夜行列車の思い出
13日夜、東京発のブルートレインの最終便ということでテレビに取り上げられ、多くのファンが見送る姿が報じられていました。若いときの思い出を載せて、「私の青春であった」という人もいましたし、「昭和が遠くなった」という人もいました。それぞれに感慨ふかい言葉だと思います。
(写真は日経新聞から転載させていただきました。多くの鉄道ファンに見送られ東京駅を出発する「富士・はやぶさ」=13日)
わたしも夜行列車の経験は少ないのですが、いろいろの思い出を思い起こすことです。
ずいぶん以前になりますが、奈良からも、東京へ「大和」という夜行列車が走っていました。毎晩、21時過ぎ奈良を発ち、関西本線をはしり、名古屋、静岡と東海道本線を走り、東京へ朝6時過ぎ到着しました。寝台車両もついていたようですが、若いわたしなど普通の座席でした。小学校の頃から父や叔父の出張のための座席券をもらうため代わりに待合室で待ったことも思い出します。
大学生のころは、東京でお金をほぼ使い果たし、いざ帰省というころは、東京から夜行鈍行の大阪行きに乗り、京都で乗り換え、朝奈良に帰ってくるということもありました。(大垣とまりでずいぶん続いたようですが、これもとっくに終了)
いちどは夏、東京から長野を経由、大町下車で北アルプスの山小屋で1泊してアルプスの針の木岳に登りました。そして北陸本線に乗り金沢までたどりつき駅頭で眠り、翌日金沢の町を観光して奈良に帰ると残金がわずかということもありました。
また父の仕事代わりに朝京都駅から特急「白鳥」に乗り日本海沿いをひたすら走り深夜青森に到着、真夜中の青函連絡船に乗り、朝の函館発の北海道の列車で24時間後ようやく目的地に到着ということもありました。
少しさかのぼりますが中学3年生の春、友人と13泊14日の北九州までの自転車旅行の帰り、夜行列車で帰ったこと。高校2年のとき、友人と長いキャンプ旅行の末、鹿児島から満員の夜行列車で帰ったこと。松江から東京の勤務先へブルートレインの夜行列車で帰ったこと、など思い出します。総じて夜行列車はなぜかなつかしさ、せつなさを感じさせるものだったように思います。
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