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2005年11月14日 (月)

奈良の歴史

11月14日、朝刊各紙は、明日香甘樫丘東麓遺跡は、曽我入鹿の邸宅跡か。建物群や焼け土、日本書紀の記述に迫る。など、曽我入鹿の邸宅跡ということで、一斉に大きく報じられています。歴史の教科書でも、「大化の改新」でよく出てきましたし、飛鳥寺のそばには入鹿の首塚が伝承されています。

奈良から全国に報じられる情報の、最大のものが、発掘であり、文化財のことであるようです。それほど、地下には遺構が残っているといるということでしょう。それは、古代へのロマンという点で、大いに関心を駆り立てられるできごとです。

その半面、奈良は、中世、近世もすばらしい歴史があるのに、古い物の方に力が入れられがちだ、と警鐘を鳴らしておられる識者もおられます。わたしも、現代との直接的なつながりのある、昭和、大正、明治、江戸、桃山、室町といった、歴史のさかのぼり方が、奈良の場合弱いのではないかと思います。

奈良は、奈良時代までが大事なのだという、切り捨て方より、その古い時代からのすべての集積が奈良なのだという捉え方をしてもらいたいと思います。そして同時に、新しいこれからの時代における、歴史とのかかわりという視点が大切だと思います。

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