喜光寺へ 奈良案内5
子規の庭から、車で 一路西へ向かい、菅原町の喜光寺を訪れました。この春には南大門が再建され、この10月31日にはこの寺で歌った会津八一の歌碑が奈良県の会津八一の16基目の歌碑としてつくられたからです。
「ひとりきてかなしむてらのしろかべに汽車のひびきのゆきかへりつつ」
同行の素空氏の解説をごらんください。http://www.geocities.jp/surume81_1/hitorigoto/81/ha/ha-gyou.html#hitorikite
おりからの雨風で、傘の骨がおれたり傘があおられたりしましたが、ほどなくましになりました。本堂の丈六の本尊や、歌碑、南大門そして仁王さんなどを拝見しました。
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私は、喜光寺歌碑の除幕式典に参加しました。
縁の地に歌碑が建立されたのは喜ばしいことですが、二点、不満があります。
○『自註鹿鳴集』では全文が平仮名であるにも関わらず、碑文では「しろ壁」「汽車」と漢字に表記が使われていること。
○碑陰の文章に格調がなく、また、冗長である一方、必要な情報が記載されていない(石の種類(生駒石だそうですが・・・)等が未記載、碑文の出典について二次的資料しか記載されていない。)
投稿: やいち | 2010年12月 9日 (木) 16時22分
くわしいことはわかりませんが、雨上がりでもあまり字はよく読めませんでした。でも会津八一の自筆のようです。
投稿: 鹿鳴人 | 2010年12月 9日 (木) 20時58分