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2005年12月31日 (土)

 大晦日からお正月へ

いよいよ、きょうは12月31日大晦日です。いろいろあった2005年、平成17年もお別れです。

お正月は、子供のころはなぜあんなにうれしかったのであろうかと思うこのごろです。お正月には新しい下着をきせてもらったり、新しい服をきせてもらったこととか、お年玉をもらえること、ごちそうやお餅をたべられること、とにかく勉強からも解放され、たこあげやら、春日大社へのおまいり、かるたや百人一首、ゲームやトランプ、駒回しなどで遊べることであったように思います。また、みちばたで羽子板もおつきあいしました。そんな、歌に出てくるような、お正月をすごしたわれわれの世代ですが、この年になってもやはり、お正月はこころあらたに迎えたいと思います。

さて大晦日がすぎ、新年をむかえるころ、奈良の町には、興福寺南円堂の除夜の鐘がきこえはじめます。遠くには東大寺の大鐘もつきはじめられていることでしょう。三条通は、文字通り、春日参道であり、春日大社に新年のお参りに行かれる方の足音も聞こえます。春日大社は終夜おまいりがあり、東大寺大仏殿は夜中から朝まで開放され、大仏様のお顔も、特別に開けられた窓から見ることができます。寒くもあり、静かでもある、奈良のお正月は東の奈良奥山から初日の出でおごそかに、新年をお迎えします。

2005年12月30日 (金)

”EARTH”

今年もあと2日で終えようとしています。偶然NHKテレビで、40億年前の地球がこのようなことでできたであろうという学説にもとづく映像をみました。宇宙のごみなどが集まって、小さな惑星ができてのち、あるときその小さな惑星が10個ほどぶつかりあって、地球ができたとのことでした。

そして今インターネットの世界は、つくづくすごいと思います。やはり画期的な情報革命だと思います。以前、友人が「GOOGLEローカル地図」を教えてくれたので全国あちこちを見て楽しんでいます。さらに遠くの友人がまた、GOOGLEには「EARTH」というのがあり、それをダウンロードすれば、地球のあちこちが見られるとおしえてくれました。アメリカが主ではあるけれど、日本でも、奈良市内でも航空写真、あるいはまるで、飛行機からみたような景色があらわれるのです。また角度をかえると、ヘリコプターで低空飛行しているような画像が続きます。実際、人工衛星から超望遠レンズでとらえられてつくられているようです。

以下のhpを開き、ダウンロードしてみてください。地球があらわれ、目的地へおりていくことができます。

「まちを鳥の目でみたり、虫の目で見たりすることが大事だ」とどこかで聞いたことがあります。空から、まちを楽しんでみてください。

http://earth.google.com/

2005年12月29日 (木)

奈良教育大学

年も押し迫り、あとわずかになりました。今朝出勤途中の温度は0.5度でしたが、よく晴れていて気持ちの良い朝です。高校ラグビーもはじまり、奈良には12、13チームほど旅館で宿泊されているようです。

さて奈良市は小さな都市(現在37万人の中核市)ながら、国立大学法人が2つあります。奈良女子大学であり、この奈良教育大学です。もとはいまの県庁のところにありましたが、奈良市内循環のバスの高畑停留所前にあった、広い土地に引越しされて、いま隣接して小学校、幼稚園があります。高円山(たかまどやま)のふもとにある、とても環境の良いところにある教育大学です。そういえば、かつては奈良学芸大学といっていたのを覚えています。hpは以下の通りです。http://www.nara-edu.ac.jp/home-jp.htm

2005年12月28日 (水)

奈良女子大学附属中等教育学校

奈良市立病院の東隣に、奈良女子大学附属中等教育学校があります。最近まで奈良女子大学文学部附属中学校、高等学校という名前でした。文部科学省の中等教育が変わりつつあること、6年一貫性であること、文学部の附属ではなく大学全体の附属であるということ、などの理由から、名前が変わったと聞きました。

かつては、今の奈良女子大学のキャンパスの一角にありましたが、昭和33年ころ現在地に移転しました。現在地は、戦前は日本の陸軍38連隊の一角であり、戦後アメリカ軍の進駐軍のキャンプのあったところです。当時、校舎もほとんど進駐軍の兵舎の再利用であったようです。わたしも、かつて6年間とても楽しく充実してすごしました。いまでは校舎などもすべて建てかえられ、唯一当時泳ぎに泳いだプールが改装されてきれいになり現在地に残っています。

現在も個性的な教育をすすめておられます。hpは以下の通りです。

http://www.nara-wu.ac.jp/fuchuko/

2005年12月27日 (火)

奈良市立病院

療養の知人を尋ねて、紀寺町の、奈良市立病院に行く機会がありました。ここは昨年まで奈良国立病院でした。国立病院の統合などで、奈良市に移管されました。それまでにも、奈良市には、国立病院、県立病院がありましたので、市立病院はありませんでした。地域医療の充実ということで、移管を受けたようですが、今後建て替えなど、いわれていて、きびしい奈良市の財政でどのようにされていくのか、注目したいと思っています。奈良市立病院のhpは以下の通りです。http://www.nara-jadecom.jp/

2005年12月26日 (月)

「ぐるっとガイド奈良」

横浜在住の方から、「奈良西大寺がいちばんであった。」とのコメントいただきました。ありがとうございます。「住むに値するまち」という意味でも、かつて和辻哲郎が奈良をとりまく山並みを見て、人は住むことを望んだのであろうといったことを書いています。奈良は、いつまでも、「国のまほろば」であってもらいたいと思います。住む人にも、おとづれるひとにも。クリスマスも過ぎ、年末あとわずかになりました。

さて、奈良は、県内ほとんど奈良交通がバス交通などをおこなっています。バス停でふっと見かけたポスターは、「ぐるっとガイド奈良」というサービスでした。まだ始まったばかりで、すべての地域を網羅していないし、内容もすこししか聞いていませんが、ひとつの情報サービスと思われます。利用は通話料だけとのこと、電話は09012209610とのことでした。

案内のhpがありましたので、くわしくはhpをごらんください。http://www.narakotsu.co.jp/teikan/gurutto/guide.html

2005年12月25日 (日)

「まちづくりと景観」

先月機会があって、講演を聞いた、田村 明氏の本の紹介が届いたので、書店で早速購入読んでいるところです。岩波新書「まちづくりと景観」12月20日発行、740円プラス税。 「もっと美しい街、個性ある町へ!豊富な事例で示す明快な指針」「まちづくりと景観」「日本では、自然の風景の素晴らしさと裏腹に、街並みや都市の景観の多くは美しいとはいいがたい。それは、なぜなのか。住むに値し、訪れる魅力を備えた「まち」は、どうしたらつくれるのか。無秩序なビル建設、醜悪な広告塔などを排するだけでなく、賑わいと潤いのある、真に美しい都市の可能性を、内外の具体例を挙げながら考える」

紹介されている町は、長野県小布施町、横浜市、国立市、コペンハーゲン、フィレンツェ、ドゥブロニク(クロアチア)、パリ、ウィーン、カールスルーエ(ドイツ)、ワシントン、エディンバラ、東京、ベネチア、ロンドン、山口県宇部市、大分県由布市、北海道美瑛町、鎌倉市、岡山県倉敷市、ミュンヘン、イスファハン(イラン)、山形県金山町ほか。とのことです。

2005年12月24日 (土)

まちづくり三法案

22日の新聞記事などで、都市計画法改正による大型店規制の方向が報道されていました。自民党の最終取りまとめ内容も友人からおくられてきましたので、読みました。来年の通常国会で審議されるようです。大いに関心をもって、見守りたいと思います。

おおまかに、郊外では10000平方メートルを越える大型商業施設の新設は規制の反面、中心市街地の活性化をはかるとのことながら、肝心の中心市街地をいかに活性化させるかがかなりたいへんだとも、いわれています。

全国各地の中心市街地の空洞化が、いわれていますが、商業者のみの利益のためでなく地域住民、行政、大学研究機関、NPO、社寺、企業などすべての共同作業が必要ではないかなと思います。

さらに友人は以下のような資料を教えてくれています。「なお、この元になる国土交通省の中心市街地再生小委員会報告についてパブリックコメントが求められています。(1月6日まで)http://www.mlit.go.jp/pubcom/05/pubcomt73_.html
このページの参考資料には、諸外国での大型店などの立地規制の状況
なども記載されていて、大変参考になると思います。」

2005年12月23日 (金)

年末の3連休

きょうは、幸い奈良は晴れで、昨日の寒さがうそのような天気です。きのうは、気がつかないうちに冬至だったようです。きょうは、天皇誕生日、明日はクリスマスイブ、あさってはクリスマスと3連休です。昨日の新聞には、22日が大晦日のようになってしまい、年末が1週間早くなっていると、タクシーのドライバーがいっていたとのこと。県内の小学校も昨日が終業式であったようです。

23日、天理では「第9」の合唱の演奏会がおこなわれます。友人がコーラスで参加しますが、当方は、ことしは、多用につき不参加、残念です。年末、20分間に、ベートーベンの「第9」を歌うのは、感動でもあり、聴く人もまた感動を共有できると思います。奈良文化会館では、奈良フィルハーモニー管弦楽団のクリスマスコンサート。奈良市写真美術館の「土門拳と入江泰吉2人展」も25日まで。

ことしもあとわずかになりました。風邪などがはやっています。からだに気をつけてすごしたいものです。

2005年12月22日 (木)

冬雷、冬雪、寒冷前線

20051222_230815491 21日の夕方は、突然雷鳴が聞こえ、そして、平地でも雪が突然降り出しました。寒冷前線の通過と天気予報では伝えていますが、実に不思議な天気でした。多くの人たちは機嫌よく忘年会、クリスマスの時期、突然の天気。奈良の奥山の先の柳生のあたりのゴルフ場はちかごろ雪のため閉鎖だとのこと。

22日朝から突然雪が降り出し、昼ごろやみましたが、奈良にしては気温も氷点下1度くらいの寒さなのでみるみる白くつもりはじめました。奈良公園あたりでは、カメラマンがちらほら、写真とっておられました。まじって、すこし撮って来ました。

051222 05 05

2005年12月21日 (水)

高校ラグビー

奈良市三条通の横断幕が、春日大社のおんまつりから、「歓迎。全国高校ラグビー」に、友人の装飾屋さんの手で、朝からつけかえられていました。27日から大阪府東大阪市の花園ラグビー場で開幕するとのことです。全国の厳しい地方大会を勝ち抜いてきたチームがやってきます。奈良市からラグビー場まで、近鉄電車の1本で行くことができますので、例年多くのチームが市内の旅館に宿泊します。それぞれのチームのユニフォーム姿が、まちを歩く日も近いことが感じられます。奈良公園でランニングされたり、市内の学校や競技施設をつかって練習されるようです。選手、女性マネージャー、家族や関係者などなど。

かつて、全国制覇された、伏見工業の山口監督は現役時代からテレビなどでプレーをみていましたが、実際講演会で熱烈なお話を聞いたり、奈良で滞在の折、当店に買い物来ていただき親しくお話をしたことも楽しい思い出です。

ことしも年末年始、若々しい、元気な高校ラグビーの皆さんが、奈良市にきていただくのはとても楽しみです。「これが青春だ」という感じがします。

高校ラグビーのHPは次の通りです。

http://rugby.mbs.jp/

2005年12月20日 (火)

JR奈良駅あたり

三条通りをさらに下ると、いろんなお店があり、そして良く入れ替わりながら、大阪で見かけるようなお店がでてきたり、ダイエーが閉店したり、しばらく行かないとかなり変わっています。できれば、地元の特色のあるお店が続いたり、出店されたりすると、奈良のJRをおりたメインストリートで良いのではないかと思います。いろいろなお祭やデモのコースでもあり、遠くに奈良奥山のぞむ良い道にしたいものです。上三条交差点からJRの踏み切りあたりまで、三条ショッピングモールという商店街です。振興組合という組織で活動されています。

JR奈良駅も、2010年には高架の駅になる予定です。今年あたりから、工事が活発になってきました。旧駅舎も奈良らしい建物ということで保存運動がおこり、みごとその運動が実って、曳き家工法ですこし移して保存されました。今後の使用方法はまだ決まっていないようです。ぜひ有効活用したいりっぱな建物です。駅前広場には、平城宮跡保存に尽力された、棚田嘉十郎の石碑も立っています。

また最近話題になった、サンホテルもこの線路のすぐ脇です。あまり早く出来たのでびっくりする人が多かったのですが、せっかくの収容能力の高いホテルが、構造的に欠陥ホテルとは残念なことです。線路の東側の広大な空間は、どのようになっていくのか、どのようにすべきか、大いに関心をもつところです。

いま天王寺・大阪方面から、快速電車でとても便利です。京都からも単線ですが、快速が走っています。

JR奈良駅の開発は、HPがありましたのでご覧下さい。http://www.pref.nara.jp/toshi/jrnara/

2005年12月19日 (月)

上三条町から開化天皇陵あたり

三条通をくだり、やすらぎの道とまじわる上三条町の交差点には、奈良市観光情報センターがあリ、いろいろな観光スポットの紹介や、特産物の展示などの情報センターです。階上は奈良市の公民館になっていて最近、中央公民館から中部公民館に名前が変わったようです。かつては、ここに奈良郵便局がありました。奈良市観光情報センターのHPは以下の通りです。
http://www1.sphere.ne.jp/naracity/j/n_hp.html

このあたりには、みずほ銀行に、リそな銀行(かつては協和銀行、奈良銀行)やNTTがあったり、お寺も2つあります。いまホテルフジタがあるところは、かつて、奈良警察署があったところです。その西隣はまちなかにある地図でしか知らないのですが、広大な開化天皇陵です。柵がしてあるので入ったこともないのですが紹介するHPがありました。
http://www3.kcn.ne.jp/~mamama/nara/burial-mound/09-kaika-01.htm

現在、三条通まちづくり協議会がつくられ、道の拡幅が計画され、実現に向け目下急ピッチで詰めがおこなわれています。そしてさらにJR奈良駅まで拡幅され、歩きやすい道が求められています。

追伸 

あまりやり方もよくわからないうちに、ブログをかきはじめましたので、以前から写真を添付したいと思っていたのですが、方法がわかりませんでした。幸い、使い方のページを教えてくれる人がいましたので、おいおい、写真も添付します。ご存知の方もおられるかと思いますが、写真をクリックすると、大きい写真になります。最初のは大きくなりすぎました。

そしてプロフィールの写真は、冬にしては、とてもよく晴れた日の東大寺の大仏殿の遠景です。

2005年12月18日 (日)

おん祭りお渡り中止

17日、前の晩から朝まで、雪というのか、雨というのか、たいへんな天候でした。
10時ころからは、雨もやんで、これなら、おん祭りも無事されるのではと思っていたら、
三条通のスピーカーは、「悪天候のためお渡りは中止。お旅所まつりは、1時にくりあげて
おこないます」というアナウンスが何度か中止を告げていました。
そして、皮肉なことにその後悪天候ではなく、逆に晴れ間さえ見え始めました。誰もが、中止になっていると思わなかったようです。すこし離れたところの友人も、今日はおん祭りできてよかったねというし、夜、学園前のほうにいけば、きょうは、おんまつりどうでしたかと尋ねられるし、富雄の人はおん祭りというまつりさえ、20年以上すんでいるけれどそもそも知らないという人までいました。大阪なんばの駅で張り紙で中止を知ったという人もいました。また近くにいても、ここ40年外で仕事をしていたのでおんまつりを見たことがないのに、残念であったというひともいました。それでも土曜日とあって、人々の人出は多く、とくにお父さんに連れられた小学生が多かったようです。
やはり、おんまつりは年の最後の奈良のおまつりとして、大事にしていかなければならないし、決行か中止か、天候の判断はむつかしいものだと思ったしだいです。ことしは、土曜日でしたが、さいわい2006年は、日曜日にあたるようです。来年を大いに期待したいと思います。

2005年12月17日 (土)

山には一部雪景色

16日の夜から17日の朝にかけて、雪や雨が降ったようです。若草山や春日奥山原始林には雪がすこし積もっているのが見えます。きょうは昼から春日大社のおんまつりのお渡りの行事がおこなわれる日。土曜日でもあり相当の人出が予想されていましたが、どうやら、お渡りは悪天候のため中止と、商店街のスピーカーは流しています。神事などはとりおこなわれるようですが、今年は870回目のおん祭りとのこと、残念なことです。

昨日の12月16日は東大寺の初代別当の良弁僧正の命日ということで、年1回公開される開山堂の良弁僧正坐像(国宝)そして法華堂(三月堂)の秘仏の執金剛神立像(国宝)をはじめて拝観してきました。年1回特別公開というのは、保存も無論よくすばらしいのですが、この日しか見られないというのはなかなか見ることはできないものです。多数の人がお参りされていました。良弁杉もずいぶん高く伸びていました。kaisandou写真は東大寺開山堂です。
そして、来年の東大寺二月堂の修二会(お水取り)の配役も発表されました。
東大寺のhpは以下の通りです。http://www.todaiji.or.jp/
年末年始、多くの行事がおこなわれる、奈良のまちです。

2005年12月16日 (金)

季刊誌「あかい奈良」

1998年発刊、このほど30号を迎えた、奈良の良質の季刊誌です。先日、発行人の実業印刷のS氏から送られてきました。あかい奈良の「あかい」とは、古代から伝わる朱・丹の「あかい色」を表し、エネルギーの色としても思いをこめているということです。
1997年の夏の終わり。奈良を愛する人たちの集いの中、何気ない雑談から「あかい奈良」が生まれたそうです。編集メンバーも無償、執筆などのご協力してもらう人にも無償をお願いして、できているそうです。ケナフという紙に落ち着いた色で、格調高く「あかい奈良」は一貫した主張とスタイルで奈良を探り、発信し続けておられます。1冊なんと500円というおねうち値段です。
くわしくはHPをご覧下さい。以下の通りです。http://www.akai-nara.net/

2005年12月15日 (木)

おんまつりの大宿所まつり

きょうの奈良は、寒いながらも晴天です。日本海側では積雪がたいへんだというニュースです。きょうは春日大社のおんまつりの、行事の一つ、大宿所まつりです。もちいどのセンター街にある、春日大社の大宿所でとりおこなわれます。かつて大和士(やまとさむらい)が精進潔斎して参加した「おんまつり」のおまつりのひとつです。懸鳥(かけどり)は鳥やうさぎが奉納されたそうです。(今は魚類やきじなどが多いようです)また、おん祭りの道具や衣装類もご披露されます。
午後から夕方まで何度か巫女さんが、「御湯たての儀」という、熱湯の湯を祝詞をあげながら葉っぱでふりまき、お払いをするという、神事もおこなわれます。
またJR奈良駅を出発して、大和士や、各地のお姫さんに扮したみなさんによる、「大宿所もうで」のおわたりもおこなわれます。
そして、地元の椿井小学校の児童によるおんまつりの「わらべ歌」も奉納される予定です。かつて、奈良の町では、おんまつりのころ「のっぺ汁」という精進料理をよくたべたということから、もちいどのセンター街では大なべでつくった「のっぺ汁」をたくさん用意してふるまいます。

ちかごろ、おん祭りの最初の行事から見ようという人々が多く訪れ、にぎやかな歳末の行事の一つになりました。

2005年12月14日 (水)

橋本町御高札場あたり

kousatuba すべり坂をおりると、采女神社があり、そのあたりから奈良の中心商店街にはいっていきます。左手には猿沢池があり、右手には階段をのぼると、興福寺南円堂があり西国9番の札所ということでにぎわっています。
国宝の三重塔も見ることができて、桜の季節にはとてもきれいです。

そして大きな高さ10mから20mの大きな木(なまえは知りませんが)があります。われらが子供のころは登ってうえのほこらのようになったところに隠れて遊んだことを思い出します。今でも元気な木で、夏には青葉が茂り、秋冬にたくさん落葉をする、ご神木のような木です。そのかたわらには、春日大社の末社の手力雄神社(たじからじんじゃ)があります。大きな木の下には、橋本町御高札場が昭和59年に地元自治会、そして若手の会、南都まほろば会により、再建されました。奈良奉行のおふれなどを道行く人々に伝えていた格式の高い高札場だそうです。古い資料や妻籠の宿などを実地見学して、専門家の指導を得て再現されました。文章は完全復元したもの、あたらしくユーモラスに書いたものなどがあります。町行く人がよく見ておられます。もとは江戸時代に三条通の道の上にあったとのこと、そこにはいま明治時代にたてられた奈良市の道路元標があります。

したがって、もちいどのに入る交差点は、あちこちの古い町の中心部にあるのと同様「札の辻」と思われます。参考写真は以下をご覧ください。PRで恐縮ですが、もちいどのセンター街に入るとすぐ右手が、器まつもりです。

http://homepage2.nifty.com/matsumori/town.htm

2005年12月13日 (火)

植櫻楓之碑

奈良も昨日あたりから朝氷点下とのニュースです。晴れわたっていますが、12月らしくずいぶん寒くなってきました。

さてさらに三条通を西に下ると、興福寺の五十二段の石段があるがそのかたわらに、植櫻楓之碑(しょくおうふうのひ)がある。江戸時代の奉行である川路聖謨の自撰自筆(碑文は漢文)とのことだ。幕末の有名人の川路聖謨(かわじとしあきら)は、左遷されて奈良奉行にきたとのことだ。そのころ、日記を書いたり、いろいろ奈良のことに尽力されたとお医者さんであり郷土歴史家の喜多野徳俊さんにおはなしをきいたことがある。そのひとつが、植櫻楓之碑に書かれているという植樹である。幸い、漢文に訳文をつけられたHPを見つけた。http://www4.kcn.ne.jp/~hozoin/syokuouhuuhi.html

川路聖謨については、以下のHPをごらんください。
http://www.tabiken.com/history/doc/E/E016R200.HTM

のちに、江戸に戻り、ロシアとの交渉にあたった功績があるとのことです。

2005年12月12日 (月)

女子ホッケー

あまり知らないうちに、11日、第66回全日本女子ホッケー選手権大会の決勝が、天理市の親里ホッケー場でおこなわれ、ちょうどNHKで実況中継されていた。対戦はソニー一宮の強豪相手に、地元南都銀行であった。

あまりルールもしらないが、スティックを片手に、走り回っていて、なかなか体力もいるし、テクニックもいるスポーツと思った次第。オリンピック選手を多数擁するソニーが押しに押している展開であったが、先取点は南都銀行が少ないチャンスを生かしてゲット。そして、一宮に入れられ、1-1で終了。PK戦はサッカーとおなじ、オリンピックにも出た南都銀行ゴールキーパー宮崎さんの好守備で、みごと南都銀行が勝ち、優勝ということになった。

12日は新聞も休刊日ではあるけれど、地元の南都銀行の優勝というのはなかなか数少ないニュースだ。かつて、何かの大会に優勝して、南都銀行のショーウインドーにユニフォームなど飾ってあったことがあるけれど、ひさびさの快挙であった。おめでとう。

2005年12月11日 (日)

サッカーW杯

苦労して、アジア予選を突破、来年はドイツでいよいよサッカー・ワールドカップだそうだ。組み合わせもおこなわれ、ブラジルと同じ組で、決勝リーグへの突破が期待される。

オーストラリア、クロアチア、と続いて、ブラジル戦。試合の順序が良いとか、良い予想が解説者からいわれたり、ブラジルと同じだから、2位を何とか確保してとか、早くもいろいろな話題でにぎやかだ。

6月から予選リーグや決勝トーナメントがドイツの各地で行われ、来年の7月9日ベルリンで決勝だそうだ。楽しみなことだ。

2005年12月10日 (土)

朝あるく奈良

きょうは、朝7時半、興福寺五重塔前集合で、「朝あるく奈良」Morning Walk in Naraの下歩きの日であった。奈良公園コースを実際あるいてみて1時間30分。ときどきひとりで歩いても、こんな朝には歩いていない。幸いきょうは冬ながらもよい天気。奈良公園の祈りのコース、巨木コース、池コースの合体コースを、20数人で歩いた。知っているつもりでも、説明を受けながら歩くと、また新しい発見があるものだ。

たとえば、もうすぐ行われるおんまつりの春日大社参道すぐちかくには、羽子板の羽の黒い実をつけるという「ムクロジの木」があり、その木の途中から竹が3本伸びているのだ、下ばかり見て歩いていると、ずっと知らないことであった。ss

イチイガシの巨木群であったり、飛火野の巨木はクスノキであることも知った。春日大社、東大寺南大門から奈良国立博物館、興福寺。奈良公園はなかなか奥が深い。

本番のあるきぞめ大会は、もうすぐやってくる、平成18年。1月15日(日曜日)7時30分集合。場所は奈良県庁まえの公園です。奈良公園コース、ならまちコース、平城宮跡コースと3つのコースのうち1つを選択。参加申し込みは奈良ロータリークラブまで。FAX0742-24-1289。お名前、人数、希望コース、連絡先を書いてよろしくとのことです。

HPもようやく完成したようです。http://www.nara-rotaryclub.com/aruku-nara/index.html

2005年12月 9日 (金)

鹿政談

三条通りの、菊水楼の西隣には、興福寺の菩提院大御堂があり、そばには、三作小僧の塚がある。鹿をあやまって殺して石子詰になったという伝説のあるところである。そのあたりのことは、奈良の鹿のことを語る、落語にくわしい。かつて、桂 米朝師匠のはなしできいたことがありますが、ネットでも採録されていたのでご紹介します。ただし、つりこまれて、読んでみるとなかなかくわしいので時間がかかります。http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug112.htm

2005年12月 8日 (木)

荒池あたり,菊水楼

鷺池のまわりには、夏、さるすべりの木がきれいな花を咲かせている。いまでも気候の良いときはボートをかりて風情を楽しむことが出来る。西のほうへ進むと、左手には、土壁があり、それが、自然に朽ちていて、さらにその土壁越しに荒池や奈良公園の芝生がひろがる。かつて、「奈良はほろびいく美」といった作家がおられたが、それを実感できる土壁ではなかろうかと思う。

やがて、博物館前から天理市へいく道に出るのであるが、鷺池あたりから荒池で行く道はなかなか雰囲気の良いところで、おすすめの道だ。

荒池の南岸には、奈良ホテルが姿を現し、荒池の北岸には、格式ある、菊水楼がある。明治のはじめにできたという、和風旅館であるが、フランス料理もあり、また喫茶ルームもある。近年、日本の宿を守る会などでもおすすめの根っからの和風旅館だ。

菊水楼の紹介のページは以下のとおりです。

http://www.nara-shimbun.com/graph/gra021208_house.html

2005年12月 7日 (水)

浮見堂

旧志賀直哉から降りてくると、鷺池には浮見堂があらわれる。すこしまえ大改修され、池から出る柱が増えて池から浮いたかたちで、たっている。なかなかの風情で、欄干のある橋をわたって、池の真ん中にたどりつく。夏から秋はライトアップされていて、池の方から夜遅くまでまたちがった風情がみられる。

ちかごろ、奈良の朝が注目されている。朝は、東の奥山からのやまなみを背にした、浮見堂は、素晴らしいと思う。水彩画などのスケッチに絶好の風景だ。行楽にの良い時季、多くの人が浮見堂を、真ん中に、絵筆を動かしているところに出会う。以前、奈良は描くところがいっぱいあるといっておられた話を思い出すスポットだ。

2005年12月 6日 (火)

旧志賀直哉邸

春日大社のささやきの道を、南にいくと、広い道があらわれる。その道からははるか生駒山を眺めることができる。その道をすぐ西のほうに下り、わきみちをななめに右手にとると、旧志賀直哉邸がある。

志賀直哉が、奈良に滞在のころ、自分で設計された家という。サンテラスがあり、なかなかモダンな建物だ。「暗夜行路」をかかれた部屋もあったように思う。白樺派の、画家や文学者が多数奈良の高畑町に集ったという。春日野の風景は、パリ郊外にも似ているとか。

いま大学のセミナーハウスとして保存され、またときどき公開されている。HPは以下のとおりです。http://www.narabunka.ac.jp/shiganaoya/146_Shiganaoya.html

2005年12月 5日 (月)

大仏マラソン

12月4日の日曜日は、朝から冬とは思えない大雨でした。始まったばかりの奈良国立博物館の「東大寺公慶上人展」をみてきました。たいへん充実した展覧会でした。信長、秀吉、家康、の直筆や江戸時代の絵地図、風景図、大仏殿を再建するための大きな木材をたくさんの人が引いているおおきな絵など興味深いものがたくさん展示されていました。正倉院展ほどの混み方ではなく、ぜひおすすめの展覧会です。

外に出ると、人が雨の中にもかかわらず、奈良公園のほうに向かっています。そうそう、きょうは「大仏マラソン」の日です。こんな雨の中たいへんだなあと思えたことでした。翌日の新聞を見ると、「落葉の古都ひた走り」の見出しで、全国から5268人が10キロ、5キロ、ジョギングの各コースに参加したとのこと。早や25回目をむかえたとのこと。などを伝えています。

2005年12月 4日 (日)

カトリック奈良教会

近鉄奈良駅を降りて、奈良女子大方向に100mほどいくと、商店街の中に、カトリック奈良教会がある。ちょうど、東向北商店街に面した教会で、先端の高い塔がそびえている。またカトリック幼稚園も併設されている。パンフレットをもらったら、歴史は古く、1904年には奈良の高畑町に仮聖堂が設立されたそうだ。だからもう100年を越していることになる。1932年には登大路町の、今の県立美術館のあるあたりにうつり、そういえば、われらのこどものころはあのあたりにあった。さらに1968年に現在地に教会はたてられたという。(現在地にはかつては奈良女子大学の附属幼稚園があり、われわれもそこに通園し、よく遊んだなじみの場所だ)

いま、教会では、宗教行事のほか、コンサートも行われている。毎年12月、歌手、ピアノ、オルガン、フルート、古楽器などのプロの演奏家が、「からし種コンサート」という名のスリランカ支援そして骨髄バンクへの支援のコンサートを行っておられる。ことしは12月3日にひらかれた。はや12年目、12回目のコンサートであるという。からし種とは、「どんな種より小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる」という聖書の言葉からきているという。さらにコンサートを通じて人の輪がひろがることを期待したいと思います。

2005年12月 3日 (土)

東大寺公慶上人

奈良国立博物館の資料室長の西山厚先生のお話をうかがう機会

がありました。「今年は東大寺の公慶上人の300回忌の年です。

奈良がさかえていまあるのは東大寺の公慶上人のおかげなのです。

12月3日からの展覧会には36万人きてほしい。」ということでした。

ともすれば、正倉院展のみがクローズアップされやすいですが

奈良国立博物館のプログラムはなかなか豊かなものなのだと

感じたしだいです。12月3日きょうからはじまります。以下は案内文です

特 別 展 「東大寺公慶上人」 
2005年12月3日(土)~2006年1月15日(日)
奈良国立博物館

  東大寺の大仏殿は戦火で2度焼失し、現在の建物は宝永6年(1709)

に完成したものです。鎌倉時代に再建された大仏殿がふたたび

焼失したのは永禄10年(1567)のことで、大仏の頭部も溶けてし

まいました。そののち両手や肩などは修復されますが、木製

銅板貼りの仮の頭部を付けた大仏は、大仏殿がない状態で

百年以上の歳月を過ごしました。その大仏を復興したのが

公慶上人です。公慶上人は勧進帳を作って諸国を歩き、

大仏復興を成し遂げます。続いて大仏殿の再建に着手

しますが、その完成を見ることなく、宝永2年(1705)に58歳で亡くなりました。

 公慶上人が亡くなって今年で300年。大仏復興と大仏殿再建により、

奈良は全国から大勢の参詣客を迎えるようになりました。

現在のような観光都市奈良は公慶上人が基礎を築いたとも言えます。

しかし公慶上人の名はほとんど知られていません。本展は、①大仏殿炎上

、②公慶上人、③江戸時代の奈良、の三部構成で約110件を展示するもので、

公慶上人の生涯とその行実の全貌を明らかにする初めての展覧会です。

公開講座
12月17日(土) 「江戸時代の東大寺」 東大寺別当 森本 公誠
12月24日(土) 「近世の奈良と東大寺」 東大寺史研究所研究員 坂東 俊彦
1月 7日(土) 「公慶上人の生涯」 奈良国立博物館資料室長 西山 厚
※各回とも開講は午後1時30分。(午後1時より講堂入口で整理券を配布します)
  当館講堂にて。聴講無料。定員200名。

 

2005年12月 2日 (金)

「マイ奈良」ともちいどの

「マイ奈良」は早くからの創刊の奈良のシティ・マガジンのひとつで、347号ということだ。朝日新聞の購読者に配布され、また書店でも売られている。いろいろな楽しい情報が盛りだくさんだが、その中に増尾正子さんが、「奈良の昔話」を128回にわたって連載されている。単行本にもなりすばらしい現代の語り部だと思う。

その12月号に、4ページにわたり、平城外京六坊通りの7回目ということで、もちいどのセンター街がとりあげられている。名前の由来、信仰ぶかい町、大宿所、12月15日の大宿所祭り、おんまつりのわらべ歌「せんじょ行こう、まんじょ行こう、せんじょの道にはなにがある、尾のある鳥と尾のない鳥(うさぎ)と、せんじょ行こう、まんじょ行こう」などなど。昭和30年県下で初めてのアーケードができたこと、44年に通路がカラー舗装されたこと、昭和初期の通園通学のころのもちいどののにぎわい、などいきいきと描かれ、また現在の商店街のようすもあたたかく書いていただいている。

2005年12月 1日 (木)

師走

きょうから、12月。よい天気で、暖かい奈良です。きょうから、東西の幹線道路、大宮通の、4車線の陸橋(JR線をまたいでいる)が、まんなか2車線を閉鎖、工事に入りました。下の脇の道もつかっているようですが、その線はJRの踏み切りや信号があるので、実質4車線確保といいがたく、したがって、ずいぶん道も混んでいました。あたらしい、JR奈良駅西口からの道路は、いままで一方通行だったところが、ようやく両面通行で開通しましたが、まだまだ歩道工事が残っている様子です。市役所へ行ったら、これが行楽シーズンに入ったらどうなるのだろうかという、職員の人たちの会話でした。2010年には、JRが高架になり新しい駅もできるそうですが、それまでに、奈良のまちづくりを、どうするのか、しっかりと進めなければいけないと思います。

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