もと日吉館その後
奈良市登大路町の「日吉館」は田村キヨノさんが経営されていた有名な奈良の旅館です。会津八一や多くの芸術家、研究家、建築家などが奈良研究の定宿にしていたことで有名です。わたしは水泳部の年末の納会ですき焼きをみんなでよく食べさせてもらった思い出深いところです。会津八一の書などがあちこちにありました。
その後のことは、tetsudaさんの日々ほぼ好日のブログにくわしく書かれていますので引用させていていただきます。日吉館の建物は壊されました。http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/ee31413319958fad88915a8954ac8de5
姫路在住の会津八一研究家のやいちさんが、先日奈良に来られそのあとの建物の基礎が作られていたと教えていただきました。
11月29日車で通りかかったところ、棟が上がっていましたので、車を停めて写真を1枚撮りました。店舗つき住宅で以前のイメージを残した建物のようですが、これからどんな建物になっていくのでしょうか。
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さっそく、ありがとうございます。
11月上旬に見た時にはショベルカーで掘り下げている状態でしたから、随分と早い展開ですね。
どんな建物になるか興味津々です。
同じ並びの飛鳥園のように上品な建物になることを期待します。
投稿: やいち | 2010年11月30日 (火) 22時12分
早速のコメントありがとうございます。そうですね。あの道の前は、奈良県でも整備するとのことですので、家並みと道路事情の改良、そしてもと日吉館そのものの良き再現を期待したいですね。
投稿: 鹿鳴人 | 2010年11月30日 (火) 23時23分
60年ほど前、私が高校二年の時歴史研究部の夏季合宿で初めて日吉館に1週間ほど泊まりました。二階の道路ぎわの部屋に通され畳一枚分が一人分のスペースで荷物は枕元に置くよう言われた。大きな部屋に蚊帳が吊るされ雨戸も間仕切り戸も開け放されすごい暑さでした。朝晩の食事は長い板を置いてそこに食器が並べられていた。何を喰わせてもらったかも記憶にない。マカロニのサラダが丼に入って出されたことは覚えている。朝になると隣の小さい写真屋飛鳥園にいってブローニーフィルムを買ったりしていたことは覚えている。その頃新薬師寺で撮った仏像の写真が今でも自宅の壁にパネル張りになっていまでもかかっている。
投稿: モトム | 2025年12月22日 (月) 01時27分