの様子や装束などが紹介されています。

薬師寺の修二会は、3月30日から4月5日まで、結願の5日には鬼追式があるそうです。

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薬師寺・花会式のhpがありました。http://www.nara-yakushiji.com/contents/hanaesiki/index.html

2011年3月23日 (水)

古本を募金へ

Scimg3606 すこし前、不要の本を集めて、古書店などで換金して、それを募金するというシステムのことを知りました。

奈良女子大学や天理大学などの皆さんが、不要の本を集めて換金して東日本大震災にお金をおくるということで、21日もちいどのセンター街のマーチャントシードセンター前で不要の本をお持ちくださいという活動をされていました。

わたしも今まで本を捨てたり、古書店にもっていこうとしたことがありませんので、この際、義捐金とは別に、読み終えた本をみかん箱1箱持っていきました。1Q84など・・・。

義捐金は無論のこと、それぞれの家の中にある、テレホンカードなどいろいろなチケット、カード類などを支援に利用できたら良いと思うのですが、受け入れ先があるのかどうか。(チケットショップで換金して送金すればよいのかもしれませんし、そのまま送ったほうがよいのかもしれません。)

22日、被災地の宮城県石巻市と岩手県大船渡市の同業の方の携帯電話にはじめてつながりました。お見舞金も現金書留で着いたようです。売るべき商品も什器もパソコンも帳簿なども津波で流され、まわりも罹災されたり家がない人が多くて、しばらく商売の再開のことより眼の前の生活のことが最優先だというお話でした。あの大災害の中、まずはご家族は無事だったということが何よりだと思います。今後、みんなで応援していきたいと思っています。

2011年3月22日 (火)

附属小学校100周年へ

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2年前から準備されていた、奈良女子大学附属小学校の創立100周年記念式典や記念同窓会が19日午前10時から無事行なわれました。なら100年会館大ホールでのこどもたちの歌やダンス、メッセージなどすばらしいものでした。彼らにも一生の思い出になることでしょう。

百年を超えし母校の子供らの歌声響き踊りはつらつ

団塊の世代のわれわれが卒業したころ、創立50周年でした。あれから50年・・・・・。

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午後から場所をかえてホテル日航奈良において、昭和10年卒業のみなさんはじめたくさんの卒業生や先生方が260名以上来られて3時間近くにわたり創立100周年記念の同窓会がひらかれました。無事司会を務めることができました。わたしたちにとっても一生忘れられない思い出になりました。写真はプロの演奏家である卒業生による音楽演奏と会場風景です。

「開催に際して、東日本大震災に遭われた皆様へ深くお見舞い申し上げます」という言葉ではじまりました。

東日本大震災への配慮から開催も心配されましたが、おさえたトーンで無事行なうことができました。当日上記の2つの会場でも東日本大震災への募金活動がおこなわれました。

2011年3月21日 (月)

春日大社へ

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春日大社へお参りに出かけました。本殿横の梅もきれいに咲いていました。大安の日曜日で本殿では結婚式がおこなわれ、赤ん坊のお宮参りが多い日でした。境内では、春日大社をベースにするボーイスカウトの皆さんが東日本大震災の募金をされていました。

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あせびの花です。紅白になっています。

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自宅の庭のあんずの花も満開です。

2011年3月20日 (日)

原子力発電所

福島原子力発電所の地震による被害がレベル5に引き上げられたそうです。

地震と原子力発電所の結びつきは、そう古い話ではありません。

結びつかない、安全なものとして、進められてきました。そして、身近なところでは、われわれのエネルギーである電力では大きな比重がかかって来ました。

今回眼に見える形で、爆発して屋根が吹き飛んだり、ヘリコプターや陸上から、放水で冷やされています。他からの電気で冷却ポンプの修理も進められていると伝えられています。うまくいくことを願うばかりです。

その影響を受けられ避難されたり、従事される方の苦労はいかばかりかと思います。お見舞い申し上げます。

日本の政府やマスメディアは、やや甘いし情報を全面的に開示していない、という指摘もあります。ニューヨークの情報はもっと事態の認識は厳しいといいます。(原子力発電機はアメリカ製とか)

現にアメリカ人とか外国人の避難対象者のエリアは80キロであり、日本からの脱出を本国は指示しており、入国管理事務所は(再入国の事前申し込みとかで)外国人の行列が続き、海外へでているということです。

専門家は「もはやスリーマイル島を越えており、チェルノブイリに近づかないように」、と指摘しています。

いたずらに、不安を煽らない方が良いとの考えかもしれませんが、真実を開示してもらいたいものです。

無事平癒することを、くわしいことがわからない者には願うばかりです。

2011年3月19日 (土)

道祖神

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奈良市今御門町、上ツ道と寺林の通りの交差した北東の角の神社です。通称ばくちの神様ですが、道祖神、案内板には猿田彦神社と書かれています。そしてこの大きな岩が勝負事の神様であると書かれています。

2011年3月18日 (金)

[Person Finder(消息情報)]

まだ見つからなかった宮城県石巻市の知人Sさんを、たまたま知った、[Person Finder(消息情報)]http://japan.person-finder.appspot.com/に登録して安否情報を待っていたところ、17日昼前にメールで朗報が飛び込んできました。もう大震災からちょうど7日目です。とてもうれしいことです。いわく

「Sさんの状況に関する最新情報が投稿されました

http://japan.person-finder.appspot.com/):

甥の×××です。詳細は不明ですが、娘に生存確認の連絡が入りました。店舗の上階 の自宅に避難したそうです。周囲が水没して出られないものと思います。

状況: この人が生きているという情報を入手した」

というものです。まだご本人とも、直接連絡は取れていないのですが、うれしいことです。

こういう人がまだおられるということです。たぶん、今まで固定電話にせよ携帯電話にせよつながらなかったのではないでしょうか。それにしてもまる7日間です。早々に、救援されることを願っています。

追加情報が入りました。

追加します。先ほど私のいとこ(本人の甥)から電話がありました。本人とあってきたそうです。従業員のことまでは聞き漏らしましたが、家族も元気だそうです。店舗の一階部分、津波の被害がひどいそうです。

2011年3月17日 (木)

杏の花

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(すこしほっとする話題を。歌にもあったように思うのですが、知らないうちに花は季節の到来を告げているといったうたです)

16日寒い朝、出かけようとすると「(お宅の庭の)あんずがきれいに咲いていますよ」とご近所の奥様に教えていただきました。

燈台下暗しです。

知らないあいだに、庭にはあんずが咲いていました。ことしはたくさんの花をつけています。

避難者名簿

Img_384008_22978293_1_1 (写真はもちいどのOK広場での募金活動)

友人Kさんが、消息不明の岩手県大船渡市の友人Aさんを避難者名簿から探し出してくれました。まだAさんには連絡取れていないのですが、ある避難所にいるということがわかりました。まだ40才台。良かった。良かった。まだご家族の消息はわからないのですが、彼の健在がわかったということはとてもうれしく思います。

岩手県の避難者名簿というhpが作られていますが、アクセスが多いのでしょうか、私自身は確認できていないのですが、通信手段が復旧したらまた連絡取れることでしょう。テレビでも避難者名簿が放送され始めました。とりあえず、避難所あてに、お見舞いを送る手はずを整えてもらいました。無事お見舞金が届くことを願っています。テレビでは、大船渡市で、食料品の販売も報道されていました。

それにしても寒さが戻り、暖をとることもむつかしく、燃料も食料も不足しているとの報道です。テレビに出てこられる方は冷静に見えるのですが、本心はとてもたいへんな状況にあるのだろうと拝察します。

奈良市もちいどのセンター街では、各お店で募金活動をはじめました。また16日朱雀高校の有志の皆さんがOK広場で募金活動をされていました。くわしくはもちいどのブログをごらんください。http://blogs.yahoo.co.jp/nara_mochiidono/MYBLOG/yblog.html

(18日続報ありました、災害電話で現地から連絡が入ったところによると、大船渡市のAさんのご家族、会社の方も、ひとりをのぞいて無事であったとのことです。あとひとりの方の無事を願っています)

2011年3月16日 (水)

東大寺・北河原別当の言葉

15日東大寺の修二会も満行となりました。12日の夜、北河原別当が異例のごあいさつをされたそうです。(13日、14日も)

「本日はようこそお参りくださいました。
 私は東大寺(別当)の北河原公敬でございます。修二会行法は多くの困難もありましたが、1260年前より今年に至るまで、1回も途切れることなく、毎年国家安泰、世界平和、人々の幸福、風雨順時、五穀豊穣等を祈る行法として続けてまいりました。
 ご承知のように3月11日未曾有の大災害が国を襲いました。
 本日ここにお参りにいらした皆様に、私より3つのお願いがございます。
 私や東大寺と共に
 1つは、被災され亡くなられた方々のご冥福をお祈りいただきたいと存じます。
 2つは、今、困難な状況にいらっしゃる方々へ思いをはせ、共に苦しみを感じましょう。
 3つは、社会復興の為に、皆様がそれぞれのお立場で、各々が持っておられる力を尽くして下さるようお願いします。
 1260年前、聖武天皇の発願によって造像された大仏さまが開眼されます。聖武天皇は造像の詔で、自分1人で造るのではなく、「一枝の草、一把の土」を持ってでも造像に協力したいという多くの人たち(当時の人口の約半数)と共に、大仏さまの造像がなされました。大仏さまの造像にこめられた聖武天皇の思い、精神を今の時期に再現したく、皆様にお願い申し上げる次第です。
 もちろん私ども東大寺も尽力いたしてまいります。
 ありがとうございました。
 どうぞお足元にお気をつけの上お参りくださいますようお願い申し上げます。」

時代の空気

たしか東北地方・太平洋沖地震が、最初の気象庁の命名だったようですが、一向に浸透せず、「東日本大地震」とか「東日本大震災」とか「東北・関東大地震」とかメディアによって呼び名がちがってきているようです。

たしかに関東地方もかなり影響を受けていますから、東北地方だけでは言い尽くせません。東日本があたっているでしょう。でも総じて日本全体にも影響が及んでいる大震災だと思います。

マグニチュードも当初から2回上に修正されて、聞いたこともないマグニチュード9.0。

これまでも消費を節約してデフレといわれていましたが、さらに今回の大震災を契機に、時代の空気が変わったように感じます。どこが、なぜと言われてもうまく言えませんが、そのように感じるのです。

今回死者・行方不明者の数がよくわかりません。阪神大震災はたしか6000人くらいの死者でした。警察が万人単位だろうといっていますが、そちらのほうが当たっているのでしょう。規模、範囲の広さ、津波のひどさ、さらに原発関連、をふくめると想像ができません。

そして、救援隊は、阪神大震災では生存者があったから手当てもできたが今回は・・・・、といって残念そうに帰って語っています。

いわば即死、あるいはあの引き潮とともに沖合いに引きずり込まれたのかと悪い想像が働きます。岩手、宮城の海岸際の同業の方のどちらにも、誰も連絡取れていません。もう4日がすっかりと過ぎました。残念無念、家も建物もあまり残っていないようです。道路も橋もずいぶん壊れています。それでなくても三陸地方は不便であるのに。

福島県いわき市の方は、避難していて無事だったけれど帰ってきたら店もなくなっていた、近くの娘宅へいくが、(原発事故のため)また他へ避難しなくてはならないかもしれないとのことです。

奈良のまちかどでは、学生さんや僧侶などのみなさんによる募金活動が始まっています。ある人は「今はためるときではない、命があることをありがたく思い、募金を」と語っています。その通りだと思います。正確に確実に被害の方に届くことを願います。前回の阪神大震災のときはずいぶんややこしい話がありました。

ある人は「税金こそが最大の募金だ」とも言っています。3月15日ちょうど確定申告の日です。税金の痛税感が感じられもします。「一生懸命税金を払っているのに、なぜ足りないのか」そういう素朴な疑問にも答えて欲しいと思います。

阪神大震災のときもあったように、寄付に対して控除がこんどもされるようになるようです。日本は寄付に対してもっと所得控除をすれば皆さん寄付をするものと思います。

そして時代の空気がここで暗くならないでほしいとも思います。小松左京の原作の映画「日本沈没」ではなく、「日本大浮上」、「日本大復興」しなくてはならないと思います。

(16日10時追記)

岩手県大船渡市の同業のAさんが避難所にいることが見つかったとの朗報が飛び込んできました。まだ連絡がつかない方が多いのではないかと思えるようになりました。

2011年3月15日 (火)

円成寺

奈良市内から柳生に行く道の途中の、忍辱山(にんにくせん)、の円成寺は日ごろ朝早くや夕方ゴルフの行き帰りによく通るお寺です。そして奈良検定にも良く出題されるお寺です。

先日お参りをすることができました。運慶の若い頃の作という大日如来坐像が他での展覧会から帰っておられうまく拝見できました。NHKでも運慶の特集があったばかりです。玉眼という水晶の裏側に眼を描いていきいきとしたまなざしをつくられています。彩色豊かな多宝塔に安置されておりガラス窓越しに拝観できました。

そして本堂にも参拝、本尊阿弥陀如来や二十五菩薩を描く彩色の残る柱、やたくさんの仏像が安置されていました。

それから春日堂、白山堂という全国でも一番古い春日造り社殿は国宝です。

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上左から、楼門、春日堂と白山堂、多宝塔。

下左から、本堂、国宝と重要文化財の一覧、池の向こうに見える楼門やお寺の風景です。

説明の方の話では、浄瑠璃寺とも山一つと近くて平安時代の浄土宗の影響が強いということでした。

2011年3月14日 (月)

東日本大地震

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(写真は先日600mを越したと報道されていた、東京スカイツリータワーですが、仕事で出かけたいつもの浅草ROX近くからの遠望です。地震の影響を調査するということのようです)

テレビ、新聞は11日に起こった東日本大地震を連日大きく取り上げています。インターネットもしかり。携帯電話などの安否を問い合わせる連絡先もつくられました。

テレビ映像はすべてではないですし、知りたいところをすべては映し出してくれません。それでも、それぞれの町や都市がたいへんな痛手を被(こうむ)っているのがわかります。

岩手県や宮城県の知り合いに連絡が取れていません。安否と被害の状況が気にかかります。

今回の地震は、たいへん広範囲であること、地震だけではなく巨大な津波を伴っていること。想像以上の出来事です。

映像で車や家や船がいろいろなゴミとともに、たいへんな勢いで上陸してきたり、あるいは海へ引いていく様子、あるいは仙台空港なども津波が襲い、飛行機までもが津波に流される映像が放送されていました。

余震やさらなる津波も予想されたり、実際に起きています。翌日は長野や新潟でもかなり大きな地震がありました。

コンビナートの石油基地の被害、原子力発電所、福島第一なども心配です。原子力発電所のことは情報が小出しにされているといわれていて、さらに心配です。

首都圏もたいへんな影響を受けました。帰宅困難者がとても多く、3時間や5時間も歩いて自宅へ帰った人もかなり多く聞きます。自動車で帰った人も大渋滞でたいへんな時間がかかったようです。

わたしも先週8日火曜日に、東京日帰り出張でした。大地震と3日違いです。その日夕方友人たちと反省会で飲んで無事新幹線で帰ることができました。でも東京で地震に出会ったとしたら、鉄道も止まり、宿泊もとれなかったら、たちまち長距離の帰宅困難者になります。小さなラジオと小さな懐中電灯は持って旅行するようにはしていますが、いずれにせよ、地震は突然にやってくるものです。今回、地震予知はあったのでしょうか。

ともあれ、被害にあわれた方、影響を受けられた方に、お見舞い申し上げます。

2011年3月13日 (日)

月ヶ瀬梅林へ

月ヶ瀬梅林はかつては月ヶ瀬村でしたが、平成合併でいまは奈良市になります。市内から柳生を経て車で約1時間です。tetsudaさんの「日々ほぼ好日」のブログの案内で、大地震の前日10日の木曜日にすこし見学してきました。ずいぶん久しぶりです。

月ヶ瀬橋、月ヶ瀬観光会館、尾山から一目八景、あたりを散策しました。

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梅はどのあたりが満開なのかよくわかりませんが、なかなかきれいなものでした。ところどころに出店がたくさんでています。梅の鉢植えも販売されていました。

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水仙もきれいに植えられています。

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万作の黄色もきれいです。

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江戸時代に本居宣長ら文人墨客が多数訪れたと書かれています。大正時代に名勝に指定されたそうです。

平日の午後でしたので、わりあい空いていてゆっくり見ることができましたが、土日は多いそうで朝早くからでかけるのが良いそうです。

2011年3月12日 (土)

13日未明、お水取り

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12日の夜遅く、正確には13日の午前1時過ぎに、「お水取り」をされる、「閼伽井」(若狭井ともいわれます)です。国の重要文化財だそうです。左の端に、由来の「鵜」の瓦がのっています。

3月2日若狭の小浜市から送られたお水がこちらの井戸に12日に届くということです。このお水取りが修二会のクライマックスといわれます。

2011年3月11日 (金)

大地震お見舞い申し上げます

「3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード(M)8.8の極めて強い地震が起き、宮城県北部で震度7の烈震を観測した。気象庁は北海道太平洋沿岸から徳島県まで大津波警報を発令。仙台新港に高さ10メートルの津波が到来したほか、福島県相馬市で7.3メートル、岩手県釜石市で4.1メートルの津波を確認した。岩手、宮城、福島、茨城県の沿岸部を津波が襲い、行方不明者が多数発生しているもよう。」

テレビでたいへんな状況を伝えています。お見舞い申し上げます。

奈良町情報館

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上ツ道を南へ、奈良町通りとの交差したところの東南のかどにあるのが、奈良町情報館。

奈良町の情報を発信したり、案内したり、吉野の物産を売ったりされています。20才代の藤丸社長を中心にがんばっておられます。

先日は、吉野の川上村でつくられた「そば」を奈良町の、そばや「玄」でつかって好評であること、その橋渡しを藤丸社長がしているといった記事が新聞に載っていました。

2011年3月10日 (木)

勝南院町の住吉神社

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天気の良い日、奈良町へ行く用事がありました。猿沢池の西岸の道、上ツ道を南へ歩くと、やがて勝南院町です。「しょうなみちょう」、と呼んでいます。

由来などは良くは知りませんが、神社があります。きれいに塗装され、看板もきちんとつけられていました。

神社は住吉神社であり、町名の由来も書かれていました。

2011年3月 9日 (水)

シネマデプト友楽の東ビルの跡の計画

三条通のシネマデプト友楽の東ビルの跡の計画があきらかになってきました。

ナント!!「80戸、7階建て、マンションのみ」という計画のようです。

商業地区の繁華街のマンションだけに、1階は商業施設にしてもらいたいという要望が強く出ています。

また住民も駅から近いところであるから、むしろ駐車場は「戸数の半数」というような数は必要ないのではないか、むしろ駐車場の出入りの弊害が心配という意見もでています。

3月10日には奈良市役所で業者による奈良市への事前説明会がおこなわれるそうです。

どんな計画なのか、関連の自治会だけでなく、地元商店街や奈良市民にまずはあきらかにしてもらいたいと思います。

2011年3月 8日 (火)

参篭のお見舞いとお水取り展に

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3月7日朝から、二月堂で修二会に参篭されている、和上である筒井寛昭師(写真上)を友人といっしょに訪問してきました。和上部屋にて、しばしお茶などをいただき歓談しました。趣きのある和上部屋です。上七日と書かれています。7日はちょうど本行の折り返しです。

Scimg3430 同じ部屋には、森本公穣師 もおられ、お茶のお手前を頂きました。

Scimg3434 Scimg3435そのあと 二月堂に上がり、観音様にお参りをしました。

Scimg3441 帰りにちょうど奈良国立博物館でおこなわれている「お水取り」展を拝見してきました。毎年ながら、いろいろな二月堂やお水取りの宝物が展示されていて、毎年新鮮な気持ちになります。

お水取り展は14日まで開かれています。おたいまつを見に行かれる前に、お水取り展に行かれるのがおすすめです。

2011年3月 7日 (月)

奈良市のこれからの10年の総合計画について

奈良市民52人による奈良市民まちづくり会議(わたしも1年にわたって参加しました)が提出した提案に加えて、専門家などが検討された奈良市総合計画のことです。

この4月から実施予定の奈良市総合計画が奈良市議会の委員会で可決されたにもかかわらず、2月に修正もされず反対する議員、退場する議員が出て、本会議で否決されました。

これについては、2月27日奈良市民まちづくり会議の有志の方がよびかけられた緊急市民集会には150人もの市民が集まられたということです。

だいたいこの先が読めないので、長期総合計画をたてない自治体もあるそうですが、奈良市では議会で長期総合計画をたてると議決しているそうですから、当然、原案がまずいのであれば対案とか修正案を出すべきであったのですが、反対や退場した議員はそれをしなかったのはいかがなものか、という市民の声が多かったように聞いています。

毎日新聞の記事です。http://mainichi.jp/area/nara/news/20110228ddlk29010248000c.html

緊急集会を主催された有志の方のブログです。

http://sokeiyushi.cocolog-nifty.com/blog/

いよいよきょう3月7日から奈良市議会が開催されます。来年度の予算案審議も含めて大いに注目されます。

(追記)

ジャーナリストのAさんの情報です。

「奈良市総合計画議案の否決をめぐり、議会の「説明責任」を求めた請願が本日の本会議で全会一致、起立全員で採択された。修正動議なしの否決に疑問をもった市民らの緊急集会のもようを、賛成討論の中で紹介した市議もいた。公式な議事録に、ひとつの市民運動の足跡が刻まれることになる」

♪どじょっこふなっこ

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いつもの野村さんご夫妻から届きました。弥生3月春が近づいてきました。季節ぴったりの歌です。

2011年3月 6日 (日)

こども調査隊

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5日、もちいどのセンター街のOK広場へ行くとこども調査隊の開会式がおこなわれていました。市内の3中学校区からたくさんの子どもたちや父兄や先生がこられていました。

上の右の写真は都南(となん)中学の「カレー都南」です。試食でイチゴ入りのナンとカレーがついて100円というカレー都南をいただきました。カレーはプロに習ってつくったそうで、本格的でした。そしてアンケートを受けました。

そして鳥見中学校区では、古代米の、うまいまい(うまい米)のサンプルの小さなおにぎりをいただき、試供品の古代米をいただきました。そしてアンケート。調査隊はあとで当方の店にもきてくれました。

いずれも、食べた人に調査、市場調査は実際の商売にも大切なことであり、私どもも参考にしたいと思ったことでした。

そして梅で有名な月ヶ瀬の中学からは、大和茶を飲ませていただきました。名物の梅も販売されていました。

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ほどなく、OK広場にはまんとくんも来てくれました。つぎつぎと記念撮影に応じていました。まんとくんたいへんな人気です。

まちなか市場から

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3月5日奈良もちいどのセンター街のマーチャントシードセンターでのまちなか市場スイーツの様子です。中は開店準備中の様子です。

11時から開会セレモニーがありました。仲川奈良市長、ミス奈良、せんとくん、まんとくんです。

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5日6日と開催されています。日ごろお世話になっている商工労政課長の植田参事、マーチャントシードセンターの園部常務理事もおられましたので記念に1枚。

2011年3月 5日 (土)

西寺林町、東寺林町あたり

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もちいどのセンター街の南入り口から東方向、つきあたりのホテルサンルート奈良までは町名でいうと西寺林町であり東寺林町になります。

活き活きストリートというのぼりがたっています。また毎月の第一土曜日の夕方は灯りのストリートになるということです。

もとの奈良市役所があったところは、いまはならまちセンターがあり、図書館とか、ホール、市役所の出張所などの複合施設になっています。先日の第4回ならまち演芸もこちらで開催されました。

5,6日スィーツ・マルシェと5日子ども調査隊inもちいどのセンター街

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いよいよきょう明日です。

3月5日(土)と6日(日)にもちいどのセンター街にあるマーチャントシードセンターでは、選ばれたお店によるスィーツ・マルシェが行なわれます。

ミス奈良やせんとくん、まんとくんもやってきます。近頃、スィーツはたいへんな人気です。

またもちいどのセンター街のOK広場では、こども調査隊出動というおもしろいイベントも開かれるようです。文部科学省の「社会教育における地域の教育力強化プロジェクト委託事業」の一環として奈良市立の都南中学校区、富雄中学校区、月ヶ瀬中学校区が、地域の農業・農産物をテーマとした「学区ブランド」づくりに取り組んできたものを発表、販売されます。5日(土曜日)11時から15時まで。

2011年3月 4日 (金)

劇団高円の発表会

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劇団高円養成塾の第1期生の発表会が3月5日(土曜日)4時30分からならまちセンター玄関前広場で殺陣や上方舞や「ういろううり」そして演劇で高円山物語~影姫・小佐保の巻がおこなわれるそうです。

また6日(日曜日)には、4時10分から同じくならまちセンター・市民ホールで演劇で高円山物語~影姫・小佐保の巻が行なわれるということです。

両日とも木戸銭は無料とのこと。くわしくは劇団高円のhpをご覧下さい。http://web1.kcn.jp/gekidan-takamado/

東大寺修二会おたいまつと声明へ

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東大寺二月堂修二会の本行も始まった3月2日(2日目)に行ってきました。すこし雨模様でしたが、ゆっくりと拝見できました。お客様は声の様子から関東から来られている方やあちこちから来られている様子です。地元にいてすこしその気になれば行くことができるのですが、どんなことでもその気にならなければ、近くにいてもなかなか拝見することはできません。

おたいまつのあと、つぼねで練行衆の声明やお参りの様子を寒く暗いなか拝聴しました。写真は二月堂から大仏殿そして奈良の町の夜景です。

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それから、使い終わったたいまつ、裏参道の様子です。

14日の夜まで毎日おたいまつは続きます。

12日夜遅く(正確には13日の午前1時から2時ころ)若狭井でお水取りがあります。12日の夜はことしは土曜日でもありたいへんな人出になるでしょうからおすすめはできません。

そしておたいまつだけでなく、そのあとのお勤めの様子をぜひ拝見して拝聴していただきたいと思います。夜は寒いですので、防寒対策はしっかりとしてお出かけいただきたいと思います。

2011年3月 3日 (木)

埴輪のはじまり展 10

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当初から時間があれば行きたいと思っていた奈良県立橿原考古学研究所附属博物館では、埴輪のはじまり展がひらかれていましたので、立ち寄りました。

特別陳列「埴輪のはじまり-大和の特殊器台とその背景-」

3月21日まで。http://www.kashikoken.jp/museum/

橿原考古学研究所附属博物館は、通常展示もなかなか充実していて、とくにサヌカイトの時代から古墳時代、飛鳥京のころは参考になります。

ちょうど、桜井・茅原大墓古墳では、4世紀末の最古の、人物の埴輪が発掘されました。「盾持人」とのことです。埴輪をめぐり興味深いことです。

以上1から10までの行程は、朝出て夕方には帰着という2月のある1日でした。

五條から吉野、橿原へ  9

地図を見て五條市から高取町、明日香村、橿原市へいく道を通ろうとしたのですが、すこし早く曲がったようで、五條から吉野郡大淀町の方にいってしまいました。このあたりの地理関係は行ったことありませんでしたのでどうやら見当をつけ間違えたようです。

そこではじめて走ってみましたが、吉野川のほぼ北を道は走っていて、五條と吉野郡大淀町は思っていた以上に近い距離でした。あとで地図を見ると三角形の2辺を走ったようですが。途中以前も行ったことがある大淀の道の駅に立ち寄りました。そして一路、橿原へ。

五條新町通りへ 8

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五條の町で見たかったのは、昨年奈良県で3件目の、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された五條新町通りです。

「文化財保護法による伝統的建造物群保存地区制度が生まれたのは昭和50年(1975)です。以来、地域の歴史や文化を伝える町並みを持つ全国の市町村が次々と名乗りを上げ、重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)はすでに80ヵ所を越え、伝統的建造物を中心に地区全体の歴史的環境が保存、整備され、歴史的個性を活かした地域活性化が図られています。」

元はお医者さんの家だったという、まちなみ伝承館に入るといろいろ説明していただきました。

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五條新町通りは 旧紀州街道の名残で、今も江戸時代の風情を色濃く残す 商家の街並み。吉野川のすぐ北で、東西約1kmに及ぶ通りということです。

MAPをもらい、車は置いておいて良いですよ、という温かい声をかけていただき、新町通りなどを散策しました。鳥居は御霊神社です。

車から折りたたみ自転車に乗り替えて走る初めての五條の町を

重要文化財の栗山邸、御霊神社、そして町おこしに尽力されている山本本家さんの酒蔵の店頭で清酒「松の友」の原酒を買い求めたり、写真を撮りながら歩きました。すぐ新町通りのそばには吉野川が流れています。Scimg3311 Scimg3312

ちょうど奈良の魅力映像BOXに、5分間の動画がありました。http://www.miryoku.pref.nara.jp/play.php?seq=1089&type=56

5月にはかげろう座というフリーマーケットも開かれるそうです。

2011年3月 2日 (水)

五條・栄山寺 7

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御所市には見たいところとして室宮山古墳や巨勢山古墳群があり、また昨年発掘された中西遺跡、高天彦神社、極楽寺や南郷遺跡などもありますが今回は見送りました。

24号線を南にしばらく走ると五條市に入りました。最初に有名な栄山寺へ。吉野川沿いにありました。

八角堂は国宝で有名ですし、鐘は誰が書いた字かというのもよく問われます。(小野道風の書ということです)当初、藤原武智麻呂がつくり、八角堂は子の藤原仲麻呂が藤原武智麻呂の菩提を弔ったということです。

八角堂は柱や天井に彩色された絵が描かれていたようですが堂内の見学はできませんでしたのでよくは見えませんでした。本堂に以前に撮られた写真パネルなどが展示されていました。

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裏山には梅が咲き、前の吉野川はゆっくりと流れていました。

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高鴨神社と歴史文化館 6

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一言神社からしばらく南へ走ると、高鴨神社にたどりつきました。全国の賀茂の発祥地、ということでした。本殿は極彩色でした。こちらは日本さくら草の鉢植えで有名ですが、4月20日から5月の連休あたりが見ごろであると書かれていました。

またすぐそばには歴史文化館がありました。そこには、鴨都波遺跡の出土品や野口神社のわらの大蛇などが展示されていました。そこで2月からはじまったというおいしいランチ(スパゲティとコーヒーで1000円)を食べました。どうぞお越しくださいとPRされていました。

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2011年3月 1日 (火)

一言主神社 5

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御所の葛城古道の一言主神社をたずねました。

一言だけ願いを聞いていただけるということでしたので、いま願っていることをひとつだけお願いしてきました。

有名な乳垂れイチョウがありました。1200年以上の古木だそうです。たしかに乳だれ、という気がしました。

万葉集の歌碑もありました。

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九品寺 4

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九品寺は、聖武天皇の勅命で行基が開いたというお寺で、本堂前には近鉄奈良駅前広場にある行基菩薩像とそっくりな像が立っていました。

たくさんの石像があるということで、本堂裏の小道を上がっていくと、たしかに多くの石像が並んでいました。道々に短歌なども掲げられていました。

千体仏というそうですが、あとでたまたま出会った御所市役所の人によれば、いますでに1800体あるそうで、まだまだ発掘されそうだということでした。

一番上まで行くと東の遠くの山々などが良く見えました

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