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2006年6月13日 (火)

夕日地蔵

S20060606_115143829 奈良坂ちかくの旧奈良街道に、何気なく立っておられる、

高さ2mほどの地蔵さんです。夕日地蔵というそうです。

ちょうど、同行した会津八一氏の研究家の友人から以下

のような解説が届きましたので、ご覧ください。

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奈良坂にて

ならざか の いし の ほとけ の おとがひ に
           こさめ ながるる はる は き に けり


        
(奈良坂の石の仏の頤に小雨流るる春は来にけり)

ならざか
「奈良市の北から京都府木津町に出る坂道を言う。古くは、平城京大内裏の北の歌姫から山城へ越える歌姫越えをならざかと称したが、今では、東大寺の北、般若寺を経て木津へ出る般若寺坂をならざかと言う」
いしのほとけ 『奈良坂の上り口の右側の路傍に俗に「夕日地蔵」と名づけて七八尺の石像あり。永正六年(1509)四月の銘あり。その表情笑うが如く、また泣くが如し。また、この像を「夕日地蔵」といふは、東南に当れる滝坂に「朝日観音」といふものあるに遥かに相対するが如し(自註鹿鳴集)』
おとがひ 「頤(おとがい)下あごのこと」

歌意
 奈良坂の道のほとりにある石の仏さんのあごから、小雨が流れている。ああ、春になったのだな~。
 読むと同時に素直に心の中に入り込んでくる歌である。平易な言葉で簡潔に歌い上げているからだろう。八一が春に奈良を訪れたという記録は無い。奈良坂、石の仏、春を並べるだけで、遠くより奈良の風情を見事に表出したと想像したい。奈良坂の奈良の言葉を配しながら、一首で奈良への憧憬と小雨降る情景を歌うこの歌は古都奈良を歌う代表作と言っても良い。
 滝坂の道を八一の歌を導きに歩いた時、やがてはこの歌の石仏に会いたいと思っていた。その思いが実り、友人達と奈良坂を5月末に訪れた。ただ、八一の時代や会津八一の名歌(和光慧著)に書かれた古き良き奈良坂と石仏の情景は今では失われているようだ。和光慧が言うように「豊かな美的想像力が加わって、見たままの事実を超えた高次の美的形象をとって生まれた」歌であるなら、夕日地蔵の前で目を閉じて、奈良の小雨降る春を想うといいだろう。
                         鹿鳴集・南京新唱 奈良坂にて  

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